第18話 お泊り
外はすっかり暗くなり、世間では夕ご飯を食べていると思われる時間帯。
僕が夕食を食べている場所は、美竹家ではない。
「それじゃ……」
『いただきます』
そう、氷川家にいるのだ。
「さあさあ、一樹君。遠慮しないで食べてもいいんだぞ。なんだったら、”お義父さん”と呼んでくれても
かまわないんだぞ」
「ええ、あなたも家族のようなものよ。だから、私のことは”お義母さん”でいいのよ。そうだ、紗夜のこともいっそのこと”義姉さん”って呼んでもらったらどう?」
「わ、私は今まで通りで」
そして、今繰り広げられているのもまた、混沌としている要因の一つでもある。
嬉しそうに話すおじさんたちと、顔を赤くする紗夜さんという名のだが。
「えへへ~」
その混沌の際たる原因は、今僕の隣で腑抜けたような笑みを浮かべている日菜さんだったりもするのだが。
BanG Dream!~隣の天才~ 第4章『反撃』
こうなったいきさつを、少しだけ話させてほしい。
あの後、キスをし続けた僕たちだったのだが、
「ふ、ふふ二人とも、一体ななな何をしてるのよ!!!」
帰ってきた紗夜さんの絶叫にも近い怒鳴り声で終了を告げることとなった。
紗夜さんの表情は、怒りなのかそれとも恥ずかしさのどちらなのかはわからないが、赤くなっておりその視線はやや冷たかった。
「あ、おねーちゃん」
「おねーちゃん、じゃないわよ! 二人とも、そこに正座しなさいっ」
紗夜さんの剣幕に、僕たちは即座にその間に正座をして背筋をただした。
こうして、紗夜さんからのお説教を食らう羽目になってしまった僕たちだったが、それでも日菜さんの力になれることと恋人になったことの喜びの前では、全く効果はなかった。
「それじゃ、僕はお暇するよ」
「えぇ~! もっと一緒にいようよ~!」
紗夜さんのお説教も終わり、時間もいい感じになっているので、自宅に帰ろうと立ち上がりかけた時、それを止めてきたのは日菜さんだった。
「そうは言っても、このまま泊まるわけにもいかないんだから……」
今にして思えば、その言葉はある意味禁句だったのかもしれない。
「そうだ! 泊まっていけばいいんだよっ!」
「日菜、あんまりわがままは言う物じゃないわよ」
「でも~」
なおも食い下がり続ける日菜さんを根気強く説得してはいるものの、その効果は皆無と言っていい程に効果はなく、結局は日菜さんに押し切られる形で泊まることとなった僕は、おじさんたちがいいかどうかを確認することにしたのだが……
「もちろん、かまわないさ」
という二つ返事だったのには驚いた。
「娘を……日菜をよろしく頼むぞ。一樹君」
「は、はいっ」
そしてなぜか交際のことも知っていてOKまで出てしまう始末だ。
それから、義父さんたちに氷川家に泊まることを話し、肌着などを取りに行くために、一度自宅に戻ることにしたのだが、これまた難なくOKが出ることになった。
「氷川家の人たちには、ちゃんとお礼は言いなさい」
義父さんからはそう言われただけだった。
そんなわけで、氷川家のお泊りということになったのだ。
「はい、一君。あーん」
「日菜っ!! 一樹さんっ」
振り返り終えたのを見計らってか、ちょうどいいタイミングで肉じゃがをつかんだ箸をこちらに近づけてくる日菜さんに、応じてもいいのかと困惑したところで、紗夜さんから雷が落ちた。
……僕に関してはとばっちりもいいところだったけど。
ちなみに、おじさんたちが僕と日菜さんが付き合うことになったのかを知っているのかというと
「聞えてきたのよ」
とのことだった。
そういえば、説得するのに必死で声の大きさとか、全く考えていなかったなと気づいたりもしたのは余談だ。
こうして、夕食もごちそうになり、お風呂も入れさせてもらった後は、寝るだけということになった。
ちなみに、お風呂に入る時に日菜さんが一緒に入ると言い出したときにはさすがに驚かされた。
紗夜さんの剣幕に、何とか諦めてくれたのは本当に良かったと思う。
「ねえ、いいでしょっ」
「さすがに、それはまずいと思うけど……」
とはいえ、一番の問題に今直面しているのだが。
「一緒に寝ようよ~」
日菜さんは先ほどから、ずっと一緒の部屋で寝るの一点張りだ。
「いやいや、さすがに男女一つの部屋ってのはまずいって。ねえ、紗夜さん」
「そ、そうよ。日菜、あまり我儘は――」
「でも、あたしたちもう恋人になったんだし、一緒に寝たっていいじゃん」
「確かにそうだけど、何事も限度というのはあるはずよ」
何とか日菜さんを思いとどまらせようと紗夜さんにも助けを求めたが、話し合いは堂々巡りを始め出した。
「ねえ、一君。一緒に寝るのは嫌?」
「う゛っ!?」
尤も、最終的なトドメは日菜さんの上目遣いでの問いかけだったけど。
さすがにそれには抗えなかった。
「はぁ……分かりました。ただし、あまり羽目は外さないように。いいわね? 一樹さん、日菜」
「やったー! るんるるんっ♪」
「気を付けます」
紗夜さんも僕が落ちたのを見て、説得をあきらめて認めてはくれたが、最後に注意をしてくるあたり彼女らしかった。
もっとも、それを嬉しそうにはしゃいでいる日菜さんが聴いているのかどうかは定かではないけど。
こうして、僕と日菜さんは同じ部屋で寝ることになったのだが……
「やっぱりこうなるよね」
「えへへ~、一君と一緒だ♪」
そうぼやく僕の隣には、嬉しそうに笑みを浮かべながら僕にしがみつく日菜さんの姿があった。
ちなみに、今僕が横になっている場所は、日菜さんのベッドだ。
そう、今僕たちは添い寝をしている状態なのだ。
「やっぱりこうしていると落ち着くね」
「……そうだね」
申し訳ないが、僕は全然落ち着かない。
日菜さんにしがみつかれ、腕枕をしているような状態で、落ち着けというほうが無理だ。
先ほどから心臓の鼓動が速まり続けているような気もする。
僕にできるのは、できるだけ日菜さんから視線を逸らすことと、色々と感じている柔らかい感触について考えないようにすることだけだった。
「ねえ、一君」
「ん?」
先ほどとは、トーンが落ちた日菜さんの声に、僕は彼女のほうに視線を向ける。
「あたしを好きになってくれて、ありがと」
「こちらこそ、好きになってくれてありがとう」
柔らかい笑みを浮かべた日菜さんの頭を、腕枕にしていない右手で撫でると、日菜さんは気持ちよさげに目を細めた。
「一君と一緒に……学校に行きたかった……な」
「…………」
しばらく頭を撫で続けて言葉の続きを待っていた僕に聞こえてきたのは、日菜さんの規則正しい寝息だった。
(寝た……か)
日菜さんが眠りに就いてくれたのを確認した僕は、ほっと胸をなでおろす。
色々と冷や冷やしたが、最終的にはいい感じに落ち着くことができたと思う。
それでも
(一緒に学校に行きたい……か)
日菜さんのその言葉が、胸に深く突き刺さる。
確かに、そうなればどれだけ毎日が幸せだったかと思う。
でも、今僕は無実の罪で退学処分を受けている身。
日菜さんの望みは、かなえられそうにない状態だった。
(………いっちょ、派手にやるか)
それでも、このまま黙っているということは相手を調子づかせることにもなる。
第一、日菜さんの問題が解決していないこの状況で何もしないという選択肢は、ないに等しい。
僕は、日菜さんの寝顔を見ながら、兼ねてより計画していた作戦を決行する覚悟を決めるのであった。
次回より、反撃開始です。