相原さんが打診した合同ライブだが、パスパレのスタッフの答えが出るのは早かった。
それは、夜、自室で夏休みの宿題を終わらせようと、勉学に励んでいた時のこと。
僕のもとに、相原さんから電話がかかってきたのだ。
『夜分遅くに失礼します。一樹さん、先日お話しいただいた合同ライブの件ですが、Pastel*Palettesさんのスタッフの方から回答がございました』
「それで、どのような?」
確認をしてから一日ほどしか経過していないことに、僕はなんとなく返答が読めてしまった。
『ぜひ、やらせていただきたいとのことです』
やはり、僕の読み通りの回答だった。
『ただ、開催日に関しては、練習の兼ね合いもございますので、少し後にしていただきたいとのことです』
「………」
『一樹さん、お気持ちはお察ししますが、私に免じて、ご容赦願います』
相原さんには、僕がどれほどRoseliaとライブを行いたいのかを熱弁しているので、僕の気持ちが理解できているはずだ。
それでもなお、事務所としての筋を通そうとしている。
(……致し方ないか)
実際、もうこの時期になってしまえばRoseliaにオファーを出したところで、いい顔はされないのは目に見えている。
そうなるともはや時期にこだわっても無意味であった。
「分かりました。それでは、先方のご都合のいい時期での開催ということで、お願いします」
『ありがとうございます。では、そのようにお伝えいたします』
こうして、僕たちMoonlight GloryとPastel*Palettesとの合同ライブが決まることになったのだ。
「これは、責任重大ですねっ」
「私もブシドー精神で頑張ります!」
その出来事を振り返っていた僕の耳に聞こえてきたのは、気合を入れている若宮さんたちの声だった。
「こちらが、ライブの概要となります」
スタッフの人が僕たちに手渡してきたのは、僕が作成した大まかなライブの概要をまとめた物だった。
内容は、少しだけ手を加えられている。
元のままで行くと、パスパレでは実現不可能な内容があったりするからだ。
やるからには成功させるのが、僕のモットーだ。
「えっと……お互いの楽曲をカバーし合う……うぅ、私たちにできるかなぁ」
「難易度のほうは、あまり高すぎない物をチョイスしたものを渡すから、そこに関しては安心して。まあ、練習は必要だけど」
Pastel*Palettesの場合、僕たちの楽曲の中には技術的に演奏が難しいものが多数存在している。
成功させることが目的なのと、あまり無理をさせてパスパレの活動に支障をきたすのを避けるために、難易度は抑えめにしてある。
「あの、一ついいかしら?」
そして、ここで資料を呼んでいた白鷺さんが控えめに手を上げて口を開いた。
「このSPLの横にある『特別編成のバンドによる演奏』というのは?」
「えー、そちらについては立案者の一樹さん、お願いします」
白鷺さんの問いにスタッフが答えられるはずもなく、立案者である僕のほうに話が回ってきた。
「読んで字のごとく、Moonlight GloryとPastel*Palettesのメンバーをシャッフルして、演奏をする物です。」
「しゃっふる!?」
僕の答えに丸山さん達が驚きをあらわにする。
「パートは変更しません。また、編成メンバーは皆さんと話し合いを行いながら確定させます」
「う~ん! るるるるんっ♪ てするねっ! 彩ちゃん」
「わ、私はなんだか緊張してきたよ~」
日菜のように、楽しみにしている者もいれば、丸山さんのように不安気な人もいる。
「本日は、概要の説明ですので、詳しいことは後日皆さんで話し合われて決めてください。一樹さん、決まりましたら我々にお伝えいただけるようお願いします」
「分かりました」
このライブの計画では、原則としてスタッフは介入はしないようにお願いしている。
衣装などの必要な部分ではお願いしているが、セトリや演奏の練習などは僕たちが主体となってやりたいのだ。
思えば、この我儘を受け入れて貰たのは、ある意味奇跡だと思っている。
そして、スタッフが全員会議室を後にしたのを見計らって、僕は口を開いた。
「まずは、丸山さん達が演奏する曲目を決めるところから。ここに、僕のほうで難易度をランク付けした楽曲の一覧があるから、この中から好きな三曲を選んでほしい。同じく僕のほうも選ばせてもらうから」
「うん、わかった……って、なんだか分厚いよ!?」
丸山さんの頼もしい返事を聞いて手渡した、僕たちの楽曲一覧を目にした丸山さんが固まった。
「ざっと200ほどはあると思うから、大変だと思うけど」
「あ、あはは……さすがMoonlight Gloryですね」
その曲数の多さに、大和さんが引きつったような笑みを浮かべる。
(これでも抑えめにしたのは言わないでおくか)
「ねーねー、彩ちゃん。あたしにも見せて見せてっ」
「はい、日菜ちゃん」
目を輝かせてせがむ日菜に、丸山さんはその資料を渡すと、日菜はどこかテンション高めにそれを見ていた。
「ちょっといいかしら」
そんな中、白鷺さんが再び口を開いた。
「曲目を決めるのも大事だけど、まずは練習日を決めましょう」
「確かにそうだな。練習日とかも合わせて行かねえとまずいしな」
白鷺さんの提案に、田中君も頷く。
確かに、曲だけ決めて後が何も決まっていないのでは、元も子もないだろう。
「あ、それじゃあみんなでスケジュールを共有しようよ! えっと……はい! グループを作ったよ」
丸山さんが提案したのと同時に、スマホで何やら操作をすると、こちらに向かって画面を見せてきた。
そこには『合同ライブグループ』という名前が付けられたグループが作成されていた。
「それじゃ、IDみんなのほうにも送っておくね」
「え? ……あ、来てる」
ウインクしながら携帯を操作し始めた丸山さんに、僕はまさかと思いメッセージアプリを見て見ると、そこには丸山さんからグループチャットの招待状が届いた旨のメッセージが表示されていた。
「僕、いつ丸山さんにIDを教えたっけ?」
「ほら、この前ガールズバンドパーティーの時に、連絡を取り合ったでしょ? その時に、リサちゃんから教えてもらったんだよ」
「あー、あの時か」
CiRCLEで行われた『ガールズバンドパーティー』のイベントの際、各自で役割分担を決め、連絡を取り合うためにグループチャットを作っていたのをリサさんから聞いていたのを思い出した。
その時は丸山さんとIDの交換をした記憶はなく、リサさんに招待されるという形で、僕も連絡を取り合っていた。
「ここに、みんなそれぞれのスケジュールを更新しておけば、簡単にチェックができるよ♪」
「へー、意外に便利だな。じゃ、早速やってみますか」
相槌を打ちつつも、啓介は自分のスケジュールを打ち込み始めるのに倣い、僕もスケジュールを更新しようとしたところで、メッセージの受信の知らせが届いた。
(日菜? 話したいことがあれば今言えばいいのに)
相手は雛だったが、僕は疑問を抱きながらもメッセージを確認することにした。
そして、すぐにその疑問は解消することになる。
『(#^ω^)(#^ω^)(#^ω^)』
顔文字だけのそれで。
(あ、これ後でまたねちねちと言われるパターンだ)
どうやら、僕のIDを丸山さんが知っていたのが、あまりお気に召さない様子だったらしく、僕はこの後に訪れる一仕事を覚悟した。
そんな僕の心境など知る由もなく、今日は解散となった。
「ねーねー、ミーティングルーム借りるね」
「あ、ああ」
満面の笑みで田中君にミーティングルームを使う許可をもらった日菜は、そのまま僕を引きずるように歩き出し始める。
田中君たちの同情のまなざしを受けながらも、僕は会議室を後にして、ミーティングルームに向かう。
そして、始まったのは日菜からの追及という名の尋問だった。
「ねえ、何で彩ちゃんが一君のIDを知ってるの? しかも、顔がぽわーんとしてたっ」
「だから、それは誤解だって」
最終的に僕の説明に納得してくれたのは、夕方ごろになった時だった。
(……お祓いに行こうかな)
最近、まじめに啓介に呪われてるのではないかと思う、今日この頃であった。