「うわぁ! 海だぁぁ!!」
目的地に到着すると、日菜は先ほどよりもさらにハイテンションではしゃいでいた。
「一君、こことってもるん♪ってするよ!」
「確かに、これはなかなか……」
自分で選んでおいてなんだが、かなりいい場所だと思う。
僕がいるのは、どこにでもある普通の海という印象の強い場所だ。
海の家もあり、ぱっと見ではあるが、メニューも豊富だった。
海の景色もまた絶景だった。
それなのに、人もあまりいないのだから驚きだ。
まさに穴場的なスポットと言っても過言ではない。
(これなら、リスクはかなり抑えられそうだ)
リスクは完全とは言えないが、それでもいい感じに抑えられている。
よほど羽目を外さない限りは、問題にはならないだろう。
「それじゃ、着替えてここに集まろうか」
「うんっ」
こうして僕と日菜は水着に着替えるべく、一度別れることにするのであった。
「やっぱり、僕が先か」
男は着替えるのが早いというのはある意味普通のようで、着替え終えて集まる場所に行くも、そこにはひなの姿はなかった。
(まあ、気長に待ちますか)
そう思っていた時、ふと後ろのほうで足音が聞こえた。
「お待たせ、一君」
「日菜、待ってない……よ」
その足音は日菜の物だったようで、彼女のほうに振り向いた僕は、思わず固まってしまった。
そこにいたのは、紛れもなく水着姿の日菜だ。
ただ、水着姿の彼女が、全くの別人に思えてしまうほどに可愛く見えたのだ。
「ど、どう……かな?」
「き、きれいだよ。すごく」
もう少し言うことがあるだろうと思うが、今のが僕にできる精一杯の感想だった。
緑色のビキニタイプの水着を着た彼女は、それほど綺麗だったのだ。
「あ、ありがとう……一君も格好いいよ」
きっと、僕たちは顔を赤くしているに違いない。
何とも言えない空気が、僕たちの間に漂う。
「と、とりあえず泳ごうか」
「そ、そうだね!」
その場を取り繕うとした僕の提案に、日菜も賛成したので、海で泳ぐことにした。
しっかりと準備運動をしたうえで、僕と日菜は海に足を踏み入れる。
「ん~~~っ! 水が冷たーい!」
「本当だ、ひんやりして気持ちいいな」
夏の暑さも相まって海水の冷たさがまた気持ちよかった。
(海に行ったのは去年以来だ)
思い出すのは去年蘭達といった海水浴のこと。
(あれはあれで楽しかったな)
「隙ありっ」
「わぷ!?」
昔のことを思い出していた僕は、水をもろに顔に掛けられてしまった。
「いきなり何するの!」
「えへへ~、ぼーっとしてるほうが悪いんだよーだっ」
水をかけてきた日菜に抗議をするも、下をちょこんと出しながら、全くの正論で返された。
「だったら、こうだっ」
「うわ!? やったなぁ~!」
そんな日菜に、僕はお返しとばかりに水をかける。
そこから水の掛け合いが始まった。
「あ……」
水の掛け合いも終えて、今度は泳ぐことにしたのだが、泳ぎ始めてしばらくした頃、日菜のお腹からかわいらしい音が聞こえてきた。
「そろそろお昼にでもしようか」
「う、うん。そうだね」
さっきとは違った理由で顔を赤くしてお腹を押さえている日菜に、僕は柔らかい笑みを浮かべながら昼食を提案すると、誤魔化すように照れ笑いを浮かべながら頷いたので、お昼を食べることにした。
「うーん、色々あって悩むな」
海の家についた僕たちはメニューを見てどれにしようかを考えていた。
とはいえ、メニューが多くどれにするのかを選ぶのに少々悩んでしまう。
「あたしは焼きそばにしよーっと。一君は?」
「え!? えっと……」
(そうだよね、日菜ってそういう人だったよね)
予想以上に素早く決めた日菜に、僕は心の中でつぶやきながらもメニューと睨めっこする。
やがて、僕が選んだのは
「ラーメンにするか」
ラーメンだった。
選んだ理由はここの一押しという謳い文句だったりする。
ともかく、僕たちはそれぞれオーダーを済ませると、少しして出来上がった料理を手に適当な席に腰かける。
「それじゃ」
「「いただきまーす」」
こうして、僕たちは昼食を食べ始める。
(しょっぱ!?)
ラーメンの味はかなり塩気が強くしょっぱく感じられた。
とはいえ、食べれないほどでもないのでいいのだが。
「日菜って、アレルギーとかある?」
「んー……ないよ。どうして?」
「いや、何で玉ねぎをはけてるのか気になったから」
先ほどから見ていると、なぜか日菜は玉ねぎだけをはけて食べていた
「だって、るんっ♪て、しないんだもん」
「好き嫌いってことだね。だったら」
僕はそういうと、日菜がはけた玉ねぎを元に戻していく。
「食べなさい」
そして、一言告げる。
「えーっ、ひどいよ一君!」
「もう子供じゃないんだから、いい加減好き嫌いがよくないことくらいわかってるだろうに」
抗議の声を上げる日菜に、僕はため息交じりに切り捨てる。
これがアレルギーであれば、僕のほうで玉ねぎを食べようかとも思っていたが、好き嫌いであるなら容赦はしない。
世間では、アレルギーは少しずつ食べていれば治るなどといったことを信じている人がいるようだが、確証がないうえに間違えると命まで危険にさらされることになるので、絶対にやらないことにしていたりもする。
「ちなみにはけたらまた戻すよ」
「うぅー……そうだっ!」
しばらく恨めしそうに見ながら唸っていた日菜だったが、突然何かを思い出したのか目を輝かせ始める。
「じゃあ、一君が食べさせて♪」
「はい!?」
一体どういう理由でそうなったのかと、僕は目を瞬かせる。
「一君が食べさせてくれれば、あたしもちゃんと食べられるんだけどなー」
「……わかったわかった。やりますよ」
ちらちらとこちらを見ながらわざとらしくつぶやく彼女に、僕は早々に白旗を上げて彼女に玉ねぎを食べさせることにした。
「はい、あーん」
「あーん♪」
玉ねぎを箸でつかむと、それを日菜の口の中に入れる。
「一君、次~」
「はいはい」
果たして、それでいいのかと思うが、一応苦手なものを食べてくれてるので、深く考えないようにした。
そして僕は、彼女に玉ねぎをすべて食べさせることに成功するのであった。
「それじゃ、はい! あーん♪」
「……今更だけど、これを人前でやるのはやばいでしょ」
本当に今更なうえに、も出に食べさせた人が言う言葉ではないと思うが、それでも言わずにはいられなかった。
「ダイジョーブ! スキンシップ♪ スキンシップ♪」
「……」
それでいいのかとツッコむ気力は、満面の笑みを浮かべる彼女の前には皆無に等しかった。
「はい、あーん♪」
「あー……」
こうして僕たちはなし崩し的に食べさせ合いを始めるのであった。
食べさせ合いに慣れるのは、かなり時間がかかりそうだった。
尤も、慣れた時点ですでにバカップルと呼ばれそうな気もするが、そんなことは今の僕たちにとってはどうでもよかった。
その後も、僕たちは心行くまで、海を満喫するのであった。
そして、時刻はすでに夕方。
夕陽に照らし出された海は、来た時とは違った印象を抱かせる。
「日菜、そろそろ」
そんな中、その光景をじっと見ている日菜に、僕はそっと声をかける。
「……うん」
僕の言わんとすることが分かったのか、日菜は静かに頷くと海に背を向けて更衣室がある場所に向かって足を進める。
そして、着替え終えた僕たちは、そのまま帰ることにした。
「………」
電車に乗ってからしばらく経っても、日菜は無言だった。
来るときにとてもはしゃいでいたのがうそのようだった。
「なんだかあっという間だったね」
「……そうだな」
車窓から除く景色を眺めながら口を開く日菜に、僕は相槌を打ちながら、彼女の手を握る。
「え?」
「これで僕たちの関係が終わるわけじゃない。ここから色々と思い出を積み重ねていくんだ。だから、悲しむ必要はないよ」
そう言いながら、僕は雛の目じりにある涙を手で拭いとる。
確かに、初デートである今日は終わる。
でも、これからも好きなだけ僕たちは思い出を作ることができる。
僕たちの関係は、まだ始まったばかりなんだから。
その気持ちが日菜に伝わるように、僕は彼女の手を握り続けた。
「うん……ありがと、一君」
そう言ってほほ笑んだ日菜の姿は、後ろから見える夕陽に照らされた海面と相まっていつもよりも美しく感じさせた。
すっかり日も落ちて、薄暗くなり始める中、僕は日菜の家の前まで来ていた。
「今日はありがとね」
「いや、こっちこそありがとう。おかげでいい思い出になったよ」
きっと、今日という日は僕の記憶に残り続けるだろう。
「また、どっかに行こ」
「そうだね、近いうちに今度は遊園地にでも行こうか」
前に行ったときは、日菜とはまだ友人という関係だったが、今度は恋人同士。
おそらく、何もかもが違って見えるはずだ。
「約束っ」
「ああ、約束だ」
僕は頷きながら、日菜が差し出してきた小指に自分の小指を絡める。
絶対に破らないという決意と共に。
「それじゃ、またね」
「うん」
そして、僕と日菜は自宅前で分かれた。
「あ、待って!」
歩き出そうとした僕を、日菜が呼び止める。
「何? ひ――んむ!?」
振り返った僕の口を、日菜の口でふさがれる。
「はぁ……大好きっ」
そして、離れたかと思うと、顔を赤くして言うとバタバタと家の中に入って行ってしまった。
「ったく、不意打ちなんてズルいなぁ……僕もだよ、日菜」
聞えてはいないだろうけども、僕も返事を返して、今度こそ帰路についた。
色々と慌ただしい一日ではあったが、振り返ってみれば、とてもいい思い出になったと思う。
そんな夏のある日のことだった。
ちなみに、これは余談だが。
「ただいま」
「「一樹(兄さん)ッ」」
家に帰るのと同時に、仁王立ちで待ち構える鬼が二人いた。
「えっと……」
(そういえば、日菜とのことで誤解されっぱなしだったっけ)
出かける前にあえて後回しにしたことが、今になって自分に返ってきていた
「あの、二人とも、あれは誤解で―――」
「こっちに来て(来なさい)」
「……はい」
怒り狂っている二人に、僕の釈明など聞えているはずもなく、僕は義父さんと蘭に引っ張られる形でリビングに連れていかれた。
「男女の交際をとやかく言うつもりはない。だが、物事には限度というものがあるんだ―――」
その後に待ち構えていたのは、二人からのお説教だった。
一応、誤解を解くことはできたが、それができたのは数時間ほど経過した時のことだった。
改めて、ある意味忘れられない、夏の一日の出来事になるのであった。
第5章、完
今回で、本章は完結です。
はい、ものすごく短いです。
章のタイトルは長いのにです。
ということで、次章予告をば。
―――
夏休みも残り僅かなある日、会議室に集められたMoonlight GloryとPastel*Palettesのメンバーたちは、合同ライブの説明を受ける。
彼らは、ライブを成功に導くべく、練習を始めるのだが……
次回、第6章『晴れのち曇り』