それは、話が終わった時だった。
「失礼するよ。阿久津君、君にお客様だ」
『学園長!?』
ちょうどいいタイミングで、突然ドアを開けて入ってきたのは、学園長だった。
学園長の突然の登場に、僕を除いて全員が驚きをあらわにする。
尤も、その驚きは、学園長の後に入ってきた黒のスーツ姿の二人によってさらに増すことになるけど。
「失礼。阿久津 正君だね。私たちはこういう者です」
「け、けいさ……つ」
まるで刑事ドラマのように、懐から取り出して阿久津に見えるように提示したのは、警察手帳だった。
「連続通り魔事件について、署でお話を聞かせてくれないかな?」
「……ひっ!?」
警察の人の言葉に、阿久津は声にならない悲鳴を上げる。
「あー、そういえばここに来る前に、資料を提出しておいたんだった。いやいや、歳は取りたくないもんだねー」
そんな阿久津の様子に、笑みを浮かべながら、僕は白々しく言い放つ。
これが僕の仕掛けだ。
三人には今回の件を話さないことを条件に謝らせるが、そもそもその前の時点でしかるべきところに話しておいた状態にしていたのだ。
そんな僕の言葉に、阿久津は勢い良くこちらに振り返ると、僕に向かって突進しようとしたが、それは警察の人に腕をつかまれたことで止められた。
「てめぇ! 騙しやがったなっ!」
「人聞きの悪いことは言わないでくれる? 確かに、僕は”誰にも言わない”とは言ったけど、それは今後のことであって、過去のことではない。だから、僕はこれからはこのことを誰にも言わないでおいてあげる」
尤も、過去の行動についても約束の範囲に指定するようなことは、普通はやらないし無理だったりするけど。
「さ、行きましょうか」
「ちょ―――まって―――――違う、俺は――――――」
阿久津は、断末魔のような叫び声を上げながら、僕たちの前から連れていかれるのであった。
学園長もそれに続いて出ていき、教室内に残された僕たちの間に、なんとも言えない沈黙が走る。
「あ、そこのあなたのことも、ついうっかり資料を提出したんだった」
「っ!?!?」
それを破るように口にしたわざとらしい僕の言葉で、黒髪の女子生徒は子を青ざめさせた。
そのまま燃え尽きたように
ふらふらとした足取りで、教室を去って行くのであった。
「ね、ねえ。私は言ってないよね?」
「うん、君は嘘偽りなく言ってないから安心して」
縋るように聞いてくる元木の言葉に答えると、元木の表情が一気に明るくなる。
……僕の考えていることなど知らずに。
「あ、一応言っとくけど、許したわけじゃないから」
「だ、だったらどうして……」
「この学園内に、お前のお仲間がいることぐらいお見通しだし、メンバーも全員把握している。無論、”資料”のほうもな。いわば君は生き証人だ」
「生き……証人?」
声のトーンを低くして告げた言葉に、元木は口を震わせる。
どうやら、僕の言わんとすることが分かったようだ。
「今後、お仲間が日菜に対して不穏な動きをしたり、今回のようないじめをしたら、お仲間全員の”資料”をしかるべき場所に公開する。そうなれば、あんたら全員今の生活はできなくなるだろうな」
僕の最後の計画は、元木を生き証人として、グループのメンバーの身動きを封じさせることだった。
このままいけば報復するのは目に見えている。
だが、一気に反日菜グループのメンバーを掃討すると、色々な場所に禍根が残る可能性もある。
とはいえ、報復は避けなければならない。
そういうわけで、今回の感じになったのだ。
阿久津が僕たちの目の前で警察に連れていかれるようにしたのも、”資料”という物の威力を見てもらうためのデモンストレーションの一環だった。
おかげで、資料は彼女にとって凄まじい威力を持つ”爆弾”であるという認識を与えることができた。
誰も、進んで不幸になろうとする者はいない。
それはよほどの覚悟のいることだからだ。
「ち、ちがう! これはそもそもこいつが悪いんだ!!!」
「っ!」
追い詰められた元木の怒鳴り声と共に指さされた日菜は、恐怖からか僕の背中に隠れた。
そんな彼女をしり目に、元木は続ける。
「テストでいつも満点とって、体育でも何でもかんでもそつなくこなしてっ! 何が『また百点』だ! 飽きたとかつまんないとか何様なんだよっ!! 私、あんたみたいなやつが目障りなんだよっ! あんたらだって、そう思ってんだろ! こいつなんか消えればいいって思ってんだろうがよ!」
元木の聞くに堪えない逆恨みのような言葉の数々に、後ろにいた日菜が僕の制服をつかんでくるのを感じた。
その感じから、僕は日菜がおびえているというのがなぜか伝わってきたのだ。
(日菜も怯えているし、あれも何を言ってるのかわからないし)
発狂とはきっと、こういうことを言うんだろうなと、元木の絶叫に近い罵声にどうでもいいことを考えながらも、僕は口を開こうとしている田中君に目配せをした。
それは”何も言うな”という意味を込めてだ。
ただでさえ混沌とかしているのに、ここに田中君まで混ざったら収拾がつかなくなると思ったからだ。
「あー、元木さん。ちょっといい?」
「んだよ!!」
止まるかなと思って試しに声をかけたところ、意外にもすんなりと言葉を止めてくれた。
「元木さんがどう思おうと勝手だけど、氷川日菜の隣には美竹一樹がいること、しっかりとメンバーの連中に伝えておくことをお勧めするよ。地獄を見たくなければね」
「っ!?!?」
僕のその言葉がトドメだった。
元木はおぼつかない足取りのまま、教室を後にしていく。
「日菜、もう大丈夫だよ」
去って行った教室のドアから視線をそらさずに、僕は日菜を安心させるようにできるだけ優しく告げる。
「うん……ありがと、一君」
その言葉だけで、これまでの苦労が報われたような気がした。
「すごいね、一君って」
「……怖かった?」
先ほどまでの自分を振り返って、少しばかり恐怖を与えてしまったのかと不安になった。
相手に恐怖心を植え付けるためと、割と本気で怒っていたのもあってああなったのだが、それで最愛の人に引かれたら元も子もない。
「ううん。全然怖くなかった。その……とても格好よかったよ」
「日菜……」
はにかみながら言ってくれたその言葉に、僕は顔が熱くなるのを感じる。
すると、日菜はそっと目を閉じた。
それが何なのかを悟った僕は、それに応えようと顔を近づけ―――
「あー、ごほんっごほんっ!」
「「っ!?」」
ようとしたところで、いきなり聞こえた咳払いに、僕たちは慌てて離れる。
「お二人さんよ。二人の世界に入るのはいいんだけどな、TPOぐらいわきまえろー」
田中君からの痛々しい視線と共に投げかけられたその言葉に、今度は違う意味で顔を赤くなった。
「見て見ろ、お前らのオーラに当てられて一人犠牲になってる奴いるぞ」
「ら、らぶロマンスが……きゅぅ~」
「ひまりさんっ!?」
田中君の視線の先には、先ほどの光景を見たがために頭から煙が出る勢いで顔を真っ赤にさせているひまりさんの姿があった。
そんな彼女のもとに、僕は日菜と共に駆け寄った。
結局、ひまりさんが落ち着くのに、かなりの時間を要したのは言うまでもない。
ちなみに、この騒動は後の天文部の部室で待機していた皆にも明らかとなりその場にいるみんなから、様々なまなざしを向けられることになったのは余談だ。
そんなこんなで、僕たちに降りかかった事件はようやく終わりを見せるのであった。
これにて反撃はひと段落着きました。
おそらく次回で本章は完結となります。