「一君っ!!!」
「え?」
斧を振り下ろそうとした僕の耳に聞こえてきた声に、僕はその手を止めていた。
それは、僕が一番聞きたかった人物の声だったからだ。
「日菜?! って、うわ!?」
声のほうを僕が見たのと同時に、僕に向かって駆けよってくる日菜は、そのままの勢いで僕に抱き着いてきた。
「ひ、日菜! 斧! 斧持ってるからッ」
日菜がけがをしないように、気を付けているが、やはり斧を手にしているのはかなり危険だ。
「ひっく……ごめん、なざいっ……ごめんなざい!」
斧を持っていない右手で日菜の背中を優しくさすりながらも、左手に持っている斧に気を配る。
本来は斧を置くべきだろうが、この場には誘拐犯がいる可能性もある。
安全が保障されるまでは、斧という凶器は自分の手で確保しておくべきだ。
その時、どこからともなくこちらに向かってくる足音が聞こえた僕は一気に警戒を強める。
おそらくは、死角となっている場所にいたであろう犯人と思われる足音がしたほうに視線を向ける。
「……なるほど、そういうことか」
「悪かったな」
そこにいたのは田中君を筆頭に啓介に中井さん、そして白鷺さんの四名だった。
余韻の姿を見ただけで、僕はすべてを悟った。
「あの電話は、白鷺さんだったというわけか。そりゃ気づけないわけだ」
「ごめんなさいね、これも日菜ちゃんのためよ」
バツが悪そうに謝る白鷺さんが、あの電話とここで僕に指示を出した張本人だろう。
流石は女優と言うだけあって、全く気づかなかった。
「で、この計画を立てた首謀者は啓介あたりかな」
「おぉ、何もかもお見通しだ」
こんなバカげたことを考えるのは啓介ぐらいしかいない。
誇らしげな表情を浮かべている啓介に、僕は心の中でそう言い放った。
「あ、あのねこれには深いわけがあるの」
そんな僕の様子に耐えられなかったのか、中井さんが慌てた様子ですべての事情を説明してくれた。
「……つまり、この計画は僕の気持ちを確かめるためだったというわけか」
「そういうことだ。さすがに友人を助けるためだけに、自分の命を差し出すやつはいないからな」
要約するとこうだ。
まず、僕に日菜を誘拐したという連絡を入れる。
そして、指定された場所に向かわせ、そこに用意してある凶器を使わせて利き手を切り落とすように命じる。
運が良ければ助かるが、命を懸けてまで助けようとするのは、彼女のことが友人以上だと思っている証になる。
といった感じらしい。
とどのつまり、僕が日菜のことを好きでいるかを確かめようとしたがための計画になる。
「自分で言うのもあれだけど、もう少しやり方はあったんじゃない? これは色々とやりすぎだ」
「仕方ねえだろ、氷川妹は落ち込むし、ほかに案がなかったんだよ」
一歩間違えれば大惨事になっていただけに、僕の皮肉はかなり強かったらしく、田中君は頭を掻きながら言い返してきた。
それについては、こちらが完全に悪いので、何も言えそうにない。
「それで、これで証明はできた……ということでいいのかな?」
「……」
僕のその問いに、日菜はコクンと頷く。
「よかった」
それを見た僕は、心の底から感じたことを口にした。
僕がかねてから感じていた問題もなんとか解決することができた。
これでようやく一件落着したのだ。
と、そこで僕は携帯を取り出すと時間を確認した。
(まだ時間はあるな)
「日菜、夕方の5時に駅前で待っていてほしいんだけど大丈夫?」
予定していた時間まで、かなりの余裕があるのを確認した僕は、日菜に待ち合わせの約束をしようとした。
「え、どうして?」
「ちょっと、連れて行きたいところがあるんだ」
「……うん、わかった。あたし、待ってる」
日菜の答えを聞いた僕は、ひとまず目的は果たしたので、その場を後にしようと彼女たちに背を向ける。
「お、おい! どこに行くんだよ!?」
「ちょっとね」
そんな僕の行動に慌てた啓介の問いかけに、僕はそれだけ言って足を進めるのであった。
「日菜っ!」
「一君っ!」
時刻は午後5時10分前。
指定した場所につくと、そこには既に日菜の姿があった。
「どこに行ってたの?!」
「それは今は置いといて……それよりも早く行こう」
「え? 一君!?」
僕は日菜の手を取ると、駅に向かって駆けていく。
それは、いつもの僕たちのとは真逆の物だった。
そして、電車に揺られること数十分、歩いて数十分。
「花咲川スマイル遊園地?」
長い時間をかけて僕たちが訪れた場所は、花咲川スマイル遊園地だった。
遊園地内は、予想よりも盛況で彼女たちの作戦が、うまくいっていたことを如実に物語っていた。
「さ、行こう」
「ねえ、一君。ここに一体何があるの?」
「それは見てからのお楽しみ」
頭の中が疑問だらけであろう日菜の手を引っ張って、強引に遊園地内に足を踏み入れた僕たちが向かったのは、パレード会場でもある広場。
そこにはすでに彼女たちのパレード……ライブを見に来たであろう人たちでにぎわっていた。
「レディース、アンド……」
今か今かとざわついている中、ついに彼女たちが姿を現す。
「ジェントルマン!」
「ハロー、ハッピーワールド! のパレードライブへようこそ!」
僕が見せたかったのは、この遊園地を笑顔にしようと奮闘してきた、ハロハピのライブだ。
「それじゃ、1曲目。『キミがいなくちゃ』」
奥沢さん……ミッシェルの言葉と共に、ピアノの音が流れ出す。
彼女たちのライブが始まったのだ。
その曲に合わせて、周囲の照明が色鮮やかに彼女たちや周辺を照らし出す。
それはまさしく『パレード』だった。
「わぁっ!」
隣にいる日菜は、そんな幻想的なパレードに、目を輝かせて見入っていた。
それは、日菜だけではなく、ほかの観客たちも同じだった。
(……すごい、みんな輝いてる)
どこか、ハロハピの彼女たちが優しく光り輝いている……そんな錯覚を覚えるほどに、彼女たちの奏でる音は僕たちの心の中に入りこんでくる。
(いつか、こんなライブをしたいな)
彼女たちのライブを見ていた僕の中に、一つの目標ができた瞬間だった。
すべての問題が解決したこの日、僕と日菜はハロハピのパレードライブを心行くまで楽しむのであった。
これこそ本当の駆け抜けるような速さ……です。
日菜ルートも残すところあと、3~5話ほど。
次はいよいよ、合同ライブ編です。
新作で、読みたいバンドは、どれでしょうか?
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Poppin'Party
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Pastel*Palettes
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Roselia
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After glow
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ハロー、ハッピーワールド