BanG Dream!~隣の天才~   作:TRcrant

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第8章『From dreams to reality』
第39話 交渉


翌日の教室。

 

「……」

「……」

 

一樹が教室を訪れた時には、既にそこには日菜の姿があった。

 

「おはよう、一樹君。今日はヒナと一緒じゃないんだ」

「ま、まあね」

 

そんな一樹に声をかけるリサに、一樹は言葉を詰まらせながらもそれに答えた。

すると、リサの声が聞こえたのか、日菜はすっと立ち上がると一樹たちのところに歩み寄る。

 

「ちょっと来て」

 

淡々とした口調でそれだけ告げると、日菜は一樹の返事を聞くもことなく、教室を出て行ってしまった。

 

「どうしたんだろ、ヒナ」

「……ちょっと行ってくる」

 

日菜のただならぬ雰囲気にリサが驚いている中、一樹は表情を変えることなく自分の席に荷物を置くと、そのまま教室を後にした。

 

 

BanG Dream!~隣の天才~   第8章『From dreams to reality』

 

 

「いきなり呼び出して、何の用? 日菜」

 

一樹が訪れたのは、屋上だった。

朝ということもあり、そこには二人以外の人影などは一切なかった。

 

「名前で呼ばないで。あたしは、美竹君(・・・)のことが嫌いなんだから」

「………」

 

嫌悪感が満ちた声で、日菜に冷たく突き放された一樹は一瞬表情を変えるが、一度目を閉じてまた元の表情に帰る。

 

「あたしが言いたかったのはそれだけ。じゃ」

「ちょっといいかな? 氷川さん(・・・・)

 

一樹に呼び止められた日菜は、鋭い視線を一樹にぶつける。

 

「ここにあるの、なんだかわかる?」

 

一樹がそう言って日菜に見えるように取り出したのは、少し前に彼女が見た一樹が反日菜グループの主要メンバーに対して制裁を加えた際に使用した封筒だった。

ただ、違うのはそこに記された名前が『氷川紗夜』であることだった。

 

「それ、おねーちゃんのッ!」

 

日菜には、それが何なのかがすぐにわかった。

 

「そう。氷川紗夜に関する情報だよ。ちょっとしたテストみたいな感じで、貴方のお姉さんの弱みも手にしてるんだよね」

 

口元を吊り上げながら言うと、一樹はその封筒を懐にしまう。

 

「これが世に出回れば、彼女は恥ずかしさのあまり、外に出ることすらできなくなるだろうね。下手をすれば、思い余って………なことに」

 

一樹はわざとらしい動きで、最後のほうは言葉を濁らせるが、それが意味することは誰にでもわかるものだった。

そんな一樹の言葉に、日菜は背筋に寒気が走った。

 

「ッ! 卑怯者!!」

 

そして一樹に向かって日菜が、怒りをあらわにする。

 

「別にどうでもいいんだけどさ。あなたにはお姉さんを守る方法があるじゃない」

 

そんな彼女を前にしても、一樹はどこ吹く風で、言葉を続ける。

 

「あたしに、どうしろっていうの?」

「察しが早くて助かるよ」

 

(あたしが、おねーちゃんを守るんだ!)

 

「”これまでと同様に接すること”……まあ、さすがに恋人とかはかわいそうだから許してあげるけど」

 

一樹の口から出た要求は、日菜と一樹がいつも通りに接することだった。

 

「期限はそうだな……学園を卒業までにでもしようか。君の選択肢は二つ。僕の要求を聞いてお姉さんを守るか。それとも自分の感情を優先して、お姉さんを傷つけるか」

「くっ……わかった。一君……これでいいでしょ」

 

苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながら口にした一樹へのいつものあだ名は嫌々感が隠せていなかった。

日菜は、今すぐにでも一樹を殴り飛ばしたい気持ちでいっぱいだったのを、必死にこらえていた。

紗夜の弱みを握っている限り、下手なことをすれば、姉である紗夜の身が危うくなるからだ。

 

「上出来」

 

そんな彼女の気持ちを知らないでか、それとも知ってか一樹は芝居委が勝った拍手を送る。

 

「ッ!」

 

それに、ついに彼女は我慢の限界を迎えた。

激しい音が鳴り響く。

それは、一樹が日菜に叩かれた音だった。

 

「サイッテ―!」

 

日菜は、叩かれた衝撃のまま固まっている一樹に言い放つと、そのまま屋上から去って行った。

 

「……最低……か」

 

それからしばらくして、叩かれた頬に手を当てながら一樹は、静かにつぶやく。

片手に握られていた、紗夜の弱みが入っているであろう封筒は、一樹の手が力強く握りしめているために変形していた。

それがいったい何を意味しているのかは、本人のみが知ることなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一樹と日菜が別れても、特に何かが変わるというわけでもなく、いつも通りの日常が繰り広げられていた。

だが、それはあくまでも表面上のことで、見えないところで歪みは生じ始めていた。

そんなある日のこと。

一樹たちが所属する事務所のレッスンスタジオで、一樹たちは合同ライブの練習を進めていた。

この日の練習は、特別編成のバンドによる演奏の通しの練習だった。

前半はMoonlight palletsとの練習が。

そして、後半でPastel*gloryの練習という順番になっていた。

Moonlight palletsはすでにいい感じに出来上がっており、後は細かい部分を調整するのみの段階にまで仕上がっていた。

 

「それじゃ、カウント行きますね」

 

麻弥のカウントと共に、演奏が始まる。

最初はギターから始まり、そこにベースとドラムにキーボードが続いていく。

出だしは好調で、あと少しで歌が始まる。

 

「だれ―――「ストップ」―――え?」

 

そう思い、彩が歌いだそうとした瞬間、一樹からストップがかかった。

 

「美竹君? どうかされましたか?」

 

いきなり演奏を止めさせた一樹に、麻弥は驚きをあらわにしながらも、一樹に尋ねる。

 

「丸山さん、歌いだしが遅い。あと0.1秒早くして」

「えぇ!?」

 

一樹の口から飛び出した、細かな指示に彩から驚きに満ちた声が上がる。

 

「それじゃ、最初から」

「え、最初!?」

 

そして、一樹の最初からという発言に、イヴから驚きに満ちた声が上がった。

 

「当たり前だ。大和さん、カウント」

「は、はいっ」

 

一樹にせかされるようにして、麻弥はカウントを行い、再び練習が始まる。

 

「丸山さん! また遅い!」

「ご、ごめんなさいっ」

 

歌いだしで止められ、また最初からやり直すということがエンドレスで続いた。

この日は結局、歌いだしだけで練習は終わりを告げた。




一樹がどんどん黒くなって……

この章ですが、第8,9,10章というように、三部作にする予定でした。
ただ、そうすると、1章当たりの話数がかなり少なくなってしまうため、一つの章でまとめました。

ちなみに現在は、『崩壊編』となります。

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