「ぅ………」
それは、夏休みも残り数日というある日の朝だった。
先ほどからなり続ける携帯の音で目が覚めた僕は、ちょうど音が鳴りやんだ携帯を手にすると、画面に目をやる。
(白鷺さんからメッセージだ)
見ると、先ほどの度重なる着信音は、白鷺さんが送ってきたメールによるものだったようだ。
「ん?」
とりあえず、メッセージを見て見たところ、『確認して』というメッセージと共に、写真データが添付されていた。
開いてみると、それはあるSNSの画面を撮影したものと思われる画像だった。
そのSNSは短い文章を投稿することができる気軽さで有名なSNSで、画像などが投稿できる機能も付いているので、知らない人はいないのではないかと思うほどに人気のあるサイトだ。
そんなSNSを撮影した画像には、ある文章が写真とともに投稿されていた。
文面は『ムングロの一樹とパスパレの日菜ちゃんが一緒にいるところを見たよ』だった。
「………」
投稿された写真を見た僕は、声が出なかった。
背筋に寒気が走る。
その写真は、僕と日菜が腕を絡めて花火を見ているであろう姿が写し出されていた。
画像にはまだ続きがあり、同一人物の投稿で『アイドルって事務所的に恋愛OKだっけ?』という一文がされていた。
それを確認し終えたところで、まるでそれを待っていたかと言わんばかりに電話がかかってくる。
相手は白鷺さんだ。
「………もしもし」
『言いたいことは分かるわよね?』
それは有無も言わせぬ言葉だった。
「わかってる」
『11時に、つぐみちゃんの喫茶店まで来てもらえるかしら』
「……行きます」
声からはやや怒りのようなものが強く感じられた。
現に僕の返事を聞いて、何も言わずに電話は切られたのだから、なおのこと怒りの感情が強いことを僕に告げていた。
時刻は9時。
いつもより起きる時間は遅いが、夏休みということで大目に見てもらいたい。
「………行くか」
まさに、地獄へと向かう心境というのはこのことを言うのかと内心で思いながらも、僕は朝食を摂るべくリビングに向かうのであった。
指定された時間、僕は羽沢珈琲店を訪れていた。
(今日はつぐは休みか)
そのことが幸か不幸なのかはわからないが、とりあえず奥側の席で一人紅茶と思われる飲み物を飲んでいる白鷺さんのもとに向かう。
「待たせてごめん」
「いいえ。そんなに待ってないわ」
とりあえず僕は彼女の向かい側に座る。
「ご注文はどうします?」
「すみません、彼女と同じもので」
つぐの母親に簡潔に注文をすると、ほどなくして白鷺さんが頼んだのと同じであろう紅茶が出された。
(コーヒー店で紅茶というのもあれだな)
そんなどうでもいいことを思いながら、僕は紅茶を一口飲む。
「早速だけど、本題に入らせてもらうわ」
それを見計らって、白鷺さんが口を開く。
「私はこの前、美竹君に言ったことは覚えてるわよね?」
「……もちろん」
それは、日菜が初デートを控えて色々と燃えていた時期に、白鷺さんからかかってきたお小言の電話のことだ。
『気持ちは分かるけど、自重しなさい』
それが白鷺さんからの言葉だった。
「美竹君なら、あの言葉の真意をくみ取って、十分注意をしてくれると思っていたのだけど、私の考えすぎだったようね」
白鷺さんの容赦ない言葉が胸に突き刺さる。
それだけ白鷺さんは僕たちのことを心配していて、そして怒っているということでもあり、大変な事態になっているということを意味していた。
「ごめん」
「……いえ、私のほうも、少し言い過ぎたわ」
僕の謝罪で、白鷺さんは少しだけ落ち着いてくれたようで、静かに謝り返してくるが、その険しい表情は変わることはなかった。
「貴方たちのことだから、色々と羽目を外しまくっているようだけど、その場面を撮られなかったのは、不幸中の幸いね」
『羽目を外しまくっている』という部分をやたらと強調するように口にする白鷺さんだが、彼女の言う通り、キスなどをしている場面を撮られなかったのは、不幸中の幸いだった。
「でも、写真に撮られてネットにアップされた以上、世間は黙ってはいないはずよ。これから大事なライブをお互いに控えているこの状況で、それがどれほどの影響を及ぼすのかは……正直考えただけでも頭が痛くなるわ」
「………」
白鷺さんの言葉に、僕は何も言い返せなかった。
片手で頭を押さえて俯く彼女の姿に、僕は罪悪感を強く感じていたのだ。
そして、彼女の憂慮していることも。
このままいけば、一気にスキャンダルとしてマスコミや世間からは好奇のまなざしで見られる可能性は非常に高い。
しかも、この後に控えた僕とパスパレの合同ライブという大イベントも、この一件で影響を受ける可能性はかなり高かった。
僕たちのしでかしたことは、一時の過ちでは済まないほど、深刻な状況を作り出してしまったのだ。
「私が言いたいこと、わかるわね?」
真剣な面持ちでこちらを見る白鷺さんが言わんとすることは、僕にはひしひしと伝わってくる。
この事態を収束させるために、僕がとらなければならないこと。
(そんなの……)
一つしかなかった。
「わかってる。この一件の始末は、自分でつける。だから、少しだけ時間をもらいたい」
「………ええ。お願いね」
僕の頼みに、白鷺さんはしばらくの沈黙ののちに頷いてくれた。
そして、そのまま僕たちは解散となった。
「…………」
白鷺さんから少し時間をおいて、喫茶店を後にした僕は、空を見上げる。
先ほどまでの晴天がうそのように、今にも雨が降り出しそうなどんよりとした空模様が広がっていた。
「………もう、潮時かな」
僕のつぶやいた言葉は、周囲の喧騒でかき消されるだろう。
僕はおもむろに携帯を取り出すと、ある人物に電話をかけるのであった
第6章、完
唐突のシリアスな流れでの完結となります。
つまりは次章は……ということで、次章予告のほうを。
―――
夏休みを終え、いつもの日常が戻る中、日菜は悩みを抱えていた。
その悩みは一樹に関することで……
次回、第7章『夢の終わり』