羽丘学園の2-Aの教室に、啓介と聡志の姿があった。
二人とも落ち着きなく、聡志は、腕を組んだ状態でそわそわしており、啓介に至っては教室内をうろうろと歩き続けていた。
「裕美から連絡は?」
「まだ来てない……っと、来たっ」
啓介の答えを待っていたかのようになり響く着信音に、啓介は慌てながらも携帯を操作する。
聡志は飛び跳ねたように立ち上がり、その反動で倒れる椅子に目もくれずに啓介のもとに駆け寄る。
「どうだ!?」
「ビンゴだっ! 間違いない」
啓介の言葉に、聡志はなるほどと頷く。
「一樹は今、松原さんと一緒に何かしてる!」
聡志たちが、それに気づいたのは少し前のこと。
一樹が練習に来なくなったことを受け、ミーティングルームで聡志たちが集まって話し合いを行い続けていた。
「裕美、氷川姉と話はできたのか?」
「うん。でも、心当たりがないって」
聡志の問いに裕美は浮かない表情を浮かべながら応える。
日菜は、練習には来るものの、一樹についてのことを話すこともなければ、ミーティングには一切参加することもなかった。
そんな中、彩が”そういえば”と前置きを置いて思い出した様子で口を開いた。
「この間、美竹君が放課後に謝りに来たんだけど……」
「謝りに!? それで、どんな感じだったの?!」
「え!? えっと……普通にこの間は言いすぎてごめんって頭を下げてきて……それで、もう少し頭を冷やしたいからしばらく練習には来れないって」
「確かに、そのほうがよさそうね」
謝りに来た時の様子を話す彩の言葉に、千聖は頷きながら口を開く。
「彩さん、他に何か聞いていないんですか?」
「聞こうとしたんだけど、その時に花音ちゃんが来て、一緒にどこかに行っちゃったから、聞けなかったんだ」
「は?」
彩の口から出た花音の名前に、その場の全員が開いた口がふさがらなかった。
彼らの表情にあるのは困惑や戸惑いといったものだった。
「いやいや、どうしてそこで松原さんが!?」
「わ、わからないよー。だって忙しそうだったんだもん」
(どういうことだ? これは)
申し訳なさげに視線を泳がせる彩の様子に、啓介の脳内は混乱の極みにあった。
結局、この日はそれ以上の進展もなく解散となった。
それから数日後、再び同じメンバーでミーティングルームに集まる。
議題はもちろん、一樹についてのことだ。
「俺の勘だが、どうもこの一件にあの二人のどちらかが事情を知ってると思う」
「私も同感ね。何かが起こってるのは間違いないわ。私たちの知らない何かが」
聡志の言葉に賛同するように続く千聖の言葉に、その場にいる全員が無言で頷く。
「あの、それで一樹さんは今何を?」
「裕美から聞いたんだが、松原に協力する形で、ハロー、ハッピーワールドのライブの手伝いをしてるらしい」
その答えに、ミーティングルーム内がざわつく。
「花音ちゃん、大丈夫かな?」
ぽつりとつぶやいたのは、彩だった。
「そうね。今の彼はちょっと様子がおかしいわ。花音を傷つけるんじゃ……」
「それは心配ない。裕美、見せてやれ」
「う、うん」
千聖の言葉を否定した聡志は、裕美に指示を出すと申し訳なさそうな表情で携帯の画面を全員に見えるように差し出す。
『えっ!?』
そこに写し出されていた映像に、全員が言葉を失った。
「そ、そんなまさかッ!」
「だ、だって美竹君は、日菜ちゃんと付き合ってるんだよ!?」
「でも………ハッ!? これはウワキです!」
全員が驚きの声を上げた理由。
それは、写真の内容だった。
一樹と一緒に歩く花音。
その腕は絡められており、花音の表情は満面の笑みであった。
一樹は写真からはその表情はうかがえなかったが、それは、傍から見れば恋人同士であるかのような写真だったのだ。
「あの、かなり不謹慎だとは思うんですが、こうは考えられませんか?」
「………どういう風にだ?」
控えめに口を開く麻弥に先を促す聡志だが、彼には彼女の言おうとしていることが何なのかはわかっていた。
「日菜さんと一樹さんは別れていて、今は松原さんとお付き合いされている」
それは、その場にいるもの全員がたどり着いていた答えだった。
「……た、確かに、それだったらこの写真みたいになる……よね」
「だけど、それが本当なのだとすれば、私は彼を軽蔑するわ」
「チサトさん……」
冷たく切り捨てる千聖の表情にあるのは、完全な”怒り”そのものだった。
それまで好きだった人物をまるで服を選ぶように乗り換える行為を……ましてや自分の友人がそうされていることが、彼女には受け入れられなかったのだ。
ミーティングルームにいる者たちが、麻弥の口にした言葉に納得をしている中、
「………俺は違うと思う」
「啓介」
啓介が異論を唱えだす。
「一樹は、確かに丸山さんに対してひどいことをした。だけど、一樹は大和さんが言ったようなことをする奴じゃない」
「佐久間君、言いたいことは分かるけど……」
「この写真を見ちゃうと……」
啓介の異論も、裕美の撮影した写真の前では無力だった。
「田中君、もう時期的にも猶予はないわ。残念だけど、今回のライブから美竹君をメンバーから除外するべきだというのが私の意見よ」
そして、まとめるように千聖の口から出た提案は、一樹を今回のライブのメンバーから外すというものだった。
最初のころは、一樹たちが練習に来ない理由で行われていた話し合いは、いつしか一樹をメンバーから除外するか否かの話に変わっていた。
「私は、美竹君を説得したほうがいいと思う。そうじゃないと、バラバラになっちゃうと思うから」
彩の言葉に、ミーティングルーム内に重苦しい雰囲気に包まれる。
「………この一件、少しだけ俺に預からせてくれないか?」
そんな中、一人名乗りを上げたのは、聡志だった。
「何か、アイデアでもあるのかしら?」
「それはないっ」
きっぱりと言い切る聡志に千聖たちはずっこけそうになる。
「だけど、できることはすべてやってみる」
だが、その啓介の言葉には異論を唱えることができないほどの力強さを秘めていた。
次回、例のあの人が、登場します。