あの後、みんなが戻ってきたので、三人が持ってきた果物をみんなで食べた。
日菜さんが変なものを持ってきてくれなくてよかった。
そんな風にまったりとし始めたところで、スタッフから告げられた次なるミッションが『幻のお花畑を見つけ出す』だった。
日菜さんによって、南側というヒントは得られたものの、方角が分からない以上どうしようもない状態だった。
「腕時計で方角を知る方法を調べてきたんですが、腕時計も持ち込みアイテムにカウントされるのは予想外でした」
「カズキさんは、何を持ってきたんですか?」
「僕は、無人島だということもあって、方位磁石を」
そんな中、聞いてくる若宮さんに僕は静かに答えた。
本当はロープでも持っていこうとしたのだが、さすがに他の人と被るかと思ってこっちにしたのだ。
「やったぁ! これで、ミッションはクリアできるねッ」
丸山さんの嬉しそうな表情を見ていると、この先を言うのは少しだけ躊躇われた。
「持ってきたんだけど、壊れたみたいで……ほら」
「あー、これは完全にダメそうですね」
僕が皆に見えるように手にした方位磁石は、針が外れており完全に壊れている状態だ。
ちなみに、原因は丸山さんがパニックを起こして木刀を振りまくっていた際に、コンパスを押しつぶすように僕がこけたのが原因だったりするが、罪悪感を与えるのもあれなので、言わないことにした。
そもそも、誰が悪いというわけではなく、ただ単に運がないだけだったりもするのだが。
「だとすると、自力で方角を見つけるしかないですね」
「確かこういう時って、切り株を見るといいって聞いたけど。小さいころに啓介たちと山に行って遭難した時に、啓介が言ってたんだけど、年輪? ……が多いほうが南らしいよ。集合場所が南側だって知ってたから、それを使って歩いたらちゃんと待ち合わせ場所についたから」
真剣な面持ちでつぶやく大和さんの言葉を聞いて、これはもしかしたらようやく来た僕の役に立つ場面ではないだろうかと思い、僕はアイデアを出した。
過去の実体験もあるし、これはかなりみんなの役に立てると思ったのだ。
「あの、美竹さん。言いにくいんですけど、それは間違いですよ?」
「へ?」
そんな僕に、申し訳なさげな表情で言ってきた大和さんの言葉に僕は一瞬、頭が真っ白になる。
「切り株の年輪は、その土地の状況などで広がり方が変わるので、方角は関係ないんです」
「それじゃ、あの時集合場所に戻れたのは……」
「おそらく、偶然かと」
大和さんのその言葉に、僕たちの間に気まずい空気が流れる。
「………帰ったら啓介に話すよ」
あの時、集合場所に戻れたのは、本当に奇跡だったのだと思うと、背筋が凍りつくような恐ろしさを感じていた。
「そ、それがいいですね」
結局この後、大和さんの苔の生えている位置で方角を調べるというアイデアによって、何とか方角を知ることができた僕たちは、その方角に向かって足を進めるのであった。
「あっ、見て見て! おっきなつり橋があるよー!」
しばらく山道を登った先にあったのは、ものすごく古びたつり橋だった、
「うわー……この先に行くには川のほうに降りていくかわたるかしかなさそうですね」
「でも、降りたらまた登るんだよね……」
そのつり橋を前に選択肢を口にする大和さんに、丸山さんは顔を引きつらせながら声を上げる。
(ここまで登ってきたことを考えると、さすがにきついな)
「それだと、さすがに私たちにはきついわね……やはり、ここは渡るしかないようね」
僕の考えと同じなのか、白鷺さんはこの橋を渡ることを選んだ。
「この橋を……渡る……」
でも、若宮さんがつり橋を見て息をのむのもわかるような気がする。
そのつり橋は、かなり前に作られたのか足場の一部に欠損が見られる。
しかも足場と足場の間も大きいため、下手をすれば隙間から落下という可能性だってある。
(しかも、このつり橋を支えているロープも心もとなさそうだ)
とにもかくにも、橋全体から危険であるという雰囲気がひしひしと伝わってくる。
(時間はかかるけど、リスクを下げるのであれば)
一度下に降りて登るというルートに変更するのが一番無難だ。
「これは、一度下に降りてから―――」
「それは困りますっ」
僕と同じ結論に至った大和さんの言葉を遮るようにして、慌てた様子でいきなりスタッフが声を上げ始めた。
「困る、というのは?」
「いや、えーっと……」
白鷺さんの追及にしどろもどろになりながらもスタッフの人が口にした言葉は
「こ、ここで次のミッションですっ」
「はい!?」
突然のミッションの宣告だった。
「そ、そんな、私たちまだミッションの途中で、しかもまだお花畑も見つけてないのに」
「こ、これは特別ミッションです! 内容は……”全員でこのつり橋を渡り切る”です!」
「………」
丸山さんの意見をすべて無視した挙句に出されたミッションは予想通りの代物だった。
人間というのはあきれ果てると言葉を失うらしいが、それは本当のことなんだと改めて実感した。
「らしいけど……さて、どうしたものか」
渡ることが決まった以上は、どのように渡るかが問題だ。
(僕が先頭で、安全なことを確かめながらのほうがいいか、あえて後ろに回って落ちそうになったメンバーのヘルプに回る方をとるか)
足を踏み外したりで、落ちそうになった時に、僕を引っ張り上げるのは無理でも、僕が引っ張り上げるのはできる。
とはいえ、ここは先陣を切って安全性を確証させたほうが、みんなが安心できる効果もある。
どちらが僕にとってのベストなのかを決めるのは、少々時間がかかった。
だからこそ、僕は忘れていた。
この状況で物怖じするどころか逆に、目を輝かせて飛び出しそうな人物がいるということを。
「わ~! いいじゃんいいじゃん! ほら、彩ちゃんっ! 一緒に渡ろ―よっ!」
「え!? ちょっと待って、日菜ちゃん! 腕を引っ張らないで~っ」
目を輝かせた日菜さんは、横にいた丸山さんの腕を引っ張ると、つり橋のほうに走って行ってしまった。
そうなると、僕のほうも選択肢は一つになるわけで。
「……渡ろうか」
「そうね」
「はい」
そんなわけで、先頭を日菜さんと丸山さんの二人。
少し離れて、若宮さんに大和さんに僕、そして最後尾が白鷺さんという順番で橋を渡り始めた。
「す、隙間から下の景色が見えるわね」
「……あんまり見ないほうがいいかも」
足場と足場の間から見える光景に、声を震わせる白鷺さんに、僕は振り返らずにアドバイスを送る。
振り返ると、下を見てしまいそうになるからだったりするわけだが。
(こんなの、高所恐怖症でなくても怖いぞ)
今度ぜひ啓介たちをここに連れてこようかと思いつつも、日菜さんたちが橋の中間点まで行ったのを見てあと一息だと思っときだった。
「っと!」
いきなり足場が……というより橋全体が揺れ始めたのだ。
(そうか、風に煽られてんのか)
あとは僕たちが歩いているのも要因の一つかもしれない。
その揺れはそれほど激しくもなく、恐怖心は抱かなかったが……どうやら先頭の人は違ったようだ。
「きゃあああ!! 橋が、ゆ~れ~て~る~ぅぅっ!!」
離れていても聞こえる丸山さんの悲鳴は、彼女が感じている恐怖をはっきりと僕たちに伝えてくれた。
「あははっ! ちょっとはねただけでもすごく揺れるねっ! 面白ーい♪」
だが、そのような状況は日菜さんには関係なく、逆に橋が揺れることを面白がって、その場で飛び跳ね始めたのだ。
そうすると、当然橋は大きく揺れるわけで……
「うわぁ!?」
先ほどとは比べ物にならない大きさの揺れに、僕はたまらず横に伸びている足場を支えるロープにしがみついた。
「す、すとーっぷ! 日菜ちゃん! 揺らすのだめーっ!!」
丸山さんの悲鳴にも近いその言葉に橋を揺らすのをやめたからか、橋の揺れはなんとか収まってくれた。
それでも、皆に与えた影響はすさまじかった。
「し、心頭滅却すれば南無阿弥陀仏。心頭滅却すれば南無阿弥陀仏……」
「怖い怖い怖いっ。ちょっと、若宮さんぶつぶつと言うの止めて!」
前方より先ほどから聞こえてくる若宮さんの恐ろしい念仏に、僕は慌てて止めさせる。
「それに、ものすごく縁起が悪いっす」
そんな、大和さんのツッコミと同時に、再び橋は大きく揺れ始めた。
「きゃあああ!」
それと同時に再び丸山さんの悲鳴が聞こえる。
(なんだか、さっきから変な音が聞こえるんだけどっ)
揺れるたびに聞える、”ミシッミシッ”という何かが軋むような音は、さらなる恐怖を煽ってくるのに十分だ。
そんな状況についに丸山さんがその場にへたり込んでしまった。
いや、むしろここまでよくこれたと思う。
(まずいな……このままだと)
最悪橋が崩れて、落下する可能性もある。
そうなれば、ケガでは済まないかもしれない。
(どうする……)
選択肢は二つ。
一つは、この状況を生み出した原因である日菜さんは他のメンバーに任せて、地面に座っている丸山さんを何とかする。
もう一つは、地面に座っている丸山さんを誰かに任せ、この状況を生み出している原因の日菜さんを何とかする。
真剣に考えこむのと同時に、周囲の喧騒が遠のいていく。
そんな中、僕は決断するのであった。
しばらく週一での投稿になりますが、来月あたりからは増えていく予定です。
話の中にもありましたが、切り株で方角を知るというのは間違いですので、山に行かれる際はコンパスを持っていかれることをお勧めします。
ちなみに、地味に分岐を作っていたりします。
それでは、また次回(多分来週になると思いますが)お会いしましょう。