現在は正しい表記に修正しております。
数日経ったある日の放課後。
「ふふふんふふ~ん♪」
この日、日菜は上機嫌で廊下を歩いていた。
(今日は天文部の部活の日。一君と一緒だし、もうるるるんっ♪ な気分だよ)
上機嫌の理由は、どちらかと言うと、後者のほうがウエイトを占めているのだが、彼女は素で気づいていなかった。
一樹の様子に疑問は残っても、その疑問が何なのかがわからない以上、どうしようもないため、日菜は気にしないことにすることで終わらせていた。
「ねえねえ、聞いた? あの話」
「あ? 何の話だよ」
そんな時、日菜の耳にある教室から女子と男子の二人の声が漏れ聞こえてくる。
いつもの日菜であれば、気にも留めることもないそれだったのだが、この日は違った。
「二年に、美竹一樹っていうやつがいるじゃん」
(え?)
女子の口から、一樹の名前が出たからだ。
日菜は、思わず足を止めて、教室から聞こえてくるその声に耳を傾けた。
「あー、いるな。それがどうしたんだよ?」
「実はね、あいつ偽名を使ってるんじゃないかって噂があるのよ」
(偽……名?)
女子のその言葉に、日菜はまるで頭をハンマーでたたかれたような衝撃を感じる。
「偽名って……それじゃ、本名は何なんだよ?」
「さあ、そこまでは。でも、もしかしたらやばい奴かもしれないよ」
「まじかよ、やべえじゃん」
未だに聞こえる教室からの話し声から逃げるように、日菜はおぼつかない足取りでその場を後にする。
「ごめん、遅れたっ」
「………」
日菜が部室について少ししてから、一樹は慌てて部室にやってきた。
「日菜?」
「あ……な、何?」
「大丈夫? 体調でも悪いんなら、今日の部活動は中止にする?」
返事のない日菜を不思議に持った一樹の声にようやく反応を示した日菜に、心配そうな表情を浮かべながら身を案ずる一樹の言葉に、笑みを浮かべながら首を横に振る。
「それならいいんだけど………とりあえず始めようか」
(そうだよね、ただの噂……一君が悪い人なわけ)
日菜は自分に言い聞かせるように心の中でつぶやく。
そして始まった部活動だったが、あまりはかどることはなかった。
日菜の中で、一樹に対して疑心暗鬼を生じさせ始めていた。
それから数日が経過したが、日菜の中にある一樹への疑惑はますます強まって行くばかりだった。
疑惑が強くなっていっては、そんな自分の気持ちに蓋をして考えないようにするというのが彼女の心の中で永遠と続いていた。
「日菜」
「何? おねーちゃん」
氷川家のリビングで、日菜は紗夜に話しかけられる。
「大丈夫なの? 最近顔色が優れてないみたいだけど」
「ぇ……」
日菜の様子の異変に気付いていた紗夜は、思い切って話を聞き出そうとしていた。
対する日菜は、紗夜の口から出てきた言葉に、返す言葉が出てこなかった。
「だ、だいじょーぶだよ。おねーちゃん」
「そう? ならいいのだけど」
「そーそー。おねーちゃんの心配のしすぎだよ♪」
紗夜がすんなりと引き下がったことに安心しながらも、日菜は明るく振舞った。
(おねーちゃんに余計な心配かけちゃう)
すべてはその気持ちが強かったからだ。
だが、そのような不安定な精神状態は、彼女にある影響をもたらせていた。
「ストップ」
「日菜ちゃん? 大丈夫」
それはバンドの練習だった。
一樹の一言で、演奏が止められる。
「ご、ごめん。ちょっと間違えちゃった」
ライブまで残すところ3週間となったその日、日菜は珍しくミスを連発させていた。
「日菜さんがこんなにミスをするなんて、ジブンには信じられないっす」
「日菜ちゃん、何か悩んでることでもあるの?」
常に滞りなく弾いてしまう日菜がミスをしていることに驚きを隠せない麻弥たちだが、千聖の問いかけに日菜の脳裏に一樹の顔が浮かぶ。
「な、何でもないよ。もー、千聖ちゃんってば心配し過ぎだよ~」
そして、そこからまた負の連鎖に入り始めようとするのを必死にこらえて、日菜は返事をする。
そんな日菜に、千聖はそれ以上追及することができなかった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
夜、自室で自習をしていた僕は、少し前のことを考えていた。
(日菜、なんだか悩んでるみたいだった)
最近、練習の調子が悪いのは分かっていたが、今日のは特にひどかった。
僕は、その原因が精神的に追い詰められているからだというのに気づいていた。
だが、気づいていたとしても、僕にはどうすることもできない。
(本当に、僕って最低だ)
大切な人が苦しんでるのに何もできない自分が、とても恨めしかった。
「よしッ! こうなったら、デートにでも誘うか」
ちょうど今週の日曜は、日菜も僕もオフだというのは把握済みだ。
ならばと、僕は日菜の携帯に電話をかける。
『……もしもし』
数コールで電話に出た日菜は、やはり元気がない声だった。
「日菜、今週の日曜って何か用事ある?」
『ううん。ないけど、どうして?』
「気分転換に、遊園地にデートでもしない?」
僕にできるのは、せいぜいこのくらいだった。
『……うんっ。デートしよっ』
僕の提案に対する日菜の返事は、OKだった。
その後、僕は日菜と集合場所と時間を話し合い、電話を切った。
(良かった。ちょっとでも元気にすることができた)
ほんの少しでも、日菜の力になってくれたのは、僕にとってうれしいことでもあったのだ。
(よし、デートプランもう少しちゃんと練っておこうかな)
僕は、日菜に元気を出してもらうためのデート計画を、立てていくのであった。
そのデートで事件が起こるとも知らずに。
シリアスからの恋愛要素からのシリアスという混沌な展開です。