花女の校門付近で待っていると、こちらに向かって歩いてくる紗夜の姿を見つけた。
「紗夜!」
「……っ! 一樹君」
僕の声に反応した紗夜は、僕を見て表情を綻ばせた。
「待たせてしまったかしら?」
「いいや全然。ちょうど来たところだよ」
あの夏の一件から、放課後は校門前で待ち合わせをして一緒に帰るというのが、僕たちの日課となっていた。
誰が決めたというわけでもなく、自然とそうなっていた。
もしかしたら、お互いに一緒にいたいという気持ちがあったのではと思っていたりもする。
「ところで、そのギターはどうなったの?」
「うん、出来そうだっていうからお願いしてきた」
紗夜には数日前に直してくれるかもしれない業者が見つかったと話していたので、気にかけていても当然なのだ。
「その業者、本当に信用できるの?」
「わからないけど、中井さんからの紹介だし」
「ちょっと調べて見たんだけど、その業者のサイトが全然見つからないのよ。一樹君、本当に大丈夫なの?」
どうやら紗夜は謝男成にいろいろ調べていたようで、心配そうに僕に聞いてくるが、当の本人である僕は、それほど不安に感じてはいなかった。
「まあ、報酬は後払いだし、それに勘だけど、店主の人は人をだますような悪人には思えないんだよね」
それが一番の根拠だった。
もちろん、これは僕の勘なので、あまり確証はないけど。
「はぁ……まあ、一樹君がいいのであれば私は何も言わないけど」
「ありがと、紗夜」
僕と紗夜は、お互い顔を見合わせて微笑み合う。
そんな中、紗夜の視線が一瞬どこかにそれたような気がした。
その意図を汲んだ僕は周囲を確認すると、つないでいた右手を離して、彼女の腰に手を回す。
「っ……ん」
僕のその行動に紗夜が短く声を漏らすが、すぐに目をつむる。
僕はそんな彼女の口元にそっとキスをした。
それはほんの一瞬触れ合うだけのものだった。
「ふふ、本当にお見通しなのね」
「そりゃ、恋人だし」
お互い少しだけ離れて見合わせていると、紗夜は照れたように微笑んだ。
きっと自分も同じ表情何だろうなと思いながら。
(少し前まではこんなことをするなんて、想像もしてなかったもんな)
前の紗夜だったら、このような人の目がありそうな場所でキスなどをするのを嫌がっていたのだが、最近はそのような感じが薄れつつあるようにも思える。
羞恥心がないというのではなく、素直になったということだと思う。
(なんだか、悪いことをしているような気がするな)
それはともかくとして、そんな幸せなひと時に終わりを告げたのは、携帯の着信音だった。
「あ、ごめん」
着信音で、自分の携帯からだとわかった僕は、カバンから携帯を取り出すと相手の名前を確認して電話に出る。
「はい、美竹です」
『一樹さん、お疲れ様です。相原です』
電話の相手は相原さんだった。
「お疲れ様です。何かありましたか?」
「はい。そのことでご連絡いたしました。今から事務所に集まっていただけますか?」
「大丈夫です。すぐに向かいます」
相原さんの余裕がない口調から、何やら大変なことが起こっているのだと感じた僕は、二つ返事で応じると電話を切った。
「紗夜」
「大丈夫よ。気を付けて行って、一樹君」
「ごめん」
恋人になってまだ半年なのに、お互いの言わんとすることが通じたのか、事情を聴くことなく紗夜は僕を送り出してくれた。
僕は紗夜に軽く謝ると、事務所に向かって駆けていくのであった。
「一樹!」
事務所のミーティングルームに入ると、そこにはすでに相原さんを含めみんなの姿があった。
「突然お呼びしてしまい申し訳ありません。こちらをご覧ください」
僕が席に着いたのを見計らって、相原さんは僕たちの前に一枚の紙を差し出してきた。
それを両手で持ち上げて田中君が紙に書かれているであろう内容を見ていると、その両手が小刻みに震えだす。
「なんだよこれはっ!!」
「お、おい。どうしたんだよ聡志」
怒り心頭と言わんばかりの様子で声を荒げる田中君に、驚きながら声をかける啓介に対して、田中君はまるで見てみろと言わんばかりに乱暴に紙を渡す。
「何!?」
その紙を見た啓介は、驚きに声を上げる。
「ちょっと、私たちにも見せてっ」
そんなただならぬ様子の二人に、森本さんは啓介から紙を受け取ってその内容を見ていく。
それに目を通した森本さんもまた、啓介と同じ反応を示しながらも、読んでみろと言わんばかりに中井さんに手渡した。
「嘘……」
それを目にした中井さんは信じられないと言わんばかりに口を開きながら、それを僕のほうに差し出してくる。
僕はようやくその紙の内容を目にすることができた。
「なっ!?」
結果、僕はみんなと同じ反応をしたのだ。
「そちらは、明日発売の週刊誌の記事の原稿だそうです」
ドラマなどで、よく週刊誌が発売される記事の内容を記事にした相手の事務所などに送ってくるという話を見るが、本当だったのかという気持ちは完全に吹っ飛ぶほどの衝撃を受けていた。
その原稿には見出しにこう記されていた。
『衝撃スクープ!! ライブ襲撃は予告されていた!? 事務所スタッフが犯行予告を隠ぺいか?』
記事の内容を要約するとこうなる。
あのライブで襲撃して逮捕された女性は、海外ライブで海外に向かう数日前に届くように脅迫状を投函していたと供述している。
その脅迫状を事務所に所属しているアイドルバンドグループA(名前をぼかしてるけど間違いなくパスパレだろう)のスタッフの一人が故意に隠した、
このスタッフは前に、アテフリアテレコのライブを開催させた件で解雇されたプロデューサーの部下だったことから、Moonlight Gloryを潰すためにやったのではないかとまとめられていた。
(つまりは、倉田の件の報復……ということか)
パスパレのデビューライブの際に、倉田を失脚させ退職に追い込んだことに対しての報復というのは誰がどう見ても明らかだ。
(こっちにも変な派閥みたいのができてたか)
思い出すのは反日菜グループの存在だ。
今は壊滅させたが、あれも一つの派閥とするのであれば、こっちにも派閥が出来上がっていたようだ。
やっていることが子供じみてはいるが、仮にこれが事実なら呆れて済む問題ではない。
「あの、これって事実なんですか?」
「それは……はい。先ほど本人も事実だと認めました」
森本さんの疑問に、相原さんは言いにくそうにしていたが答えると、啓介が額に手を当てた。
「おそらく、皆さんのところにマスコミの方が来られる可能性がありますが、その際はコメントはせず無言を貫いていただくようお願いします」
深々と頭を下げる相原さんに、僕たちは何も言うことはできなかった。
ということで、今回からシリアスマシマシでお送りします。
所々恋愛要素は入りますが……。
新作で、読みたいバンドは、どれでしょうか?
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Poppin'Party
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Pastel*Palettes
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Roselia
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After glow
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ハロー、ハッピーワールド