場所は羽沢珈琲店。
そこに集められたのは、啓介と聡志に、紗夜と日菜、彩に千聖と麻弥の計7人だ。
当初はファミレスにするはずだったのだが、千聖のリクエストで急きょこの場所に変更となったのだ。
幸いなことに、客数もそれほど多くなかったので、込み入った話をするのは可能である状態だったため、二人はそのリクエストを受け入れた。
「で、一体何の用かしら?」
「本題に入る前に、氷川妹。お前に聞きたいことがある」
やや不機嫌な様子の千聖に答えるように話し始めた聡志は日菜に話を振る。
「……何?」
「お前、一樹とけんかしてるのか?」
「……別に」
聡志の問いに対して、日菜は視線をそらしたままぶっきらぼうに答える。
「もし喧嘩してるなら、その理由を話してほしい」
「………」
「日菜、私からもお願いするわ。あなたには、その義務があるはずよ。今更『何でもない』なんて言い訳が通用しないことくらい、日菜にもわかっているはず」
なおも答えようとしない日菜に、紗夜も加わって話すように説得する。
(………別にいっか。どーせ、何を言っても変わんないんだし)
「一君と遊園地に行った帰りに――――」
その説得に、日菜はどこかあきらめたような気持ちで割り切ると、別れた日のことを話し始めた。
「そうだったんだ……」
話を聞き終えた彼女たちの中で、唯一口を開いたのは彩だった。
「日菜ちゃんは、それでいいの? だって、一度好きになった人なのだよ?」
「そんなことっ………そんなこと言われなくてもわかるよ。でも……あいつはおねーちゃんをいじめたやつで……」
彩の言葉に、一瞬大きな声を上げる日菜だったが、すぐに声の大きさを落とすと、彩に反論する。
それが日菜の本心だった
「氷川妹、それはどういうことだ?」
「………あれは」
日菜としては、一樹の友人である彼らには話したくないことであったが、このまま言わないで帰れそうにもないと悟った日菜は、ぽつぽつとその出来事を話し始める。
時は約3年ほど前にさかのぼる。
それは一樹たちが中学3年生の夏のこと。
「あ、雨だ」
当時中学3年の日菜が、自宅で雨の降る雨音を聞いて、つぶやいた時だった。
(あれ? おねーちゃんかな)
玄関のほうから聞こえてくるドアの開閉音に、日菜は考えることもなく姉、紗夜が上げた音であると思った。
その日、日菜の両親は自宅にいたというのもあるが、直観という理由が大半を占めていた。
「お、おねーちゃん!? どうしたの?!」
一体何をしてたんだろうかと気になった日菜が、自室を出るとそこには目を赤くしている紗夜の姿があった。
「何でもないわよっ」
それだけ告げて逃げ込むように自室に戻ってしまった紗夜の様子に、日菜は何も言葉をかけることができなかった。
(外で何かあったの?)
それもまた、日菜の勘だった。
自室を出たところで立ち止まっていた日菜は、自室に戻ると窓の外を見る。
雨脚はさらに強まるばかりの天候で、やや薄暗くはあったが日菜は目を凝らして外を見る。
(おねーちゃん泣いてた。何かあったんだ)
それはその気持ちが強かったからだ。
そして、その答えはおのずと判明することになった。
紗夜が帰ってきて数分ほど経った頃、傘もささずには知っている一人の姿によって。
(あれって……隣の家の人だっけ?)
当時の日菜にとって、一樹とは面識もなかったので、当然名前など知る由もなかったのだが、隣の家に駆けこんでいく姿を見た日菜は
(あいつが……あいつがおねーちゃんを泣かせたんだっ)
という結論を導き出してしまった。
その後、両親の会話に出てくる『一樹』という名前と、隣の家の表札に記された『奥寺』から、彼女にとっての仇である人物が『奥寺一樹』として断定されることになるのはその雨の日からすぐのことだった。
『……』
話を聞き終えた聡志たちは、全員言葉も出なかった。
「氷川妹、一つ聞いてもいいか?」
その沈黙を破ったのは啓介だった。
聡志の言葉に、日菜はコクリと頷くことで答える。
「その一件があったのって、夏休み後の9月から10月あたりじゃなかったか?」
「……たぶんそうかも」
「なるほど……」
日菜の答えを得て、啓介は一人納得がいったように頷く。
「あのころで、雨が降った日はおそらく、俺にバンドの解散を告げた日だ」
それは啓介たち……特に啓介にとってはつらい記憶だ。
自分のお節介が、結果として彼を苦しめ、そしてバンド自体をも解散させざるを得ない状況を生み出したことでもあるのだから。
「氷川姉、俺の推測だけどお前はそんな一樹を見たんじゃねえのか?」
「……ええ。あの日、たまたま一樹さんが家から飛び出して行くのを見て、あとを追いかけました。それで、公園で雨の中で立っている一樹さんに声をかけようとしたんですけど、なんて声をかければいいのかが分からなくて、気づいたら私はその場から逃げていました。それがとても悔しかったんです」
聡志の仮説に、頷きながら紗夜は当時のことを話した。
初恋の人が困っているのに、何もできなかった無力感、そしてその場から逃げるように立ち去ってしまったことへの悔しさ、それが涙の正体だったのだ。
「つまりは、氷川妹の”一樹が氷川姉をいじめた”というのは、単なる勘違いだったということだ」
「そ……そんな」
日菜は信じられないとばかりに目を見開かせ口を両手で覆う。
その目元は潤んでいた。
「お前の知る一樹は、誰かをいじめることが大好きなクソ野郎に見えたか?」
「……」
ゆっくりと言い聞かせるようにかけられる聡志の言葉に、日菜は首を横に振る。
(あたしは知ってる……あの人は、おねーちゃんをいじめた人じゃないって)
『名前が何だっていうんだ? 名前が何であろうと、僕は僕だ』
彼女の脳裏によみがえるのは、一樹の言葉だった。
(そう、だよね。あたしは記憶の中の奥寺一樹じゃなくて”目の前にいる一君”のことを信じればよかったんだ)
「日菜ちゃん。これ使って」
「ぇ……?」
柔らかい笑みを浮かべながら、ハンカチを日菜に差し出す彩に日菜は最初は何のことかがわからなかったようだが、次第に自分の状況が分かってきたのか、”ありがとう”とお礼を言いながらハンカチを受け取ると、それで目元から零れ落ちる物をぬぐう。
「あはは……おかしーな、全然止まらないよ」
「………大丈夫よ。落ち着くまで待つわ」
笑いながらも、涙が止まらない否に、優しく話しかけた紗夜の言葉に、その場にいた聡志たちも頷いた。
そして、日菜が落ち着くのを静かに待つのであった。
「さて、話を進めようか」
一通り日菜が落ち着いたのを見計らった聡志は、そう切り出した。
「氷川妹、早速で悪いが一樹と仲たがいをした日のことについて、話してくれるか? なるだけ正確に」
「うん」
そして、日菜は遊園地でデートをした日のことを話し始めた。
遊園地で絶叫系のアトラクションツアーもどきを行ったことや、観覧車に乗ったことなど、楽しかったことと、最後に起こった出来事と。
「なるほどな……その男って、こいつじゃねえか? 髪の色は違うが」
そう言って聡志が日菜に見えるように差し出したスマホの画面には、1年の演劇部の男子生徒の姿が写し出されていた。
「うん! この人! 一君のことを奥寺って話しかけたのは!!」
その画像を見た日菜ははっとした表情で断言する。
「私も間違いないよ。あの日ファーストフード店に来た時に一緒にいた一人だよ」
「あの、この人っていったい……」
「ジブンの学園で演劇部に所属している1年の方です」
写真の人物の素性が分からない千聖に、麻弥が分かりやすく説明をする。
「なるほどね……で、それがどうしたというの? この生徒が中学時代に美竹君と同じ学校に通っていたということになるのだけど」
「それはありえない。中学時代に一緒に通っていたというのであれば、一樹の呼び方は”奥寺”ではなく”仲介屋”になるはずだ」
日菜の話を聞いた聡志の指摘に啓介は”そうだ!”と言わんばかりに目を見開かせる。
「あの、その仲介屋って何ですか?」
「何でも、一樹を介せば女子とお話ができるみたいな事からつけられたものらしい。本人はものすごく嫌がってたけどな」
「……確かに、私でも呼ばれていい気分はしないわね」
聡志の説明に、顔を歪めて嫌悪感を隠そうともしない千聖は、おそらくその場にいる全員の心の声を代弁しているのかもしれない。
「私も聞いたことがあります。かなりばかばかしい内容だったのでよく覚えています。まさか一樹さんのことだったなんて」
「つまり、この人は美竹君の中学時代のあだ名は知らず、奥寺という名字だけを知っているということですね?」
要点をまとめる麻弥に、聡志は頷くことで肯定した。
「ああ。厳密にいえば、今回のこの一件を計画した黒幕が……だけどな」
「どういうことですか?!」
「こいつに話を聞いたところ、黒幕がこの計画を練って、ストーリーを考えてきたようだ。こいつはそれをその通りにしただけらしい」
聡志の口から語られる言葉に、日菜たちは驚きを隠せなかった。
「そして、その黒幕も見当はついている。氷川妹と一樹がデートをすることを知り、なおかつ一樹の中学時代のあだ名を知らない。この条件に符合する人物がな」
「だ、誰!?」
いったん言葉を区切った聡志に、日菜たちは真剣な面持ちでその人物の名が告げられるのを待つ。
「その黒幕は―――――」
ということで、どうして日菜が奥寺一樹を恨んでいるのかの謎は解き明かされました。
かなりいいところではありますが、黒幕の正体は次回に明らかになります。
誰が黒幕か。
それを予想しながら楽しみにしていただけると幸いです。