「………どうやら、たどり着いたみたいだな」
僕は、ぽつりとつぶやく。
今いるのは、電車の中だ。
もちろん、逃避行しているわけではない。
僕が電車に乗っている理由……それは、花咲川の近くにある遊園地でライブをする『ハロー、ハッピーワールド』の手伝いをするためだ。
ちなみに、遊園地の名前は『花咲川スマイル遊園地』というらしい。
(まあ、知ってるんだけどね)
その遊園地は、小さいころよく両親に連れて行ってもらった記憶がある。
近くにあることから、手軽に行けたというのが最も大きな理由だったけど。
電車内は人の姿もまばらで、座る席に余裕があったので、ドアからやや近い座席に腰かけていた。
「どうしたの? 一樹君」
「いや、何でもない」
僕の隣に同じく座っている花音さんが、先ほどの僕のつぶやきに反応して聞いてきたので、僕はごまかすように相槌を打つ。
「ふふ、おかしな一樹君」
クスクスと控えめに笑いながら反応してくる花音さんにつられるように、僕も笑みを浮かべると車窓から外の景色を眺める。
外はきれいな夕焼け色に染まっていた。
(ほんと、あっという間だったな)
僕は、ふと昔のことを振り返るのであった。
僕がこのような状況になった理由。
それはほんの数日ほど前のことにさかのぼる。
(今日も、弾けなかったか)
CiRCLEでギターの練習をしようとしたものの、弾こうとするたびに手が震えてしまい、それができずにいた。
『人を殺すような奴は、ミュージシャンでもなんでもない! ただの人殺しだっ!!』
一昨日、田中君に言われた言葉が、未だに頭の中から離れない。
(田中君の言うとおりだ)
”無限地獄”
それは、僕が幼いころに編み出した悪魔の練習法。
当時の僕には”加減”といったすべての要素はなく、ただただ純粋に効率のいい練習方法だと思っていたがためにできたものだ。
昔、それをやってバンドを解散の危機にまで追い込んでいるので、もう使わないと誓っていたのだ。
(何やってんだろ……僕)
言い訳をするつもりはない。
でも、言わせてもらえるのであれば、あの時の僕は焦っていた。
日菜と別れ、一人になった僕にはもうバンドしか残っていない。
そして、大事な合同ライブを控えている。
それを考えてると、自然と熱が入ってしまった。
そして、それが暴走した結果、一番ミスが目立っていた丸山さんに攻撃が集中してしまったのだ。
……昔の啓介にした時のように。
僕は自分の手を見る。
その手はいまだに震えていた。
(クソっ)
そうだ。
僕は苛立ってたんだ。
いつまで経っても何も変わらないこの現状に……自分自身に。
(このままじゃ、何もかもがだめになっていく)
自分の立てた計画が、最悪の形に進みかけていた。
それでも、僕にはどうしようもなく、ただただ流れに身を任せるしかなかった。
そんな時だった。
「一樹君っ!」
「え?」
彼女が、僕を呼び止めたのは。
「花音さん?」
僕を呼び止めてきたのは、花音さんだった。
花音さんに呼び止められた時、僕はいつの間にか公園の前まで歩いてきていた。
「一樹君、顔色が悪いけど、どうしたの?」
「いや……」
花音さんの問いかけに、僕は言葉を詰まらせる。
言えるはずがない。
自分が立てた計画で、勝手に暴走した挙句に人を傷つけたことを。
特に前者のほうは話したらまずい。
ましてや、これは僕自身の問題だ。
誰かに頼るというのは虫が良すぎるような気がした。
「私でよければ、相談に乗るよ?」
「……」
それでも、本気で心配そうにこちらを見ながらやさしく声をかけて来る彼女を前に、僕の心はぶれ始めていた。
「実は―――」
そして、気が付けば僕は彼女にすべて打ち明けていた。
もちろん、僕の立てた計画に関することは伏せてだ。
「そっか」
僕の話を聞き終えた花音さんは、静かに口を開く。
「……ねえ、一樹君は彩ちゃんにどうしたいの?」
「それは……直接会って謝りたい。最低でもそれくらいのことをしなければ、人としてだめだから」
本当はもっと早くに謝るべきだった。
でも、僕はそれをしなかった。
彼女に顔を会わせ辛いというのはただの言い訳。
本当は勇気がなかっただけだ。
謝って、彼女のリアクションを受け入れるだけの勇気が。
「そうだよね。それじゃ、明日彩ちゃんにちゃんと謝ろう。私も応援するから大丈夫だよッ」
「………明日、ちゃんと謝るよ」
優しく言い聞かせるように促してきた花音さんに、僕は頷きながら答えた。
思えば、僕は花音さんから背中を後押ししてもらったのかもしれない。
そうして迎えた翌日の放課後。
放課後になってすぐに羽丘を飛び出して、花女に向かった。
急げば丸山さんが花女を後にするのに間に合うはずだ。
(いたっ)
そして、その読みは見事に当たった。
校門に向かって歩いてきている丸山さんとうまく鉢合わせになることができたのだ。
「丸山さん」
「っ! み、美竹君?!」
僕の姿を見た瞬間に、一瞬怯えたような反応をされてしまった。
僕のしたことを鑑みればそうなって当然だったので、僕はそのリアクションを甘んじて受け入れながら、彼女の前で深々と頭を下げ
「この間はごめんっ!!」
「えっ」
誠心誠意、謝った。
「この間は、僕はどうかしてた。僕の自分勝手な言動で、丸山さんを傷つけてしまった……本当にごめん。丸山さんの気が済むのなら、焼くなり煮るなり隙にしてもらってもかまわないっ」
「ち、ちょっと美竹君、落ち着いてっ。わ、私は美竹君が謝ってくれただけでいいから」
「いや、だが……」
丸山さんはやや引きながらも、僕のことを許してくれた。
でも、僕にはまだ納得がいかない。
僕のしたことは謝っただけで許されるようなことではないからだ。
「それよりも、練習に行こうよ。田中君も日菜ちゃんも待ってるよ」
「………」
話を打ち切るように強引に変えてきた丸山さんに、僕は返す言葉が出なかった。
(今行っても、何も変わらない)
それならば、僕がとるべき行動は一つしかなかった。
「いや今はやめておく」
練習に参加しないということだけしか。
「え……どうして?」
「もう少しだけ、頭を冷やしたいんだ。今参加したら、また同じことをしちゃいそうだから」
それは半分本当で半分嘘だ。
本当はみんなに顔を会わせ辛いというのもある。
皆……特に田中君たちは僕のこの間しでかしたことに対して怒っているはずだ。
今練習に行って、みんなの怒りを受けとめるだけの余裕は、僕にはなかった。
「でも、ライブが――――」
「一樹君っ」
食い下がってこようとする丸山さんの言葉を遮るようにして現れたのは、なぜか花音さんだった。
「か、花音ちゃん?!」
「遅れてごめんね。早く行こ?」
驚きで目を瞬かせている丸山さんの気持ちはよくわかる。
何せ、僕も同じ気持ちだ。
そんな僕の心境など知る由もない花音さんは、僕の腕をつかむとどこかに連れて行こうと引っ張ってきた。
その力強さは、彼女の細い腕からは想像がつかないほどの物だった。
「え? え!?」
「ち、ちょっと?!」
「それじゃあね、彩ちゃん」
困惑する僕たちをよそに、丸山さんに挨拶をした花音さんは、さらに僕を引っ張っていくのであった。
次回から、回想になります。
もしかしたら、次は来週になるかもしれないです。