BanG Dream!~隣の天才~   作:TRcrant

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本当は一つの話にする予定でしたが、長くなりそうなので、分割しました。



第28話 黒歴史と波乱の誘い

連休二日目。

この日の僕は、とても憂鬱な気分だった。

 

「あー……」

「一樹、気持ちはわかるがシャキッとしなさい」

 

うなだれて道を歩く僕に、隣を歩く義父さんから一喝されるが、立ち直れそうになかった。

 

「絶対に、変な人って思われたよね」

「……」

 

僕のボヤキに、義父さんは無言で返すが、それが一番の答えでもあった。

僕が、ここまで憂鬱になる原因は、少し前まで開かれていた華道の集まりだった。

 

 

 

 

 

集まりはとある座敷のような場所で行われ、雰囲気は物々しく感じられた。

僕と義父さんは上座に座り、長方形の形で門弟の人と思われる数十人の着物を着た人たちが座っていた。

 

「本日の集まりは、お恥ずかしながら、私の後継者の一人をご紹介するためにお呼びいたしました。では、挨拶を」

 

義父さんの言葉に、門弟の人たちの視線が一気に僕に注がれる。

 

「はい」

 

義父さんに促され、僕は姿勢をただす。

 

(大丈夫。練習通りにやれば大丈夫)

 

ここの家は歴史があるらしいので、少しだけ古風な感じがいいかと思い、時代劇ドラマでの口上を参考にしたのだ。

 

「私、名を美竹 一樹と申します。若輩者ではありますが、皆様方の恥にならぬよう最大の努力をいたしますゆえ、なにとぞよろしくお頼み申します」

 

(決まったっ)

 

畳に手をついてお辞儀をしながら、僕は心の中でガッツポーズをとる。

練習の時以上に決まっていたのだから、当然だ。

だが、それに返ってきたのはざわめきと微笑と拍手だった。

 

 

 

 

 

「あそこまで畏まらなくとも、普通な感じで言えばよかったんだが、まああれはあれで家元としての資質を見せられたと思っておきなさい」

「……そうします」

 

義父さんは最後に、”それに実演では賞賛されていただろ”と付け加える。

確かに、実演で活けた時は門弟の人たちから感嘆の声が上がっていた。

それだけが、僕の唯一の救いだった。

 

「これから、もっと精進します」

「そうだ。その心意気だ」

 

義父さんから気合をもらいつつ、僕は夕暮れの道を歩くのであった。

ちなみに、この日の出来事は僕にとっての黒歴史となり、決してみんなに言うことがなかったということだけは補足しておこうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、課題も終わりっと」

 

連休三日目、僕は学園から出されたすべての課題を無事に終わらせることができた。

まだ休みは数日ほど残っているが、おそらく生け花の練習にすべて消えてしまうような予感がするので、やはり休める日はなさそうだった。

 

(……)

 

時刻は午後4時。

朝起きてから昼食の時以外はずっと部屋にこもって課題をやっていたため、一日があっという間に過ぎたような気がした。

夕食までまだ時間もあるし、かなり暇な時間でもあった。

 

「日菜さんからメッセージだ」

 

そんな僕の状態をわかっているのかと思うほどいいタイミングで日菜さんからメッセージが来た。

 

『課題終わったよー!』

「それはおめでとう。こっちもちょうど終わったとこ」

 

どうやら、日菜さんも僕と同様に課題を早々に終わらせたようだ。

 

『同じタイミングだねっ★』

「そうだね」

 

なんか日菜さんからグッジョブマークの絵文字が送られてきた。

とはいえ、こっちにはそんなものを使う気はないので、スルーして文字だけにしておいた。

 

『む、一君ちょっと固いよ。もっとリラックスしないと―』

 

(余計なお世話だ!)

 

どうもまだあの華道の集まり口上事件が尾を引いている。

 

『そうだ。一君も天文部に入らない?』

「嫌だ」

『即答しなくてもいいじゃん』

 

怒りマークのデコと一緒に送信されてきた。

 

「部活は考えてない。家業のほうもあるし」

 

そんなのは言い訳だ。

僕だったら、両立して部活動をすることだってできる。

自惚れているわけではなく、自信があって言っている。

でも、それをやる勇気が僕にはなかった。

 

『そっかー。それじゃ、天文部の話は聞いてくれる?』

 

素直に引いてくれた日菜さんに感謝しつつ、僕は「喜んで」と返した。

 

『天文部にはね、3年生の先輩がいてね、あたしより変わった人なんだー!』

「……一応自分が変わっているっていう認識はあったんだ」

 

ある意味驚きだった。

 

『……デコ攻撃するよ?』

「冗談だ」

 

本気でやりそうなので、僕はさっきの言葉を撤回する。

流石に数十分間の回復作業は骨が折れる。

 

『でね、この先輩ね星を見ながら”ああ、愛しい星よ。君は私のロミオだっ”っていうんだよー。面白いでしょ?』

「面白い人だけど、いろいろな意味で強烈だね、それ」

 

ふと、紫色の儚いを連呼する薫さんを思い浮かべてしまった。

先輩の悪口を言う気は全くないが、そんな人と毎日部活動したら胃に穴が開きそうな気がする。

 

「一樹―、ごはんよー」

「今行くー!」

 

そんな話を続けていたら、夕飯の時間になったようで、義母さんの呼ぶ声が聞こえる。

 

「ごめん、これから夕飯だから、これで抜ける」

 

とメッセージを送り、僕はスマホを机に置き、部屋を後にしようとすると、それを止めるように着信音が聞こえてきた。

そこには、『話し相手になってくれてありがとねッ』というお礼の言葉が綴られていた。

僕はそれに「どういたしまして」と返して今度こそ自室を後にするのであった。

 

 

 

 

 

「さて、お風呂にも入ったし、また早めに寝るか」

 

お風呂に入るとどうしてかは知らないが眠気が襲ってくる。

僕は、今日も早めに眠りに就こうと、部屋の明かりを消そうとするが、それを止めるように再び着信音が鳴りひびく。

それはRAINのではなく、電話の物だった。

僕は机に置いていたスマホを手に取ると、相手の名前を見る

 

「松原さんだ」

 

そこには『松原 花音』という名前が記されていた。

彼女が電話をかけてくるなんてことは今まで一度もなかったので、僕は慌てて電話に出る。

 

「はい、美竹です」

『もしもし、あの、松原です』

 

僕もそうだが松原さんも声色が緊張気味だった。

 

「どうしたの?」

『美竹君明日は暇かな?』

 

松原さんの問いかけに、僕は少し待つように言うと、予定を記しているカレンダーを確認する。

ちょうどその日は予定がない日だったのか、何も書かれていない。

 

「待たせてごめん。その日だったら大丈夫」

『あのね、明日私たちと一緒にお出かけしない?』

「……それって」

 

松原さんの誘いに、僕は反射的に三文字の言葉を思い浮かべてしまい、言葉が詰まる。

そして、そのことはすぐに松原さんも気づいたようで

 

『ち、違うよ! そういうのじゃないからねっ』

 

と慌てた様子で否定してきた。

 

「そう。それじゃ、いったいどうして」

 

ちょっぴり残念だと思う気持ちもあったが、それよりもどうして誘ってくれたのかの理由のほうが気になっていた僕は、松原さんに疑問をぶつける。

 

『実はね、少し離れた場所に新しい喫茶店がオープンしたみたいなの。それで千聖ちゃんも、その日なら大丈夫って言ってたから一緒にそこに行こうって話になったんだけど、私って方向音痴だからすぐに迷子になっちゃうし、千聖ちゃんは電車の乗り継ぎが苦手で……』

「なるほど、つまり僕がいれば本格的に迷子にならずに喫茶店に行けるって思ったんだね」

 

それならば僕が誘われるのも当然だ。

中井さんを誘えばいいのではとも思ったが、きっと松原さんなりの考えがあってのことだろう。

 

『ごめんね、変な役割を押し付けちゃって』

「いや、それは気にしないで。流石に知り合いが遭難しましたなんてことになったら笑えないから」

 

申し訳なさそうに謝る松原さんに、僕はそうフォローをしておく。

本当にありえそうで怖いけど。

 

「それで、このことはその”チサト”っていう人は承諾してるの?」

『うん。千聖ちゃんも大丈夫って言ってたよ』

 

中井さんと松原さんの二人の会話に時より登場する”チサト”なる人物と僕とは、全く面識がないはずだ。

そんな僕が、一緒に出掛けるのは相手的には嫌だろうと思ったが、どうやらその心配はなかったみたいだ。

 

「それじゃ、明日はどこに集まればいい?」

『えっと……駅前に10時集合だって』

 

とりあえず、必要な情報は手に入ったので、松原さんにお礼を言いつつまた明日と言って電話を切った。

 

(さて、義父さんに許可取らないと)

 

美竹家は門限があり、それを超えると怒られる。

逆に言えば門限さえ守ればどこに出掛けてもいいわけだが、一応念のために父さんに言っておいたほうが言いだろうと思い、僕は義父さんがいるであろうリビングに向かう。

 

「義父さん」

「一樹。どうした?」

 

本を読んでいた父さんは、本から顔をこちらに向けると用件を聞いてくる。

 

「実は、友達に明日遊びに行かないかって誘われていて……」

 

嘘は言ってない。

松原さんは友人だ。

まあ、性別までは言ってないけど。

義父さん顔色を窺うと、怒るでもなく普通に

 

「構わない。ただし門限は守ること。遅れそうなときは連絡すること」

「はい」

 

OKを出してくれた。

 

「さ、早く寝なさい」

「うん。おやすみなさい」

 

義父さんに促されるまま、僕は義父さんに挨拶をすると、自室に戻って部屋の明かりを消し眠りに就くのであった。

その誘いが、波乱を呼ぶものとは知らずに。




ということで、次回はあの人の登場です。

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