「いよいよか……」
ついに、作戦の決行日を迎えたこの日、柄にもなく緊張していた。
既に朝食は済ませ、あとはいつものように学園に向かうだけだ。
もしどこかでほころびが生じれば、すべてが台無しになってしまう可能性があるからだ。
「まあ、何とかなるか」
既に、ターゲットにはラブレターを装った呼び出し状をベタな場所だが、下駄箱に仕掛けている。
内容はいずれも『話したいことがある。人前ではちょっとできないので、2-Aの教室に来てほしい』と綴られている。
尤も、書く人によって、書き方は大きく変わり、リサさんは本当にラブレターっぽく、薫さんは本当にポエムだった。
呼び出し状を出した二人は、安全のため日菜が部長を務める天文部の部室で待機してもらうことになっている。
そこには蘭が急きょ、様子見ということで同伴することになった。
後は、僕たちがうまくやるだけだ。
「……もしもし、マツさん。例の件ですが、手筈通りに」
僕はマツさんに連絡を入れて、簡潔にそうお願いすると電話先からの”了解しやした”の返事を聞いて電話を切る。
(後はうまくタイミングが合えば最高なんだけど)
そうなれば、今後においても非常に僕にとっては有利に動いてくれる。
そんなことを考えながら、僕は自室を後にした。
「義父さん、行ってきます」
「ああ、気を付けて行ってくるんだぞ」
リビングにいた義父さんに挨拶をして、僕は玄関に向かう。
『続いてのニュースです。連日お伝えしている大蔵議員について、新たな不祥事が明らかとなりました』
テレビから聞こえてくるここ数日、毎日のように報道されている政治家のスキャンダルに関するニュースを聞きながら。
そして、ついに運命の時間が訪れた。
放課後、夕焼け色に染まる廊下の陰から、僕と日菜は息をひそめてある場所を見ていた。
そこは、『2-A』の教室……つまり、僕たちのクラスの教室だ。
「あ、来たよ」
「……みたいだな」
最初にスキップ交じりにやってきたのは阿久津だった。
彼は何のためらいもなくドアを開けると中に入る。
それからしばらくして、元木さんともう一人の反日菜グループの主要メンバーも教室内に入っていく。
「さて、行きますか。日菜、僕のそばから離れないで」
「うん」
僕と日菜は三人がいる教室に足を進める。
『何で、お前らがここに!?』
「知らねえよ! 私は、薫さまに呼び出されて―――」
ドアの近くに行くと、中から言い争う声が聞こえてくる。
『もしかして、これは罠じゃ―――』
「その通りだよ」
誰かが言ったその言葉を遮るように、教室のドアを開けた僕は言い放った。
「なっ!?」
「てめぇは根暗野郎!!」
「氷川日菜も一緒か」
姿を現した僕たちに、顔を歪ませる三人。
その表情は怒りで染まっている。
だが、怒りで言うのであれば、こちらは負けないほど感じているのだ。
「さて、じっくり片を付けようじゃないか」
僕が一歩前に踏み出すと、三人は一歩後ろに下がる。
「な、なにを」
「もちろん、あんたらのお仲間が、日菜を突き落とした一件のことさ」
僕の後から続けるように入ってきた田中君とひまりさんをしり目に、僕はさらに前に進んでいく。
ひまりさんたちには出入り口付近で待機してもらうことにした。
「お、俺は何も知らねえよ!」
「あれは、あんたがやったことよ! 私たちには何の関係もないわ!」
僕の言葉に、阿久津たちは動揺しながらも否定してくる。
だが、その動揺が逆に自分たちがやったことだと認めているようなものだ。
「よくも日菜を脅したり、下駄箱にいたずらをしたりしてくれたものだな、元木さんや」
「はぁ!? 私は何も関係ないし。ていうより、私がやったっていう証拠でもあるわけ?」
「そ、そうだ! 証拠を出せよ!」
元木は頭が回るらしく、証拠を出すように言ってきたが、これに関しては証拠はあまりない。
日菜への脅し文句も、言った言わないだし、下駄箱の件もあくまで目撃されたのは、『下駄箱の前で何かをしていた』ということで、いたずらをした場面ではない。
「残念ながら、証拠はない」
「ははっ。なんだか私たちにいろいろ濡れ衣を着せようとしていたみたいだけど、このことを先生にばらしちゃおうかなぁ~?」
僕の返答に、自分が優位になったと思ったのか、黒髪の女子学生がニタニタとこちらを見ながら言ってくる。
「どんな手段で戻ったか知らねえけど、今度こそ退学だなっ」
「まあ、私たちは鬼ではないから。お詫びとして、これくらいで勘弁してあげる」
さらに腕を組んでこちらを小ばかにしたような笑みを浮かべた阿久津に続いて、元木は僕たちに指を二本立てながら口を開く。
おそらくは、お金を巻き上げようとしているのだろう。
「いいだろう。そんなに欲しいのならくれてやる。私からのプレゼントだ、受け取んな」
僕は制服の内側に隠し持っておいた茶封筒三通を、彼女たちに向けて放り投げた。
「へぇ、用意がいいな」
それを彼女たちは、何の疑いもなく自分の前にある封筒を手にすると、封を開け出す。
『っ!?!?!』
そして、中に入っていたものを見た瞬間、三人の表情が一気に凍り付いた。
かと思えば、面白いほどタイミングよく青ざめていく。
「な、なんだよこれっ」
先ほどまでの高圧的な態度はどこへやら、情けないほどに声を震わせた阿久津の姿に、僕はつい表情がほころびそうになるのを頑張ってこらえた。
「いやなに、君たちのことをいろいろと調べさせてもらったが、よくもまあやっているよな、お三方さんよ」
茶封筒の正体は、マツさんの調査結果のコピーで、主に写真などが入っているものだ。
それは、彼女たちにとって誰かに知られればただでは済まないある種の”爆弾”のようなものでもある。
ちなみに、僕はそれが何なのかは知らない。
必要であれば教えてくれるが、内容によっては、知っていて何もしないでいると逆にこちら側まで捕まってしまう可能性がある内容があるためだ。
マツさんいわく、可能性は非常に低いが、対処しておくに越したことはない、とのこと。
愕然としている三人のもとに歩み寄る僕から逃げるように、後ずさっていく三人を追い続けていると、僕と三人の立ち位置は完全に逆になり、ドア側に三人、そして窓側には僕たちが立っている形となった。
「さて、こいつをどうしてくれようか……いっそのこと相応の場所にお見せしましょうか?」
「………くっ」
僕のわざとらしい口調に、阿久津は屈辱だと言わんばかりに顔をしかめる。
ようやく自分たちの置かれている状況を理解したのだろう。
それを見て、正直言って愉快な気分になるが、とりあえず気を引き締める。
「ただ、僕も鬼ではない。僕の頼みを聞いてくれるのであれば、その封筒の中身のことは黙っておいてもいいよ」
「………私たちを脅す気?」
黒髪の女子学生は、こちらを睨みつけてくるが、僕は全く怖くも感じなかった。
「人聞きの悪いことを言わないでほしいんだけど。ただ、今回の一件について、日菜に誠意を見せてほしいってことだよ」
「………金か?」
「それが、あなたにとっての『誠意』なわけか」
「土下座しろっての!?」
僕のもったいぶった言い方に、今度は元木が声を荒らげる。
「だから、それが誠意だと思うのであればそうすればいいじゃない?」
その僕の返事に三人は、顔を見合わせるとゆっくりとその場に正座で座り込んだ。
そんな三人は、嫌そうなオーラ全開だった。
「おいおい……貴方たちの誠意とは嫌そうに正座になること?」
僕はどこぞの悪役のようにワザとらしく三人に指摘する。
「………いじめてすみませんでした」
「声が小さいっ!」
「いじめてごめんなさいっ!!」
土下座をして謝罪の言葉を口にする三人の姿があまりにも滑稽なので、ついついノッてしまったが、ふと窓から外を見ると、そこには明らかに警察の物と思われるセダンが一台停まっているのが見えた。
(ちょうどいいタイミング)
僕的には最高のタイミングだ。
「日菜、どう? 許せそう?」
僕は隣にいる日菜に問いかける。
僕の気持ちよりも、まずは雛の気持ちが晴れるかどうかが重要だ。
「えっと……うん」
「というわけだ。良かったな、日菜が優しくて。もう立ってもいいよ」
とりあえず、日菜が納得できたのであればよしとしよう。
僕の言葉に、三人はのそのそと立ち上がると、こちらを睨みつける。
どう見ても反省している顔ではないのだが、この際放っておくことにした。
「和解のしるしに、その封筒は君たちにあげよう。僕はそれと同じものは持っていないから安心して」
嘘はついていない。
原本はマツさんのところにあるのであって、僕の所にはないのだから。
「もちろん、今後その封筒の中身については一切公言しないことを約束しよう」
そして、それも嘘ではない。
(さあ、ショーの始まりだ)
彼らはきっと知ることになるだろう。
僕を怒らせるとどういうことになるのかを。
結末は次回にて。