日菜とお祭りに行く約束を取り付けた二日後。
「あ、かずくーん!」
「日菜っ」
僕と日菜は、待ち合わせ場所である駅前で合流した。
この前は、色々な意味で地獄を味わったので、今日だけは絶対にここだと何度も釘を刺しておいたのが、功を奏したのかもしれない。
「どう? 似合ってる?」
「うん。ものすごくきれいだよ」
緑色の星の模様が散りばめられた浴衣は、いつもの日菜とはちょっと違う大人な雰囲気を醸し出すのに一役買っていた。
「そ、そう? えへへ、一君もその……格好いいよ」
顔を真っ赤にして感想を言う日菜の言葉に、僕も一気に顔が赤くなるのを感じた。
「そ、それじゃ行こうか」
「うんッ!」
それを紛らわせるように、僕の提案に日菜は頷いて、僕の手を取るとそのまま祭り会場へと足を向けるのであった。
「うわぁ、人でいっぱい」
「やっぱり、この辺で大きなお祭りなだけあって、かなり混雑してるな」
出店が並んでいる通りは、大勢の人で埋め尽くされており、出店まで行くのも一苦労しそうな感じだった。
「どうする? どこかに行く?」
「うーん……ちょっとるんってしないかなー」
流石の日菜も、この人ごみにはお手上げのようだ。
「それじゃ、人の少ないところに移動して花火でも見て帰るか」
「そうだね、本当は射的とかやってみたかったんだけどね」
僕の提案に、力なく笑いながら賛同する彼女に、僕は少しだけ罪悪感を感じていた。
とはいえ、この人ごみで出店に行くのは、かなり骨が折れそうだったので仕方がないのかもしれない。
「あれ、一樹君に日菜ちゃん?」
「ん?」
この場を離れようとした僕を呼び止めたのは、聞いたことのある日との声だった。
「花音さん?」
「あ、やっぱり一樹君と日菜ちゃんだったんだ」
そこにいたのはオレンジ色のもみじ模様の浴衣に身を包む花音さんだった。
(花音さんの浴衣姿もいいな。やっぱり浴衣って、いつもとは違う印象を与えるんだね)
浴衣という衣装に込められた謎の魔力は、ある意味すさまじいのかもしれないなということを発見した僕だったが
「あの、日菜さんや」
「まーた、他の子を見てのろーんとしてるよ」
ジト目でやや低い声色の言葉とともに、僕の手の甲をさらに強くつねってくる日菜。
さすがに怖い……そして痛い。
「そっか……日菜ちゃんだったんだ」
「あ……」
花音さんのどこか寂しげな声色に、僕はそれまで感じえいた痛みも消え、そしてなぜか周囲の件層まで遠のいていくのを感じた。
「そーだよ。あたしと一君付き合ってるんだよ」
「日菜?」
そんな彼女に対して、日菜はどこか見せつけるように手を握りしめてくる。
「ふふ……二人とも幸せにね」
一瞬表情がなくなったような気がしたが、それも気のせいだったのか、いつもの柔らかい笑みを浮かべながら言うと、花音さんは僕たちの横を通りぬけて行った。
(何だったんだろう……)
そんな彼女の様子に、僕はどこか寒気のようなものを感じていた。
(もしかして………いや、やめておこう)
これ以上考えると、危険なことに巻き込まれる。
僕は直感でそう感じたため、それ以上深入りするのをやめる。
「あ、美竹先輩に日菜さん!」
「ん?」
「あれ、美咲ちゃん?」
それから少しして花音さんが歩いて行った方向と反対のほうから駆け寄ってきたのは、同じく浴衣姿の奥沢さんだった。
「す、すみません……花音さんを……見ませんでした、か?」
「花音ちゃん?」
息を切らせながら聞いてくる奥沢さんの様子に、なんとなく展開が読めてしまった僕は、奥沢さんの口から出るであろう言葉を待つ。
「はい……迷子になってしまった、らしく……」
(あー、やっぱりね)
花音さんは極度の方向音痴だ。
つまりは、さっきは迷っているときに僕と運よく会うことができたということになる。
「花音さんだったら、あっちに向かって歩いて行ったけど」
「えぇ!? あ、ありがとうございます! それでは、すみませんっ」
「あ、僕たちも手伝う……って、もう行っちゃった」
僕の情報に、奥沢さんは頭を何度も下げて、そのまま花音さんが歩いて行っのと同じ方角に走り去って行った。
僕の申し出の言葉も、きっと彼女には聞こえないだろう。
「………とりあえず、移動するか」
「うん、そうだね」
これ以上ここにいても、いい事もないので、僕達は逃げるようにその場を後にするのであった。
「ここならそんなに人通りも少なそうだね」
「うん。少しだけ落ち着けそう」
僕たちが来たのは、祭り会場から少し離れた場所で、周囲には花火目当てと思われる人の姿もあったが、そんなに多くもなく落ち着いて花火を見ることができそうな感じだった。
「花火が打ちあがるまで待とうか」
「うん。その前に……」
「んっ!?」
日菜が言葉を切ったことに不信を抱いた僕が何かを口にするよりも早く、日菜は僕の口にキスをしてきた。
時間にしてほんの一瞬のことだった。
「ちょ!? ここ、人目があるのにっ」
それでも、僕は日菜に抗議の声を上げる。
危ない真似は控えるというのは、僕と日菜とで決めたことだったからだ。
「それは大丈夫。ちゃんと見たから。それに、花音ちゃんを見て花の下伸ばしてたんだもん」
「だからって……」
顔を赤くして視線をそらした日菜に、言葉の勢いが弱まりながらも注意をしようとしたところで、光と音が僕たちに聞こえてきた。
「おぉ……」
「きれい……」
それが聞こえたほうに視線を向けると、そこには大きな花火が打ちあがっていた。
緑色や赤色黄色などの色とりどりな花火は、幻想的なそれを醸し出していた。
「え?」
そんな中、僕が彼女の腕に自分の腕を絡めると、困惑した様子で声を上げた。
「今なら、誰にも見られてないよ」
「………ぅん」
そんな僕の言葉に、安心でもしたのか日菜は、僕に身を任せるようにこちらに寄りかかってきた。
出店を回れなかったのは残念だが、それでも幻想的な花火を前に、日菜と僕の腕を絡め合えさせていたおかげで、ある意味いい思い出を作ることができたような気がした。
その後、花火も終わり出店の人通りが少なくなりかけたところで、僕は日菜とともに出店を堪能するのであった。
……射的は何も取れなかっけど。
この時の僕は、楽しくて気づいていなかった。
この時の僕の行動が、とんでもない事態を引き起こすことになる原因となることを。
次回で、本章は完結となります。