それは連休の2日前のこと。
「兄さん、ちょっといい」
玄関先で、僕は蘭に呼び止められた。
「どうかしたの?」
「明後日って、予定ある?」
「別にないけど。どうして?」
義父さんに付き添う形で行く華道の集まりはまだ数日先だったはずなので、フリーであったがそのようなことを聞く理由が気になり、蘭に尋ねた。
「実は、私の知り合いで兄さんに会いたいって言ってるから一度紹介したいと思って」
「なるほど……」
僕は頷きながら驚いていた。
会いたいと言われていることもそうだが、どちらかというと
「何?」
「いや、蘭に知り合いがいるということに驚いーーー痛っ」
からかうつもりで言った言葉を言いきるよりも早く、蘭に足を踏まれた。
「殴るよ」
「とか言いながら、足を踏みつけてますけど……あ、いや。すみません、自重します」
蘭の目が完全に本気だったので、慌てて謝った。
蘭の危険な一面を狭間見た瞬間だった。
「それで、話を戻すけど。その日は大丈夫。で、僕はどこに行けばいい?」
これ以上この話をするのは主に僕の身が危ないので、話を元に戻した。
「明後日の9時に『羽沢珈琲店』っていう場所で待っててほしい。私は知り合いを連れて行くから」
「わかった」
(ついでだし、またケーキセットでも頼んでみようかな)
蘭の口からあそこの店名が出るのには驚いたが、商店街でも有名な喫茶店なのだと納得した。
そして、それから二日後。
ついに、その日が訪れるのであった。
「ん……」
連休初日。
その日の朝はいたって快調だった。
いつもより早い時間に起きれたし、天気もいい感じだ。
まさに絶好のお出かけ日和と言っても過言ではないだろう。
(まだ朝食には早いし、スマホをいじって時間をつぶすか)
パソコンはあるのだが、電源を入れるのが少し面倒くさいので、スマホを使うことにした。
充電はさすがに終わっており、充電器から取り外した僕は、電源を入れる。
スマホのメーカーメインロゴが表示された後、いつもの待ち受け画面になったのだが
「うお!?」
突然着信音が鳴りだし、驚いた僕はスマホを地面に放り捨ててしまった。
(凄まじい着信音だ)
どういう理由かは知らないが、着信音が何重にも重なって聞こえたら、誰だって驚くだろう。
そして、その原因はすぐに判明した。
「これって、RAINの着信音か」
見れば『RAIN』のアイコンの横に数字のようなものが書いてある。
(確か、数字は未読のメッセージの数を意味しているから、今回の場合は……600!?)
しかも進行形で数字が増え続けているし。
「あ、固まった。電源落ちた」
未読数が4桁に突入した瞬間、スマホの画面が固まり、そのままブラックアウト……つまり電源が落ちた。
僕は慌ててスマホの電源を入れ直す。
「だから、それはもういいって」
待ち受け画面に戻ると、再び着信音の嵐だ。
「またか」
そしてまた先ほどと同じように電源が落ちたので入れ直す。
その作業を行い続けるとこと数十分。
「やっと収まった」
未読数も2000の手前で止まっているので、無限ループから脱したということだろう。
(昨日帰ってからずっとスマホ見てなかったからな。こうなるのも当然か)
「というか、こんなに普通送らないでしょ」
常識のある人は絶対にやらない。
「啓介あたりだろ、絶対に」
次会ったらとっちめてやろうと思いながら『RAIN』を起動させる。
そして最初の画面が表示された瞬間、僕はこの事態を引き起こした犯人が分かり、こけそうになった。
未読数と同じ数字のマークがある横には『日菜★』と書かれていた。
とりあえず、彼女のメッセージ一覧を出してみた。
「なんじゃこりゃ!?」
そのメッセージを見た瞬間、僕はそう声を上げずにはいられなかった。
そこに表示されていたのは豚の顔の絵だった。
所謂デコレーションというやつだろう。
「って、全部同じかい!」
上にスクロールしてもずっと同じ内容が続いていた。
「あ、文字出てきた」
かなりスクロールさせて、出てきたのは日菜さんが撃ち込んだ文面だった。
とはいってもごくわずかだったが。
『ねえねえ、今日帰るときに、とってもるるんってくることがあったの!』
という一文から始まっていた。
時間的に家で私服に着替えているときだろう。
当然スマホを見てもいない。
『何で返事くれないの?』
なので、このようなメッセージが数分後に表示されていてもおかしくはない。
『むー、それだったらこれでもくらえっ! とりゃ』
という文面の後、デコレーションの嵐が続いていた。
(一番最後のまで1時間もよくやり続けたよな)
その気力をもっと別の何かに向ければいいのにと思ってしまう。
まあ、スマホを見ることを忘れた僕にも問題はあるけど。
(そんなことしてたら、もういい時間だ)
RAINを見るだけでかなりの時間をかけていたようで、朝食を摂るにはいい時間になっていた。
僕は、これからはちゃんとスマホをチェックしようと思いながら、リビングに向かうのであった。
「よし、指定時間10分前」
朝にいろいろとハプニングがあったが、蘭に指定された時間に遅れずに集合場所に来れたのはよかった。
これで遅れでもしたら兄の面目丸つぶれだ。
(というか、兄弟なんていなかったからこれでいいのかって感じもするけど)
いまだに兄としてどういう風にふるまえばいいのかが分からなくなる時があるが、自然体で接するようにしている。
そのほうがお互いに変な気を遣わずに済むからだ。
(さて、蘭が来るまでの間、少しゆっくりさせてもらいましょうかね)
「あ、今日は」
「あれ、今日は非番なんだ」
羽沢珈琲店に入ると、いつもとは違う女性が出迎え、テーブル席のほうで腰かけてる羽沢さんの姿があった。
「はい。友達が今日遊びに来るので」
「それは奇遇ですね。こっちも妹が来るのを待ってるんですよ」
不気味なほどに相手は違うが状況が似ていたので、変な親近感を感じる。
「あ、もしよければお話でもしませんか?」
「ご迷惑でなければ」
羽沢さんの厚意で、僕は彼女と相席させてもらえることになった。
6人掛けの大きな席なので、少し寂しさを感じたりするが、まあいいだろう。
「すみません、ケーキセットをお願いします」
「ケーキ好きなんですか?」
店員に注文をした僕に、羽沢さんは興味気に聞いてくる。
「そこまで好きでもないですけど、おいしかったので」
「あ、ありがとうございます」
自分の考案したメニューをほめられてか、嬉しそうにお礼を言う彼女を見て、こういうのもいいなと思っていると、頼んでいたケーキセットが置かれた。
「それでは、いただき――――ん?」
早速食べようとした僕を止めたのは、来客を告げるドアのベルだった。
出入り口を見れば、そこには黒いジャケットを着る蘭の姿があった。
「「蘭(ちゃん)」」
その姿を見た僕は蘭の名前を口にする。
……どうしてか羽沢さんも一緒に。
「「え?」」
そしてお互いで驚きながら見合う僕たち。
「おー、あの人がうわさのお兄さんですかー」
「あ、つぐ私たちより先に会ってるー。ずるい!」
「まあまあ、ここで集まろうって言ったのはひまりじゃん」
なんだか続々と少女たちが入り込んできてはこっちを見て話している。
「もしかして、君って蘭ちゃんの?」
「……ああ。兄だ」
震える指で僕のことを指さす彼女に、僕はそう告げるのであった。
「えー、蘭の兄の美竹一樹です。どうぞ、よろしく」
それから数分後、ようやく落ち着きいたところで、僕たちは席について自己紹介をすることになった。
席順は主役だからという蘭の主張により、蘭と羽沢さんに挟まれる形になり、向かい側には銀色のショートヘアーの少女と、ピンク色の髪を両サイドに分けている少女、そして彼女たちに挟まれるようにして腰かける赤い髪の少女が僕の正面に腰かけていた。
「あたしは、青葉 モカって言います。よろしく~」
「アタシは、宇田川 巴です。よろしくお願いします」
「私は、上原ひまりです。よろしくお願いします」
「改めて、私は羽沢つぐみです。よろしくお願いしますね」
とりあえず、彼女たちが蘭の言っていた人たちなのだろう。
「蘭とは幼馴染なんですよ」
「あ、そういうことですか」
赤い髪の少女……宇田川さんの言葉で、納得がいった。
それと同時に既視感を覚えたのは、きっと彼女たちの姿を自分たちと重ねているからだろう。
「いやー、妹から会いたいと言っている人がいるといわれて、どんな人だったのかと不安でしたけど、こんな美少女に言われたなんて私はある意味罪な人間ですね。あはは……」
「か、かわ!?」
今更だが、僕って初対面の人と話をするのって苦手だった。
いや中井さんほどではない。
ただ、テンパってしまうだけだ。
(今の不快に思ったりとかしてないかな)
自分の発言を思い返してみると、明らかに引かれるようなことを口走ってたし。
そう思って、相手の様子をお伺うと
「そ、そんなことないですよ」
「そ、そうだね~」
「そーそー」
さほど気にも留めていないようだった。
恥ずかしさからか頬が赤くなってはいるけど。
「そういえば、お兄さん」
「あの、名前でいいですよ? それだと言いづらいでしょうし」
本当はあまりお兄さんと言われるのが嫌だっただけだ。
言われなれていないからかもしれないが。
「わかりました。だったら、あたしのことも名前で呼んでください。あたしも妹がいるので」
「巴がそうするんだったら、私も名前でいいよ。なんだかそのほうが友達っぽいし」
「私もー。モカちゃんでおねーしゃーす」
「わ、私も名前でいいですよ」
何なのだろうか、このコンボは。
最近は名前呼びが流行っているのか?
(いや、蘭の兄だからか)
全く何の関係もない赤の他人であれば、こうも行かないはずだ。
「わかりました。巴さんにひまりさん、それ……モカさんにつぐみさん」
「「「「「あと、敬語も禁止!」」」」」
「は、はい!」
皆で声をそろえたツッコミに、僕は頷くしかなかった。
(なんだかどんどん和が大きくなってる)
これまで、知り合いなんてたかが知れていたが、今ではかなりの人と知り合いになれている。
まさか引き取られてここまで交友関係が激変するとは思ってもいなかっただけに、驚きを隠せない。
「あ……」
「おー、あれはヒーちゃんを太らせた、ケーキセットですなー」
「一樹さんの前で変なこと言わないでよ~!」
そんなことを思いながら、僕はひまりさんと、モカさんが言い合うのを見ていた。
「モカさん、一つ聞いてもいい?」
「どーぞー」
二人の言い合いがつぐみさんの仲裁でひと段落着いた頃を見計らって、僕は気になっていたことを聞いていることにした。
「モカさんって、『やまぶきベーカリー』って知ってる?」
「知ってますよー。というかー、モカちゃんの行きつけでーす」
「どうしてそんなことを聞くんですか?」
ああ、やっぱりかと僕が納得をしていると、つぐみさんが興味気に聞いてくる。
「少し前に、モカさんがお店のパンを買い占めてるのを見たから」
「モカ、どんだけパンが好きなの?」
僕の話を聞いた蘭は呆れたような口調でモカに問いかける。
他の皆も苦笑するしかなかった。
「一樹さんもわかりますよねー。あそこのパンがおいしいって」
「ええ。僕もよく買いに行ってるので」
「ムムム、さては……」
僕の言葉を聞いたモカさんが、こちらに疑いの目を向けてくる。
一体何事だと思い続きの言葉を待つと
「前に最後のチョココロネを買ったのはお兄さんか~」
「最後の? ……あ」
モカさんの言葉に、前のことを思い出すと、一つだけ心当たりがあった。
それは中学の頃、フェスのコンテスト前に、お使いを頼まれた際にやまぶきベーカリーに寄った時のことだ。
確かに、最後の一個を買っていた。
そして、お店を後にして『私のチョココロネがなくなってるー』という、悲しげな声が聞こえてきたような気がした。
『最後の一個をとった人……この恨みいつか晴らしてくれよーぞー』
ついでに、そんな一言もだけど。
「ぬっふっふ~」
(まさか今ここで復讐でもする気か!?)
「も、モカ? 目が怖いぞ」
「そーだなー。それじゃ~」
幼馴染までもが顔を引きつらせる中、モカさんの口から出たのは
「チョココロネ5個で許してあげる―」
そんな要求だった
「……それは今買えってこと?」
僕の問いかけに、モカさんは笑みを浮かべるが、その目は全然笑っていない。
しかも、当たり前だと言わんばかりの雰囲気まで出している。
なんだか納得がいかないが、食べ物の恨みは恐ろしい。
今後一生パン一個で恨まれ続けるくらいなら、要求を呑んだほうがまだましだ。
「モカ、ちょっと言いすぎ――「いや、いい。ちょっと買ってくる」――……ほんと、甘いんだから」
蘭の静止を遮って、僕はそう言うと、席を立って要求されたパンを買いに店を後にする。
その後、モカさんの要求したチョココロネ5個(最近すぐに完売するらしい)を買いに行き、それをモカさんに渡した。
モカさんは先ほどとは違い、純粋に笑みを浮かべていたので、これはこれでありだなと思った。
やまぶきベーカリーには知り合いの姿がなかったため、すんなりと買い物をすることができたが、いずれは彼女にお見舞いのお礼を言えていないので、それを言うために一度行こうと思ったのは余談だ。
それはともかくとして、こうして僕と蘭の友人たちとの面会は夕方まで続き、お開きとなった。
最後のほうではそこそこ仲良くなれたので、一安心した。
こうして、僕の連休の一日は終わるのであった。
ちなみに、これは余談だが『RAIN』に大量のデコレーションメッセージを送信した日菜さんに注意したところ、『ごめんね! テヘ☆』という文字が返ってきており、絶対に反省してないなと、ため息交じりに思うのであった。