海に行くと決まれば、あとはどの海に行くかだ。
日菜と僕の関係がばれないようにするという前提条件がある以上、あまり人気のある場所に行くのは危険だ。
とはいえ、どこに行こうともリスクはやや高い。
(でも、できる限りリスクは抑えておきたいな)
僕が狙うは、リスクを抑えつつ、海を満喫することだ。
(だとすると、人気のない場所にするしかないか)
今の季節的にも、海というのは定番だ。
人気のない場所は少ないのが現実だ。
(日をずらすか、リスクを覚悟で行くか)
前者は即刻切り捨てる。
休みが被ったのも、かなり奇跡的な面が多い。
パスパレのスケジュールは知らないが、僕のほうのスケジュールは来週末の休みから一気に過密になっている。
(これもそれも、僕の目的達成のための一つのステップだから仕方がないとはいえ……)
まさか、目的を達成させるための計画が、恋人らしい時間を制限される事態になるというのは皮肉なことだった。
(今なら、ドラマのシーンがわかるような気がするよ)
よくあるヒロインの『仕事と私どっちが大切なのよ!』という場面だけど。
「僕なら、歩みを止める選択はないよね」
なんだか、聞いている人がいれば怒られそうなことを言ってる僕だが、本心なのだから仕方がない。
いくら何でも、目的達成のための歩みを止めることは考えられない。
一度それをすれば、なし崩し的に停滞になる可能性があるからだ。
(この後に控えているあのライブは、絶対に成功させないと)
再来週から、僕たちMoonlight Gloryの新しいステージへの礎となる大事なライブに向けた準備が始まる。
このライブだけではないが、失敗は許されない。
だからこそ
「来週末のデートは心の底から楽しむんだ」
結局、僕が選んだのはリスクを覚悟のうえで、少し離れた場所にある海に向かうというものだった。
行く場所が決まれば、日数が経つのも早く感じられた。
途中で丸山さんや白鷺さんから相談やらお小言やらの電話が入ったりしてきたけど。
内容は『なんだか日菜ちゃんが、いつもよりテンションが高いんだけど……』
だったり、『気持ちは分かるけど、自重しなさい』というお小言だったりといろいろだ。
(まあ、振り返ってみれば、本当にあっという間だった)
「一君、ピタッとしてるけどどうしたの?」
「あ、いや……一週間ってあっという間だなって思ってね」
最近の出来事を振り返っていたら、日菜が首をきょとんと傾げながら聞いてきたので、簡単に答えておいた。
「うん。あたしも、びゅいーんって感じだったよ」
そう言って二人で笑いあった。
「ところで、一つだけ聞きたいんだけど」
と、ひとしきり笑ったところで、僕は真剣な面持ちで日菜に疑問を投げかけることにした。
「どうやってここに来たんだ? 鍵なんて渡してないはずなんだけど」
日菜がここにいる理由だ。
僕は合いかぎなどを渡していない。
また、日菜が泊まったという記憶もないのだ。
「え? 普通に玄関からチャイムを鳴らして入ったよ」
「いきなり来たらびっくりしたでしょ」
誰が出たのかは知らないが、いきなり日菜が来たら驚かないはずがない。
何せ、何の連絡もなく朝に尋ねてきたのだから。
「うん、おじさんびっくりしてたよ。だから、あたしは正直に言ったんだ。『一君と初めての日だから迎えに来ました』って」
「なんてことをしてくれたっ!?」
どうやら出たのは義父さんだったらしい。
それは置いとくにしても、色々と最悪だ。
「え? だって、今日は一君と初めて”デートをする”日だから、何も間違ったことは言ってないよ?」
「主語を抜かさないで、主語を!」
もしかしたらわざとやったのではないかという疑念さえ覚えてしまう。
(そういえば、なんだか下が騒がしいような……)
あえて気にしないようにしていたが、下のほうがかなり騒がしく感じられた。
「もしかして、迷惑だった?」
「う゛……迷惑じゃないよ」
どうやら僕は、日菜にかなり弱くなってしまったようだ。
日菜の上目遣いの前では、僕は何も言えなくなってしまうのだから。
「それじゃ、着替えるからちょっと外で待っていてくれる?」
「うんっ」
とりあえず、僕は彼女をいったん外に出て行かせて、一息つくと手早く着替える。
ここは着飾ったほうがいいのかもしれないが、変にやってもこけるので、いつも通りにしておいた。
そんなわけで、服を着替えた僕は、財布などの貴重品と水着を手にすると、逃げるように家を後にするのであった。
(これ、あとで地獄みるだろうな……)
それはもはや確定事項だったりもするが。
事情は説明するが、果たしてどこまで信じてもらえるだろうか……考えただけでも不安になってしまう。
(ま、そんなことは置いといて、今は初めてのデートを楽しもう)
せっかく頑張って計画した初デートだ。
最高の思い出にしたいなと思いつつ、僕は電車に乗り込むのであった。
「なんだか、だんだん山ばっかりだね」
「そうだね。まあ、かなり場所を選んだからね」
下調べでは周囲に自然あふれるスポットとなっていたので予想はしていたが、車窓から見える木々や自然の光景は、その予想をもはるかに超える絶景だった。
ここはさながら木でできたトンネルのようなものだろうか。
「うわぁ……見て見て! 海だよ! 海!」
「うん、そりゃこの辺は海に近いからね。だから少し落ち着いて」
そのトンネルを抜けた先に広がったのは、日の光が反射してきらきらと光る海だった。
その光景は、最高の景色にするのに一役買っていた。
僕はその光景をスマホの写真に収めつつも、テンションが上がりまくっている日菜を落ち着かせる。
(あと少しで海だ)
車窓から見える海の景色を前に、僕もまた胸を躍らせるのであった。
日本語というのは難しいものですね(汗)
こういったのを利用した漫才をされるお笑いコンビがいるのですが、非常に面白かったりします。