千聖と聡志の会話からしばらくたったある日。
その日も、いつものように練習は行われていた。
「ストップ。丸山さん、今のところは伸ばさない」
「ご、ごめんな……さい」
一樹に指摘された彩の表情は苦痛に歪んでおり、限界に近い状態だった。
「それじゃ、最初から」
「あ、あの――「カウントっ!」――は、はいっ!!」
このころ、一樹は声を荒げることが多くなっていた。
その様子は、完全に焦っており、気持ちが空回りしているのが誰の目から見ても明らかな状態だった。
それでも、まだギリギリのところで彼女たちは踏ん張れていた。
そう、この日までは。
「ストップ! 日菜さん、またテンポがずれた。もっとドラムの音を聞おて」
「………」
「それに、丸山さんも音程が違う。あそこは高音ではなく低音だ」
一樹から出されるダメ出しは、厳しさを増していき、彼女たちにとってはもはや言いがかりにも近い状態となっていた。
「はぁ……」
それからも、演奏をしては止めを繰り返し続けた一樹は、深いため息を漏らす。
「丸山さん、なんで同じところでミスを繰り返すんだ? もしかしてわざとやってるのか?」
「そ、そんなことは……」
「ならば、無能ってことか?」
一樹の言葉に、服の裾をつかむ手の力が強さを増していく。
「このライブは、Moonlight Gloryの今後のステップアップが買っている重要なものだ。それを無能な奴に邪魔されたくない」
「ッ!?」
一樹の口から放たれた、その冷たい言葉は、彩の心を深く傷つける刃となった。
それまで、ギリギリのところで耐えていた彼女だったが、ついに限界を迎えてしまったのだ。
「ひっく……ごめん……グスッ……なさ――――」
「彩さんっ!」
泣き崩れた彩のもとに、麻弥は慌てて駆けよっていく。
「カズキさん! 今の言葉はひどいです! アヤさんに謝ってくださいっ」
「は? こっちが謝ってほしいくらいなんだけど。お前たちのせいで、ライブが失敗する危機になってるんだ。仲良しこよしとか、甘ったれた気持ちでバンドなんかやるな!!」
「ちょっと! いくら何でも言いす―――」
一樹の暴言の数々に、ついに千聖の怒りが爆発した瞬間、彼女の横を素早く駆けて行ったのは、聡志だった。
そして……聡志は勢いに任せて全力で一樹の顔面を殴り飛ばした。
「ぐっ!!?」
殴り飛ばされた一樹の体はまるで人形のように吹き飛ばされ、ドラムに衝突して下敷きになるように倒れた。
「一樹君っ」
そんな一樹のもとに、駆け寄ったのは裕美一人だった。
ドラムを押しのけるように、立ち上がった一樹は吹き飛んだ衝撃なのか、口の端から血が流れていた。
「いい加減にしろっ! てめえ、自分がなにをやってんのかわかってんのか!!」
そんな一樹の様子を気にすることもなく、聡志は声を荒げた。
「お前がやったのは、メンバーを殺す『無限地獄』だ! おまえ、二度とやらないといったあの言葉は嘘だったのかっ」
「ッ!」
聡志の罵声に、一樹は目を見開かせて”ハッ”と息をのんで後ずさる。
その表情は驚きに染まっていた。
「人を殺すような奴は、ミュージシャンでもなんでもない! ただの人殺しだっ!!」
「ッ!!」
聡志のその言葉は、一樹にとって最も強烈な一撃だった。
一樹は、床に置いていたギターに目もくれず、逃げるようにその場を立ち去ってしまった。
「一樹君ッ」
「一樹!」
そんな一樹を呼び止めようとするも間に合わなかった。
レッスンスタジオ内に、重苦しい雰囲気が残された。
「丸山。つらい思いをさせてすまなかった。許してくれ」
「ひっく……え?」
突然頭を下げて謝りだす聡志に、泣きじゃくっていた彩は聡志のほうを見た。
「サトシさんが謝る必要なんてないです!」
「そうよ。謝らないといけないのは、彼のほうよ」
「いや、これは俺の判断ミスだ。リーダーとして、幼馴染として謝らせてほしい」
そう言って深々と頭を下げる聡志に、彼女たちは顔を見合わせるしかなかった。
結局、この日はこれ以上の練習は不可能ということになりそのまま解散ということで、各々は帰っていくのであった。
それから二日後。
レッスンスタジオで行われていた練習は、ここ二日ほど開店休業状態となっていた。
「今日も、か」
「ええ……来る気配はないわね」
啓介の言葉に答えるように明美はつぶやく。
スタジオには一樹以外の全員が集合していた。
そう一樹を除いて、だ。
彩は、精神的な疲れのため、休養を取っていたが、二日経った今日で復帰ということになった。
「彩さん、大丈夫ですか?」
「うん……ちょっと自信がないけど、大丈夫っ」
彩の精神面を心配する麻弥に、彩は安心させるように笑顔を浮かべて答えた。
実際、まだ完全に大丈夫と言うわけではなく、歌おうとすると緊張で手が震える様子ではあったが、それも少しずつ快方に向かっていた。
だが、一樹は一向に練習に来る気配がない。
「聡志、学校で話しとかしてないのか?」
「ああ。話しかけても無反応で、どっかに言っちまいやがる」
啓介の問いかけに、聡志は頭を掻きむしりながら応える。
実際、聡志は二日ほど一樹に話を聞き出そうとしていたのだが、そのたびにどこかに逃げられるというのがオチになっていた。
「おい氷川。何か一樹から聞いてないのかよ?」
「……知らない」
一人、真実を知っているかもしれないと、日菜に聞いてみるも、返ってきたのはそっけない言葉だった。
「知らないって……お前ら付き合ってんだから、なにがしらかは知って――「帰る」――って、おい!」
「日菜ちゃん!?」
「待ってください……って、帰ってしまいましたね」
聡志の言葉を遮るように、日菜は帰り支度をすると制止の声を振り切って、スタジオを去って行ってしまった。
「一体、なんだってんだよ」
聡志の言葉は、その場にいる人たちの心の声を代弁していた。
同時刻、CiRCLE前。
CiRCLEから出て、一人で歩いているのは、一樹だった。
その背中にはギターケースが背負われており、先ほどまで練習をしていたことがうかがえた。
(今日も、弾けなかったか)
一樹は自分の手を見る。
この二日ほど、一樹はギターが弾けなくなっていたのだ。
いざ演奏をしようとすると、心が乱れて手が動かなくなってしまうようになってしまったのだ。
(クソっ)
一樹の苛立ちは、自分に向けられていた。
(このままじゃ、何もかもがだめになっていく)
何とかしようにも、どうにもできないもどかしさが、さらに一樹の心を追い詰め、崩壊へと近づいていた。
「―――――!」
「え?」
そんな彼を呼び止める一人の人物が現れるまでは。
まず間違いなく、怒られてしまうこと間違いなしの内容となっております。
本当にすみませんでした。
とりあえず、崩壊編は今回で終了です、
次回からは新たに『解答編』が始まります。