「うん。いい天気だ」
デート当日。
窓から差し込む暖かい日の光に、僕はすっきりとした気持ちになる。
(………)
この後のことを考えると、少しだけ気持ちが沈んでいきそうになる。
(いやいや。今日は精一杯楽しもう。だって、デート……何だから)
僕は自分に言い聞かせる湯に心の中でつぶやきながら、自室を後にする。
「一樹、朝ご飯は本当にいいの?」
「うん。一緒に食べてくるから大丈夫だよ」
義母さんには、朝食はいらないと伝えておいたのだが、心配性の義母さんが、出かけようとする僕を止めてもう一度聞いてきたので、安心させるように頷きながら答えた。
「日菜さんとデートなのよね?」
「うん」
「今度、家に連れてきなさい。義母さんが腕によりをかけてもてなすから」
頬を人差し指で書きながら頷く僕に腕まくりをする義母さんは、さながらどこかの戦士の姿をほうふつとさせる。
「うん、機会があったら誘ってみるよ。それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい~」
こうして義母さんに見送られて、僕は集合場所である駅前に向かうのであった。
(約束の15分前か)
駅前に到着した僕は、恋人である日菜が来るのを静かに待っていた。
(なんだか、昔を思い出すな)
今日行こうとしている場所は、去年日菜と一緒に言った遊園地だ。
あの時は、友人として言ったが、今回は恋人としていくというのは、なんとも感慨深いものを感じる。
(確か、去年はこのくらいの時間で来たんだっけ)
「っ!?」
そう思っていた矢先、僕の視界は一気に真っ暗に染まった。
人間というのはとっさには声が出ず、固まってしまうようだ。
「だーれだ♪」
「……ベタなんだろうけど、心臓に悪いよ。日菜」
僕の言葉に満足したのか、一気に視界に明かりが戻ったので、後ろを振り返ると
「にひひ~、これやってみたかったんだよね~♪」
そこには、満足げにくすくすと笑う日菜の姿があった。
その表情はとても無邪気で、見ているこちらもつられて笑ってしまいそうになるほどだった。
「ふぇ!?」
そんな彼女のことを、僕は携帯のカメラに収めていた。
「何でいきなり撮るのっ?」
「なんだか今の日菜の姿がかわいくて撮っておきたくなったんだ」
いきなり写真を撮られたことに、軽く頬を膨らませながら聞いてくる日菜に、僕は素直に答えると日菜は顔を赤らめる。
「まあ、いいけどね」
「それじゃ、そろそろ行こうか」
話しが一区切りついたところで、僕は日菜に手を差し伸べると、その手を日菜は握り返してくる。
こうして、僕たちの遊園地デートは幕を開けた。
「はあ~、やっぱりジェットコースターってるんっ♪ ってするね~」
「僕はあまり乗りたくないかなー」
遊園地に来てさっそく乗ったのは、日菜リクエストのジェットコースターだった。
苦手ではないが、さすがに初っ端はきつすぎる。
(あれ……でも、この流れって)
ふと、僕の脳裏に去年の絶叫系アトラクションツアーがよぎった。
「それじゃ、次はあそこに行ってみよー!」
「やっぱり、そうなるのね~~~!」
こうして僕は、去年同様に絶叫系のアトラクションを、いくつもはしごさせられることになった。
「はぁぁぁ~」
「だ、大丈夫? 一君」
しばらくして、僕は木陰のベンチで日菜に看病されていた。
さすがに絶叫系のアトラクションを二桁も乗るのはきつすぎた。
「なんで、数が増えてるんだ」
去年の倍にまで増えたアトラクション数に、僕は恨み言が止まらなかった。
そんなに人類はスリルを求めているのか?
(とはいえ、いつまでもダウンしているわけにはいかないね)
時間は有限なのだ。
楽しい時間は本当にあっという間に過ぎる物なのだから。
「よし。次はもう少し平和なアトラクションを回るか」
僕はそう思って起き上がると、日菜に声をかけた。
「……うんッ」
こうして僕は、日菜といろいろなアトラクションを楽しんだ。
「次はこれ」
「これって、記念写真撮影のやつだよ?」
「デートに来た記念にだよ」
僕が訪れたアトラクション(でもないけど)に、困惑しつつも、記念撮影用の装置がある場所に入り、日菜はカメラに写るように僕と並ぶように立った。
『撮影まで、3,2,1』
「んっ」
機械的なアナウンスでカウントダウンが始まる中、日菜は不意打ちでほっぺにキスをしてきた。
「へ!?」
そして、そのまま焚かれるフラッシュは、撮影されたことを意味していた。
「ちょっと、不意打ちにキスは―――」
『この写真でよろしければ、”はい”を。取り直す場合は”いいえ”を押してください』
「はい、っと」
僕の抗議の声を遮るように流れる無機質な声に、日菜はこれまた素早く”はい”を選択したため、ほっぺにキスをする日菜と、そのことに驚く僕というツーショット写真が残されることになった。
「日菜、さすがにやりすぎ」
「えー? これも立派な思い出じゃん♪」
「はぁ……」
日菜の笑みを見ていると、怒る気力がなくなるから不思議だ。
そんなわけで、楽しい時間はあっという間に過ぎて、時間的にも乗れるアトラクションは次が最後になりそうだった。
「最後に、あれに乗ろうか」
「観覧車かー。うん、いいね~。なんだかるんっ♪ ってしそう」
最後に選んだのは、定番中の定番である、観覧車だった。
「……」
「……」
観覧車に乗ってからと言うものの、隣に座る日菜は口を開くことはなかった。
流石に、不安になってくるが、それでも僕は彼女が口を開くのを静かに待った。
「ありがとね、一君」
「ん?」
ようやく開いたと思ったら、その言葉はお礼の言葉だった。
「一君、あたしに元気がないのを心配して、今日のデートに誘ったんだよね?」
「………別にそれだけじゃないよ」
確かに元気のない日菜が心配だったからというのもあるけど、本当の理由はそれだけじゃない。
「優しいね、一君」
「……好きな人なんだから、当然でしょ」
「あたし、今までちょっと色々と悩んでたんだけど、でももう悩むのはやめるね」
その言葉が、一体何のことなのかはわからなかったが、僕は日菜のその決意に満ちた表情と、その後ろに見える夕焼けの空模様に、また写真に収めるのであった。
「はぁ、楽しかった~。ね、一君」
「そうだね」
遊園地を青にした僕たちが、集合場所である駅前に戻った時には、すでにあたりは薄暗くなり始めていた。
(また、遊園地に行こうかな)
今度は絶叫系は抜きにしていくのもありかもしれない。
でも、そんな僕の気持ちが、かなうことはなかった。
「お、お前……もしかして」
「へ?」
そこに現れた、一人の金髪の男の登場によって
「やっぱりっ! 奥寺じゃねえかよ! 久しぶりだなおいっ」
「………え」
突然のことに、日菜の目は大きく見開かれる。
「お、可愛いじゃん。奥寺の彼女? ちょっとちょっと、紹介してくれ―――――って、わあったよ。そんな目で見なくてもお邪魔虫は退散するって。じゃあな」
その男は、そう言い捨てると、駅のほうに歩いて行った。
「……帰ろうか、日菜」
それを確認してから、僕は日菜に声をかける。
「………」
日菜から返事はなかった。
「ねえ、ほんとなの?」
代わりに返ってきたのは、まるで縋るかのような弱々しい声だった。
「一君が……奥寺って」
「………もしそうだったら? 名前が何だっていうんだ? 名前が何であろうと、僕は僕だ」
「ッ!」
ついにこの時が来たかと思いつつも答える僕のその言葉に、日菜は僕から遠ざかるように後ずさる。
その表情にあるのは絶望に満ちたような感情だった。
「あたしを……騙してたんだ」
「日菜?」
そんな彼女の表情から、徐々に別の感情が現れつつあった。
それはきっと、”怒り”だ。
「やっぱり、サイテ―だ………」
「ち、ちょっと……いきなりどうしたんだよ?」
彼女の様子の変化に戸惑う僕をしり目に、日菜から返ってきたのは
「話しかけないで」
冷たい言葉だった。
そして、日菜は冷たいまなざしを向けたまま、こう言い放った。
「あたし達、別れよ」
その言葉は、先ほどまで聞こえていた喧騒を一瞬で遠ざけるほど、僕の体に重くのしかかってきた。
僕に別れを告げて去って行く彼女の背中を、僕は言葉も出ずにただただ呆然と見送ることしかできなかった。
こうして、僕と日菜との夢の時間は終わった。
第7章、完
この展開を予想できた読者の方はいらっしゃったのでしょうか?
そんな疑問を抱くほどの急展開です。
そして、色々なところに伏線が散りばめられていたという……
それでは、次章予告を。
―――
一樹と日菜が別れ、決定的な歪みが生じる。
その歪みは徐々に大きくなり、やがて崩壊の道へと歩み始めようとしていた。
事態の解決のために、彼らが動き始めるのだが……
次回、第8章『From dreams to reality』