ある日の羽丘学園のとある教室に、数人の女子生徒たちが集まっていた。
「―――つまり、ついにやる時が来たってわけだ」
「で、どーすんの?」
あたりを気にしながら、小声で話す彼女たちは明らかに挙動不審だった。
「私の勘だけど、あの二人今喧嘩してるから、うまくすれば」
「罪を擦り付けれるってわけね」
橙色のロン毛の女子生徒のその言葉に、その場にいた女子生徒たちは不気味な笑みを浮かべて、話を進めていくのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「はぁ……」
天文部の一件があってからというもの、日菜さんは僕を明らかに避けるようになってしまった。
(どういうことなんだ?)
誰もいない屋上で、僕は一人考えに耽っていた。
それでも、答えなど見つかるはずもなく、僕は何も答えを見つけ出せずにいた。
「あ、やっぱりここにいたんだ」
「ん?」
屋上のドアが開く音共に聞こえてきたのは、クラスメイトでもあるリサさんの声だった。
その後ろから、ひまりさんと大和さんが続いてくる。
「ひまりさんに、大和さんまで……どうしたの?」
「実は、日菜さんの様子が少しおかしいので何か知らないかと聞きに来たんです」
「だとすると、申し訳ないけど僕には力になれそうにないかな」
ひまりさんとリサさんはともかく、大和さんがここを訪れてきた理由で力になれることはなさそうだ。
何せ、こっちのほうが悩んでいるような状態なのだから。
「私は、蘭から一樹先輩の様子がおかしいという話を聞いて、悩みがあれば相談に乗ろうと思ってきました」
「アタシもひまりと同じ……というより、ヒナと一樹君の様子がおかしいから、どうしたんだろうって思ってね」
後の二人は、普通にここ最近の僕たちの様子を見て心配させていたようだ。
「………」
「何か悩み事があるんだったらリサお姉さんに話してみなさい☆」
「あの、私も協力しますっ」
「ジブンもお力になれるかはわかりませんが、相談に乗りますよ」
どうしたものかと考えている僕に、みんなは優しく声をかけてくれる。
それが僕にはとてもありがたかった。
「ありがとう」
だから僕は、皆にお礼を言うとここ数日の出来事をみんなに説明した。
ただ、花音さんの告白については伏せた。
僕は、今回の一件と花音さんの告白は、全く関係ないことだと考えていたのだ。
「なるほど……」
すべての話を聞き終えたリサさん達は、神妙な面持ちだった。
「ジブンとしては、日菜さんの”優しく”の部分が引っ掛かります。一体どういう意味なんでしょうか? 物でないとすると、やはり人になるんですよね」
「………」
大和さんのその言葉が、カギだった。
それは僕の中に、一つの”仮説”を導き出す。
(いやいや、ありえないって)
確かに、その可能性は高いが、前提条件からして色々と破綻しているのだ。
「ねえ、一樹君。一つ聞いてもいいかな?」
「な、何?」
そんな僕の心境を知ってか知らずか、真剣な表情でリサさんは僕に疑問を投げかける。
おそらく、リサさんも僕と同じ結論に行きついているはずだ。
ならば、何を聞こうとしているのかは簡単に想像がつく。
心なしか心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
(お願いだから、それ以上言わないで)
ものすごく不謹慎かもしれないが、僕は心の中でそう祈ってしまった。
僕の中にある、くだらない羞恥心がそうさせてしまったのだ。
「一樹君、最近誰かからこ―――――」
結局、リサさんはそこから先を口にすることはなかった。
ドアの先……校舎内から聞こえた大きな物音と、誰かの悲鳴のようなそれによって。
「行こうっ」
先に動いたのは僕だった。
僕はこの時、妙な胸騒ぎを感じていたのだ。
だから、居ても立っても居られずに、僕はドアを開けて校舎内に戻ると階段を駆け下りる。
そして、降りた先で僕が見たのは、床にうつぶせに倒れている日菜さんの姿だった。
「「日菜さんっ!!」」
「「ヒナ(日菜先輩)!」」
僕に続いて、大和さんとリサさんにひまりさんが下りてくる。
「日菜さん、大丈夫?!」
「いたたた……かず……君?」
日菜さんは命には別条はなさそうだったが、体の……足首の痛みを訴えていた。
「一樹さん、あまり動かさないでください。ジブン保健室の先生を呼んできますっ」
「麻弥先輩、私も一緒に行きます!!」
この間の無人島の時もそうだが、こういう時の大和さんの的確な指示は非常にありがたかった。
「日菜さん、ほかに痛いところは?」
「大丈夫」
僕は何とか落ち着きを取り戻し、日菜さんのそばにしゃがみこんでいたいところを聞くが、どうやら足首だけが痛いようだ。
「先生ッ」
そんな時、大和さんではない女子学生の声が聞こえてきた。
どうやら、この状況を見て先に呼んでいた人がいたようだ。
「氷川ッ! 大丈夫かっ」
女子学生が連れてきた男性は、別のクラスの担任で運動部系の顧問の教師だった。
「あ、先生。あまり動かされないほうが……彼女階段から落ちたようなので」
先生が日菜さんの体を動かそうとしていると思った僕は、先ほど大和さんが僕に言ったことを先生に伝える。
だが、先生はこちらを睨みつけると
「美竹ッ! お前、なんてことをしたんだ!」
と怒鳴り始めたのだ。
「はい?」
いきなりのことに訳の分からない僕は、それしか返すことができなかった。
「痴話げんかをして、女子を階段から突き落とすとは男の風上にも置けないクズだなっ」
「ちょっと待ってください。それは何かの間違いです。私は突き落としてなんかいません」
「そうです! アタシたちもずっと彼と一緒にいました」
「私も、リサ先輩と一緒に屋上で美竹先輩とお話ししていたんです! 美竹先輩が日菜先輩を突き落とすなんて無理ですっ」
先生からの言葉に反論する僕に続いて、リサさん達も僕の身の潔白を訴えてくれる。
その時、僕は見てしまった。
廊下の角のほうからこちらを伺っている細目の橙色のロン毛の女子学生の姿を。
(あいつ……)
その表情は――――笑っていた。
「いいから、今日は帰れ。明日改めて話を聞かせてもらう」
「………」
僕は、この先生の言うとおりにするしかなかった。
シリアスと書きましたが、本領発揮するのは次回になります。
ちなみに、紗夜ルートほどのすさまじさにはなりませんので、ご安心(?)ください。