あれから数日が経過し、手術も無事に成功した僕は予定通りに退院することができた。
その後は、ひたすら練習あるのみの日々だった。
「今の、すごくよかったんじゃないかなっ!」
ライブの前日、最後の練習ということで、シャッフルバンドで演奏する楽曲の練習をしていたが、丸山さんが言うとおり、完成度はかなり高くなっている。
「うんっ、サビのところで彩ちゃんがワチャってしてたけど、とても良かったよ!」
日菜の言葉に、丸山さんの表情が引きつる。
確かに、サビの部分で少し音程をずらしてはいたが、もはやご愛敬だろう。
「でも、一番よかったです!」
「そうっすね。いやー、一時はどうなるかと思いましたが、本当に良かったです」
「……申し訳ない」
大和さんの何気ない言葉が、僕の心に突き刺さる。
というより、完全に僕の自業自得だけど。
「あーあ、麻弥ちゃん一君をいじめたー」
「ふへ!? す、すみません! ジブンそんなつもりは全く」
「日菜、冗談はほどほどにして。というよりいじめられてないし」
ジト目で声を上げる日菜に、大和さんが慌てふためくのをしり目に、僕は彼女に注意する。
すると、日菜は頬を膨らませてくるが、とりあえずそれは置いておくことにした。
新しい歌詞になったこともあり、色々と心配していた丸山さんだったが、十分満足できる完成度になったので、一安心といったところだろう。
(これについては、盗んだ啓介に感謝かな)
最近、歌詞をしたためておいたプリントとを紛失し、どうしたものかと頭を悩ませていたが、まさかの啓介が盗んだという事実が判明した時は、怒るべきかそれとも呆れるべきかと反応に困ったことは記憶に新しい。
結局、啓介のおかげで練習のロスは大幅に解消でき、丸山さんも十分に新しい歌詞に対応できていたという実績があるだけに、さらに複雑なのだが。
僕のベースのほうも十分満足のいく出来であり、準備は整ったと言っても過言ではないだろう。
「それじゃ、明日のライブ頑張って行こう!」
『おー!』
「ブシドー!」
丸山さんの号令に、僕たちは一斉に応えた。
……ひとり違う言葉を口にしていたような気がしたけど。
こうして、ライブ当日を迎えるのであった。
そして迎えたライブ当日。
僕たちは今日一緒にライブを行うPastel*Palettesの楽屋を訪れていた。
『どうぞ』
「失礼します」
森本さんのノックに、中から声が返ってきたのを確認して、森本さんを先頭に楽屋内に足を踏み入れる。
楽屋内にはすでにステージ衣装を身に纏った丸山さんたちの姿があった。
「今日はよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしく頼むよ」
訪れた目的は、ライブを行う上での挨拶だったのだが
「千聖ちゃんその服可愛いね~」
「ふふ、ありがとう裕美」
中井さんが白鷺さんのもとに言って話し始めたのをきっかけに、メンバー全員が会話を始めた。
別に話をする気がなかったわけではないし、これはこれでいいわけだけど。
「ねーねー、一君。あたしの衣装どう?」
こちらにパタパタと駆け寄ってきた日菜が、くるりとその一回点した。
「うん、似合っててかわいいよ」
「えへへー、ありがと♪ 一君」
その姿を見て感じたままに感想を口にした僕にお礼を言う日菜の表情は頬を赤くしてとても喜んでいるようにも見えた。
「日菜さん幸せそうっすねー」
「そうだなー、本当に腹が立つくらいだなー」
そんな僕たちを微笑ましげに見ている人物と、冷ややかな目で見ている人物がいたが、今はそれは考えないようにした。
こうして、ライブの開演時間を迎えるのであった。
「次が、僕たちの番なんだけど……」
ライブ会場のステージ袖で、僕たちは自分たちの出番を待っていた。
この日のライブスケジュールとしては。前半が僕たちMoonlight Gloryが、そして15分の休憩と機材の準備の時間をはさんで目玉でもあるシャッフルバンドの演奏を行い、再び15分の休憩や機材の準備の時間をはさみ、Pastel*Palettesの演奏へと入る。
そして、もう間もなく僕たち『Pasetel glory』の演奏が始まるのだ。
「うぅ……緊張するよ~」
一人、丸山さが緊張でじたばたしていた。
「アヤさん、大丈夫です! ブシドーの精神で頑張りましょう!」
「そーそ、彩ちゃんだったら、とちってもなんとかなるよ」
「それ、全然激励になってないよっ!?」
日菜の言葉にツッコミを入れられるくらいには、余裕があるようだ。
「心配することはない」
「え?」
だから、僕は丸山さんに声をかける。
「観客が求めるのは完璧な演奏だけではなく、僕たちでしか奏でられない音。だから、自分の全力を出せばいい」
「美竹君……ありがとう、私頑張るね」
はっきり、僕のそれは精神論にも近いので、どうかと思ったがそれでも、緊張を和らげることができたのであればよかったのかもしれない。
そこでステージのほうから歓声と拍手の声が聞こえてきた。
どうやら、終わったようだ。
「それじゃ、行きますか」
そして、僕たちはステージに上がった。
丸山さんを先頭に僕たちはそれぞれの楽器のセッティングを素早く済ませると、ボーカルである丸山さんとアイコンタクトを各々が交わしていく。
「皆さん、こんにちはー! 私たちは……」
『Pasetel gloryです!』
丸山さんの言葉に続いて、うまく声をそろえてバンド名を言うことができた。
「まずはメンバー紹介をしますね! まずはギター、日菜ちゃん!」
「イェーイ!」
打ち合わせ通り、最初にメンバー紹介を始める。
ここまでは順調だ。
日菜と若宮さんと問題なく進んでいっている。
「次に、ベース。かじゅきしゃん!」
(ああ、そうだったね、彼女はそういう人だったね!)
僕の名前で盛大に噛んだ丸山さんに、思わず彼女のほうを見てしまった。
「あはは! 彩ちゃん『サ行』全滅してるー!」
「あう~」
日菜の言葉に、悔しそうにうなり声を上げる丸山さんには申し訳ないが、ここは僕も乗らせてもらおう。
「どうもー、改名した覚えはないんですけど、今日はもうこれで行きます。かじゅきです、よろしく!」
「うぅー、勘弁して~」
会場内が笑い声に包まれる。
いい感じに会場は盛り上がったようだ。
……丸山さんには悪いけど、このままいってもらおう
「……この曲はみんなで一生懸命練習しました! 聞いてください”楽園”」
大和さんのカウントでギターから演奏が始まる。
この曲は、ある種のラブソングであり、『障害を乗り越えて結ばれるカップル』をモチーフにしている。
それはある意味僕と日菜を現しているような気もした。
丸山さんの歌声と僕たちの演奏が会場内を包み込んでいく。
曲が進んでいくのと同時に、会場内の盛り上がりも増していく。
ふと、日菜のほうを見て見ると、彼女と目が合った。
何も言ったわけではないが、何となく彼女の言いたいことがわかったような気がした。
『とってもるんっ♪ てするよっ』
という言葉が。
僕たちの演奏が終わったのと同時に、会場中から先ほどと同じ……いや、それ以上にも感じられる歓声と拍手が送られる。
「皆、ありがとう!」
それに対して、丸山さんは目に涙を浮かべながらお礼の言葉を口にした。
その後、Pastel*Palettesの演奏になり、ライブは大盛況のうちに幕を閉じるのであった。
サ行全滅は違う意味ですごいと思う。
残すところあと2話となりました。
アンケート及びタイトル案は引き続き募集中です。
新作で、読みたいバンドは、どれでしょうか?
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Poppin'Party
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Pastel*Palettes
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Roselia
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After glow
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ハロー、ハッピーワールド