とある日の放課後。
羽丘学園のある教室に、数人の生徒たちが集まっていた。
それは、部活動などで集まるというよりは、一種の密会を彷彿とさせるようなものだった。
「元木さん! やりましょうよっ」
「だからダメ何だってばっ! 下手なことをすれば、私は地獄行きなのよ!!」
一人の生徒の言葉に、叫ぶように止めるのは、反日菜グループの主要メンバーだった香苗だった。
「でも、この間元木さん言ったじゃないですか! あの根暗と日菜は仲たがいしてるって!」
「確かに、言ったけど……」
生徒の反論に、歯切れの悪い返事を返す香苗。
それは彼女の勘から出た言葉であったが、その勘はかなり冴えていた。
「だったら、もうやつを守る者はいない! 今こそ仲間の恨みを晴らすべきですよ!」
「…………」
香苗の中で、一樹の言葉におびえる気持ちと、仕返しをしたいという二つの気持ちが拮抗する。
「元木さんは悔しくないんですかっ! 天才たちに蹂躙され続けてっ! 今こそ私たちの手で天才を葬り去るべきですよ!」
「っ!」
その言葉に、香苗の中にあった怒りが再燃する。
蘇るのは、一樹によって仲間たちが地獄の底に落ちていく姿。
「そうよ……怯えることなんてない。あの二人が仲たがいしている今こそ、私の好機よ!!」
そして、香苗は歪んだ笑みを浮かべて声をあげた。
「今すぐ仲間に連絡を取りなさい。総動員で今度こそ氷川日菜の息の根を止めるっ」
香苗のその宣言に、教室内が色めき立つ。
それは、一樹が以前恐れていた事態でもあった。
ついに、反日菜グループが動き出し始めたのだ。
だが……
「――――――」
そんな時に、彼女たちにかけられた声に、教室内は水を打ったような静けさに包まれる。
「ぁ……ぁぁ!?」
そして、その声の主を見た瞬間、見る見るうちに顔が青ざめ、そして真っ白になっていく。
それには目もくれず、その人物は教室前から姿を消すのであった。
「だめだ……」
「何もわからねえ」
翌日の放課後、啓介と聡志は愚痴をこぼしながら廊下をとぼとぼと歩いていた。
「全く何もつかめねえなんて……」
あの後、二人にこの事態の打開を任せられることとなったのだが、調査は難航していた。
日菜に聞こうにも、一樹が横にいるために聞きだせず、当の一樹は啓介たちの問いに対して無言を貫いており、一向に突破口をつかめずにいた。
「幼馴染だから、今までは何も言わなくても分かり合えると思ってたんだが……こうもわからねえ状況だと、自信がなくなるな」
「ちょ!? 聡志が弱音言っちゃまずいって」
何も進捗のない状況に、弱音を漏らす聡志に、啓介が声をかけた時だった。
「ちょっと待って!」
「ん?」
一人の生徒が聡志たちを呼び止めた。
「お前っ!」
その人物の顔を見た聡志は、目を細めた。
その人物は、反日菜グループの主要メンバーの香苗だった。
「あなた、ねく……美竹の親友よね!?」
「……それがどうした?」
一瞬言いかけた”根暗”という単語に、聡志の視線に鋭さが増す中、先を促す。
「だったら、今すぐにあいつを止めて!」
「は?」
「あれは冗談よ! ただのジョーク! あいつらが日菜に仕返しをするっていうから乗ってあげただけ! 私は悪くない! 悪いのはあいつらだっ」
狂ったように叫び続ける香苗の言葉を聞いた、聡志は啓介と顔を見合わせる。
「お前、あの時もだけど、何もかも人のせいにしてるよな?」
聡志のその言葉は、冷たく彼女を突き放すものだった。
「あぁ!? 実際その通りだろ!! 私は悪くないのによってたかって悪者に仕立てたんだっ」
「………お前、本当にどうしようもねえ奴だな」
なおも喚き散らしている香苗に対して、聡志は怒りを通り越して呆れていた。
「どうでもいいけどさ、あいつに見られたんだったら、もうすでに動いてるんじゃね?」
「………へ」
啓介のその言葉に、それまで喚き散らしていた香苗の動きが止まる。
「ありえるな。しかも、放課後になって油断しきったところを狙ってたり――――」
『2-Aの元木さん、至急職員室に来てください。繰り返します――――』
聡志の言葉を待っていたと言わんばかりのタイミングで、香苗を呼び出す放送が流れ始める。
「っ!?!?!?!?」
それは、彼女にとって最強のトドメであった。
「……見えてきたな」
「ああ。明日から忙しくなるな」
まるで魂が抜けたようにおぼつかない足取りで立ち去っていく香苗の後姿を見ながら、聡志たちはようやく見つけた突破口に表情を緩めていた。
こうして、二人の調査は一気に加速することになる。
調査は翌日から始まった。
「今井、ちょっといいか?」
「ん? どうしたの怖い顔して?」
休み時間、聡志はリサに聞き込みをするべく声をかける。
「最近、一樹の身の回りで、何か変わったこととかなかったか? どんな些細なことでもいいんだ」
「んー……そう言われてもね」
リサは腕を組んで考えこむが、中々思い当たることがないのか、時間ばかりが過ぎていく。
「あ、そういえば……」
そんな時、リサはあることを思い出した。
「何かあるのか!?」
「うん。夏休みが終わってすぐのころなんだけど……」
それは、新学期が始まってすぐに起きた日菜の悩みごとの話だった。
「後輩に話しかけられてた?」
「うん。一樹君は”一年の演劇部だ”って言ってたけど、何でも演技指導をしてほしいとかだった気がするよ」
「なるほど………ありがとう、役に立った」
貴重な情報を得ることができた聡志は、お礼の言葉を言いながらリサから離れる。
(一樹に演技指導をしてほしいと頼み込んでいた1年の男子……匂うな)
根拠はないが、聡志の勘が今回の一件と無関係ではないと告げていた。
(次は丸山に松原に関してのことを聞いてみるか)
聡志は、段取りを決めつつも予冷が鳴ったため席につくのであった。
放課後、HRが終わって超特急で、彩の通う『花咲川女子学園』に向かった聡志は、校門前で目的の人物と鉢合わせになった。
「え? 花音ちゃんのことで思い当たること?」
そして、挨拶もそこそこに告げられた問いに、彩は首を傾げて返事を出した。
「ああ。どんな些細なことでもいいんだ。この一件、松原が何がしらかの事情を知ってるかもしれないんだ」
「そんなこと言われても……美竹君が謝ってきたときよりも前は全然いつも通りだったよ」
(空振りか……)
あたふたとしつつも、答える彩の言葉に、聡志は内心そう呟いて肩を落とす。
もしかしたら、有力な情報を引き出せるのではと思っていただけに、その落胆は大きかった。
(こうなったら白鷺にでも聞きこむか)
そう思って話を切り上げようとした時だった。
「あ、そういえば美竹君が、この間私がアルバイトをしているファーストフード店に来たんだった」
何かを思い出したのか、彩ははっとした表情で話を始めた。
「この間っていつのことだ?」
「えっと……夏休みが終わってすぐのころだったと思う。その前もちょくちょく歌詞作りできてくれてたんだよ」
(同じ時期だ)
「あ、そういえばその日は同じ学校の男子と女子も一緒だったよ」
彩の口から出た”男子と女子”の存在に、聡志はさらに食い下がる。
「どんな奴だ?」
「えっと……男子生徒には確か、左目の下にほくろがあったような気がする。美竹君は『1年の演劇部で演技指導をしてほしいって頼まれた』って言ってたよ」
「……演劇部」
彩の口から出てきた”演劇部”という単語に、聡志は妙な引っ掛かりを覚える。
「悪い、助かった」
「あ、うん」
お礼もそこそこに、聡志は彩に背を向けてやや早歩きで元来た道を戻り始める。
(同じ時期に、同じ部活動の連中の存在……ちょっくら、つついてみるか)
聡志の中では、リサと彩の話に出てきた『1年の演劇部』は完全にクロだと確信した瞬間であった。
ここから物語は一気に進んでいき間s。