翌日の放課後、聡志は演劇部の部室前まで来ていた。
この日の目的は、話しに上がっている男子生徒に話を聞くことだった。
「で、本当なのかよ。その演劇部の奴が絡んでいるのって」
「ああ、間違いねえ。根拠はないが、俺の勘が告げている」
部室前に向かう前に教室で啓介とそのようなやり取りをしていた。
「俺は、奴にあたる。啓介も行くだろ?」
「俺は一樹に話を聞いてみる。ちょうど少しだけということで食堂で待ってもらってるし」
「ほう……それじゃ、任せもいいんだろうな」
これまで話を聞くことができなかった一樹に話を聞けるとあって、聡志はやや口元を吊り上げながら啓介に確認をとる。
「おう、任せとけッ!」
それに対して、啓介の答えは実に堂々として自信に満ち溢れていたものだった。
そんなわけで、二人は別行動となったのだが、部室前にたどり着いた聡志が、最初にとった行動は
「あの、ジブンに何か用ですか?」
同じ演劇部の部員である麻弥を呼び出すことだった。
呼び出された麻弥は困惑した様子で用件を尋ねる。
「実は、探してる奴がいるんだ。1年で左目の下にほくろのある男子はいねえか?」
「ほくろですか? それでしたら……一人心当たりがあります。呼んでくるので、少しだけ待っていてください」
「助かる」
聡志が伝えた容姿で、思い当たる人物がいたようで、麻弥はその人物を呼びに部室内に戻っていく。
そして、その人物が現れるのを今か今かと待っていた聡志の前に、ついにその人物が姿を現す。
「あの……俺に何か用ですか?」
突然の呼び出しに怪訝そうな表情で現れたのは、黒髪で左目の下にほくろがある男子だった。
(今井たちの証言と一致するな)
「俺の友人の一樹について聞きたいことがある」
「ッ!? お、俺は何も知りません」
(ビンゴ……)
聡志の口にした”一樹”という名前に一瞬動揺の色を見せた男子生徒の様子に、聡志はこの人物で間違いないと確信した。
「見られてんだよ。お前と一樹が話しているところをな。さっさと吐いちまいな」
「お、俺は本当に知りませんっ」
(っち、中々に強情だな)
やや凄みを入れての問いかけにも、男子生徒は何も話そうとはしない。
(とはいえ、証拠があるわけでもないし……こうなったら、強引にでも聞きだすか)
そう結論付けた後は早かった。
「そう答えるんなら、それでいい。そっちがその気なら、こっちも相応の対応をしよう」
「え? あ、あの……なんで俺の腕をつかむのですか?」
にこやかな笑みとともに、男子生徒の腕をつかんだ聡志は
「なぁに、少しお前と話がしたくてな」
と、にこやかな笑みを浮かべながら応える。
「ひぃ!?」
そんな聡志の表情に、男子学生は背筋が凍り付いていた。
彼には、目の前に刃物を突き付けられているような錯覚すら覚えるほどの恐ろしさを感じ取っていたのだ。
「さて、ゆっくりと
「ひ……ひぃぃぃぃ」
聡志に腕を引っ張られて連れていかれる男子生徒に、もはや逃げ道などなかった。
その後、学園の近くにある森から、男子と思われる断末魔が響き渡った。
それから間もなくして、森の井戸から突き落とされた男の悲鳴が聞こえるという七不思議が出回ることになるのを、彼らはまだ知らなかった。
同時刻、啓介は一樹が待つ食堂に訪れていた。
「それで、話しって?」
「あー、それはだな………」
一樹は頭の中で必死に考える。
(聡志には、”任せとけ”だなんて言っちまったけど、そんな自信ないしな……)
さすがにこのままだと、せっかくの話を聞くチャンスを棒に振ってしまう。
啓介は必死に話題を考えるも、どれも実を結ばない。
「……水でも持ってくる」
「あ、ああ。悪いな」
そんな啓介に、一つため息をついた一樹は、携帯をテーブルに置くと水を取りに席を離れる。
(もしかして、この携帯の中に何かヒントとかあったり……)
そのような考えが頭をよぎった時、啓介は申し訳ないと思いつつも、何らかの情報を手に入れようと、一樹の様子を確認しながら携帯を手に取った。
(ラッキー! ロックがかかってない。これって、メール画面か?)
たまたまか、携帯にはロックがかかっていなかったようで、啓介は手始めに先ほどまで一樹が見ていたであろう受信メールから目を通していくことにした。
(ん? これって、夏休みが終わる前だな……差出人は白鷺さんか)
そして、啓介が見つけたのは千聖から一樹に送られたメールだった。
「なっ!?」
そのメールの内容を見た啓介は、思わず大声を上げそうになるのを必死にこらえた。
(これって、かなり有力な情報じゃないか!!)
幸運にも重要かもしれない情報を手に入れられた啓介は、心の中でガッツポーズをとりながらも、啓介が最初に見た画面に戻して携帯をスリープ状態にさせると、元の位置にそれを戻した。
「それで、早く用件を聞かせてくれる?」
「あー……忘れちまったからまた今度でいいや」
その後、二人分の水を持って戻ってきた一樹に、啓介はごまかすように笑いながら答えると、一樹は深いため息を一つ吐いて席に着き、水を口にする。
それから間もなくして、一樹は足早に食堂を去って行ったのであった。
「………」
そのころ、日菜は一人家に向かって歩いていた。
表情は曇っており、その足取りは重かった。
「あれ、日菜ちゃん?」
「……花音ちゃん」
そんな彼女に声をかけたのは、花音だった。
服装は花女の制服だった。
「何してるの?」
「ち、ちょっと道に迷っちゃって……」
「へー」
日菜の問いかけに顔を赤くして恥ずかし気に答える花音に、日菜は相槌を打つ。
この日も、花音の方向音痴は最大限の威力をはっきりしていた。
「ねえ、日菜ちゃん」
「なに? 花音ちゃん」
それまでとは違って、真剣な表情を浮かべる彼女に、日菜の表情も強張っていく。
「一樹君と、付き合ってもいいよね?」
「ぇ………」
花音のその言葉に、日菜は頭の中が真っ白になる。
「私ね、一樹君が他の人を好きになっても、それで幸せだったらそれでいいって思ってたんだ。だって、好きな人には笑顔でいてほしいから」
優しく微笑みながら口にするその言葉は、花音の本心だった。
「でもね、日菜ちゃんって今、一樹君とは付き合ってないよね?」
それは問いかけではなく確信を抱いた確認の言葉だった。
「私ねこの間、一樹君にもう一度告白したんだ」
「ッ!」
花音の言葉に息をのむ日菜をよそに、花音は日菜に背を向ける。
「でもね、また断られちゃった。一樹君、きっと色々なことを気にしすぎているからだと思うの。だからね……」
一度言葉を区切った花音は日菜のほうに再び振り返る。
「日菜ちゃんが一樹君に未練なんかないって分かれば、一樹君はそれから解放できると思うの」
「あ、あたしは……嫌いだって……」
花音の言葉は、とても力強く、その表情は真剣そのものだった。
そんな彼女の纏う雰囲気に、日菜は飲み込まれそうになっていたのだ。
「ううん、日菜ちゃんの本心じゃない。日菜ちゃんは一樹君に未練があるよ。だから、一樹君もそれを感じてる」
花音のその言葉に、日菜は思わず息をのんだ。
自分の心の中を見透かされているような感覚に、日菜は無意識に彼女から距離を取ろうと一歩後ずさる。
「ねえ、日菜ちゃんは一樹君のことが好きなの? それとも嫌いなの?」
「それ……は……」
日菜は花音の問いかけに答えることができなかった。
(あたしは、おねーちゃんをいじめたあいつのことなんて嫌いなのに……なのに、どうしてっ)
嫌いだというだけの簡単なことのはずなのに、その言葉を口に出すのを躊躇している自分に、日菜は混乱していたのだ。
(やっぱり私、悪い子にはなれないな)
動揺した様子の日菜を見ていた花音は、心の中でつぶやいた。
それはある種の踏ん切りだったのかもしれない。
「ごめんね、今の話は忘れてもらってもいい?」
「……」
花音は自分で話を打ち切ったのだ。
「呼び止めちゃってごめんね。それじゃあね、日菜ちゃん」
「う、うん」
日菜に別れを告げて去っていく花音の後姿を、日菜はただただ見送ることしかできなかった。
「ふぇぇぇ……ここはどこ~」
その後、そんな悲鳴を上げながらあたりを見回す一人の少女がいたらしいが、その真偽のほどは分からない。
「啓介」
「聡志」
教室に落ち合った二人は、会話もそこそこにそれぞれの収穫した情報を伝え合う。
「なるほど……読めてきたな」
啓介からの情報を聞き終えた聡志は、しみじみとした様子で口を開く。
聡志の脳内で、ある一つの仮説が成立したのだ。
「啓介、氷川姉妹と丸山達を呼び出してくれ」
「わかった。場所は……近くのファミレスにしとくわ」
聡志の指示に、啓介は素早く電話をかけ始める。
ついに二人が動き始めた。