次回からはまた新たな話が始まります。
「―――というわけなんだけど」
蘭の話が終わると、つぐみたちの表情は非常に真剣なものとなっていた。
「つまり話をまとめると、蘭のいとこにあたるお兄さんが蘭の家に引き取られてきたけど、壁のようなものを感じるってことか?」
蘭の相談の内容をまとめた巴に、蘭は頷いて答える。
「蘭のお兄さんかー。モカちゃん会ってみたいなー」
「私も会いたいけど、蘭の話を聞く限り辞めておいたほうがいいかも」
蘭の義理の兄……一樹に興味津々なモカに、ひまりはそっとくぎを刺す。
「そうだね。今の状態で会っても、余計にこじれたら嫌だもんね」
つぐみの言葉に、ひまりも頷いて同意すると、蘭のほうを見る。
「蘭はどうしたいの?」
「私は普通に話したりしたい。家族なんだから、このままギスギスしてるのは嫌だ」
「よーし、それじゃどうすればいいか考えよう!」
蘭の本心を聞いた巴が、そう告げて考えを巡らせる。
「趣味とかで話してみるのとかどうだ?」
「話そうとしてもすぐに終わらせられるから無理」
巴が出した案は蘭によって却下された。
「それじゃー、お兄さんの大好物でおびき寄せてガバッと」
「それは犯罪だよ!」
モカの出した案もひまりに却下され、何度も同じことが繰り返されていくが、いい案が出てくることはない。
「ねえ、一つだけ聞いていい?」
「何、つぐ?」
そんな中、つぐみは何かがひらめいたのか、蘭をまっすぐ見ながらその疑問を口にした。
「蘭のお兄さんが来てから後に、今のようなことを言ったりした?」
「そ、そんな恥ずかしいこと言えるわけないじゃん」
「つぐ?」
頬を赤らめて答える蘭をよそに、ひまりは質問をしたつぐみの名を口にする。
「もしかしたらなんだけど、壁を作ってるのはお兄さんではなくて――――」
その先の言葉を聞いた蘭達の表情は、驚きに染まるのであった。
★ ★ ★ ★ ★
あれから何日過ぎただろうか?
何も変わらない日々。
相変わらず、僕は自分の中で結論を出せずにいた。
「それでね、るんってくる部活を見つけられたんだー!」
「それは良かったですね」
一つだけ変わったことと言えば、この朝の通学の時間に日菜さんがいることが当たり前になったことくらいだろう。
最初は違和感だらけだったが、時間がたてば慣れてきたのか、彼女の存在に違和感を感じることはなかった。
まあ、擬音のほうがまだ理解できないけれど、それも解決するだろう。
何せ、中井さんも普通に彼女と話ができるようになったのだから。
「……」
「田中君?」
「何だ?」
そんな中、一人黙り込んでいる田中君が気になって声をかけると、やや不機嫌そうな声が返ってきた。
「えっと、何かあった?」
「別に、なにもねえよ」
ぶっきらぼうに答える田中君の語気には怒りのようなものがにじみ出ているように見えた。
(虫の居所でも悪かったのかな?)
僕は下手に刺激しないほうがいいと思い、田中君のほうから視線を逸らすことにした。
「…………」
(こっちも、なんだか呪文を唱えてるし)
僕たちから少し離れた場所を歩く啓介は、恨みがましい目でこちらを見ながらぶつぶつと何かを唱えてみた。
少しだけ耳を澄ませてみると
「リア充撲滅、リア充撲滅、リア充撲滅、リア充撲滅」
(うん、聞かなかったことにしよう)
少しずつ変わり始める日常ではあるものの、僕たちはいつも通りだった。
「そういえば、日菜さん」
「んー、なーにー?」
休み時間、僕はふと気になったことを聞いてみることにした。
「日菜さんは何の部活に入ったんだ?」
「天文部!」
日菜さんが出した答えは、僕の予想とは少し違ったものだった。
「なぜに天文部?」
「あたしって、何でも少しやればすぐにできるようになるじゃん?」
「確かに」
日菜さんの言葉に、僕は即答で頷いた。
彼女の言葉が真実である証拠は挙げればきりがない。
その一部を言うのであれば、例えば授業中に(主に僕にちょっかいを出して)先生の話を聞いていないときに、問題を解くように言われても何事もなかったようにすらすらと解く。
例えば、体育の授業で(本人曰く)初めてのバスケットでロングシュートを決める等々。
(日菜さんは紛れもない天才。しかも、僕とベクトルは違うけど同じ場所にいる)
僕も、音楽に関しては誰にも負ける気がしないという自負がある。
色々な部活に体験入部をしているのも知っている。
そして、どこもパッとしないのでやめたということもだ。
だからこそ、日菜さんの才能が、活かすことのできる部活はそうそうないと思っていただけに、天文部という結論が意外だった。
「宇宙ってさ、わかってもわからないことが次々に出てくるから、とても楽しくてるんってするんだー!」
「そうか」
何でもすぐにわかる彼女が、わからないことが次々に出てくる分野であれば、楽しくて仕方がないだろう。
「部員は何人なんだ?」
とはいえ、彼女の場合は少し変人的な部分もある。
部員と気が合えばいいのだが。
「3年生の先輩が一人だよ」
「って、それだとそのままだと廃部になるじゃん!」
しかも一人だけしかいなくなるし。
「そうなの? ま、どうでもいいんだけどなー。あ、そうだ!」
部員の人数のことにそっけない様子だったが、ふと目を輝かせながらこっちを見てきた。
(嫌な予感がする)
「ねーねー、一君も天文部に入ろう?」
「嫌です」
「えー。そんなこと言わないでさー」
まさかの勧誘に、僕は即答で断るが、日菜さんはあきらめる様子がない。
「今ならこんなにかわいい先輩がいるよ」
「先輩でもないし。そもそも、自分で自分のことをかわいいって―――あいたたっ」
目を輝かせる日菜さんにツッコミを入れると、日菜さんは頬を膨らませて怒った様子で足をつねってきた。
「そこは嘘でも悩んでよっ」
「はいはい、すみません。でも、部活には入らないから」
「ぶー」
僕のそっけない態度に、不満げではあったが結局授業が始まったためこの話はそれで終わりとなった。
ちなみに、この日の日菜さんのちょっかいが非常に多かったことをここに記しておこう。
「さて、帰りますか」
今日も無事に一日を終えることができた。
(皆も部活とかをやってるみたいだし、一人で帰りますか)
啓介たちは何がしらかの部活に入っているようで、放課後になるといつの間にか教室から姿を消している。
寂しくもあるが、それでも慣れていかなければいけない。
「でさー―――だったんだよね」
「何それ、ウケる―」
ふと、そんなどうでもいいことを話している二人組の女子学生の姿が目に入った。
友人なのだろうか、二人はとても仲がよさそうに見えた。
(何だろう、この違和感)
その時感じた違和感は、松原さんに助言をしてもらった時に感じた違和感と同じような気がした。
どうしてこんな時にと思ったが、僕は特にここに用もないので学園を後にすることにした。
(この違和感……一体)
その帰り道、僕は違和感の正体を考え続けていた。
そんな時
「おかーさん。今日のご飯は何?」
「今日はね、――ちゃんの大好きなハンバーグよっ」
親子なのだろうか、他愛のない会話をしている二人とすれ違う。
(まただ……)
その時、また違和感を感じた。
僕は一度立ち止まり、考えることに意識を集中させる。
(違和感を感じたのは、アドバイスの時を除くと、友人同士で仲良く話をしているのを見た時と、親子が会話をしているとき……もしかしたら、これに共通点があるのかも)
その共通点を見つけ出そうと、僕は必死に考えた。
「そういうことか」
そして、僕はようやくその答えにたどり着いた。
(いずれの時も、ある種の”グループ”のようなのができていたんだ)
友人という二人組のグループ。
そして、母親と子供の家族というグループ。
いずれも、他人が入ることができないものだ。
それを僕に当てはめてみた。
(義父さんと義母さん、蘭さんという三人での家族というグループ。そこに入り込む僕という存在)
それですべてが分かった。
僕が奥寺であると言っているのは、この三人という家族を意識した時だったのかもしれない。
そして、自分は客人であるという認識に無意識的になっていた。
だからこそ、距離感を感じたのだ。
問題はすべて解けた。
まだ自分でも何を言っているのかが分からなくはあるけど。
だが
(解けたところで、どうしようもない)
そうだ。
仮にその通りだったとしても、こんなことを義父さん達に言えるはずがない。
言ったところで意味など通じないだろうし、また変な空気にさせるだけだ。
(結局のところ、打つ手なし……ということか)
自分の無力さを痛感しながら、僕は自宅に帰るのであった。
「一樹、ごはんよ」
「はい。今行きます」
結局、家に戻っても憂鬱な気分のまま、自室にこもっていたが母さんに呼ばれたので僕はリビングに向かった。
リビングに入ると、違和感を感じた。
それは、先ほどのようなものではなく、もっと別のだ。
「あれ、蘭さん?」
「……座って」
いつもはいない蘭さんの姿が、そこにあったのだ。
蘭さんは、自分の隣の椅子を指さすと、座るように言う。
困惑しながらも、僕は言われた通り蘭さんの隣に腰かける。
「さて、皆がそろったところで」
「一樹」
「は、はい」
いつにもまして真剣なひょ上に、僕もつい背筋を伸ばしてしまった。
(僕、何かいけないことでもやった!?)
必死に考えをめぐらすが、思い当たることが何もない。
混乱が極限の状態になろうとしたとき、義父さんはその表情をふっと柔らかくした。
「ようこそ、わが家へ。一樹は私の自慢の息子であり、
「……え?」
一瞬、何を言ってるのかさっぱりわからなかった。
でも、少しずつ義父さんの言葉は僕の心の中に浸透していく。
僕を家族として迎え入れてくれた事実と一緒に。
「今日は一樹のもう一つの誕生日よ。本当の誕生日じゃないからケーキはないけど、お母さん腕を振るったからそれで許してね」
「好きなのとっていいよ、
皆の言葉が次々に僕の心を震わせていく。
(ずるい、こんなの……)
「ずる……いよ。ひっく」
一度出てしまえば、後は止まらなかった。
「うあああああっ」
この日、僕は去年の雨の日から初めて人前で泣き続けた。
そのあとのことは何も覚えていない。
でも、この日のことを僕は一生忘れることはないだろう。
「……んぅ」
次の日の朝、僕が起きた時にはいつも通りの時間だった。
「さあ、行こうか」
僕は、いつものように制服に着替えると、自室を後にした。
「おはよう一樹、よく眠れたか?」
「うん、おはよう義父さん。おかげさまで」
今度は義父さんが驚く番だった。
まあ、いきなり敬語がなくなったのだから当然と言えば当然だが。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、義母さん。いただきます」
この日、僕は初めてじっくりと料理を味わいながら食べたような気がした。
気がつけば、すでに朝ご飯は食べ終わっていた。
「ごちそうさまでした」
「はい♪ お粗末様です」
僕はいつものように食器を流し台に置くと、テーブルの横の床に置いておいた鞄を手に取る。
「それじゃ、行ってきます」
「「行ってらっしゃい」」
僕は両親に見送られるようにリビングを後にした。
「「あ……」」
玄関に続く廊下で、いつの日の再現のように妹の蘭と鉢合わせになる。
「昨日はありがとう」
「べ、別に私は何もしてない」
まだ蘭のことはよく知らない。
それでも、頬を赤くしているのが照れていることくらいは分かった。
「行ってくるよ、蘭」
「行ってらっしゃい。兄さん」
そして、僕は妹に見送られるように美竹家を後にした。
(まだいろいろと課題はあるけど)
それでも、一つずつ解決していこう。
僕は、そう心の中で追いながら、いつもの待ち合わせ場所に向かう。
その日の空模様は、まるで僕の心を具現化したように雲一つない青空だった。
第1章、完
というわけで、第1章完結です。
そろそろプロフィールを更新しないとなと焦っている今日この頃です。
明日からは第2章に突入します。
ということで、次章予告を。
―――
真の意味で美竹家の家族となった一樹たちは大型連休を迎える。
黄金週間と呼ばれたその休みは様々なイベントがあった。
次回、第2章『黄金週間のとある日』