翌日、週刊誌が発売された日は、比較的静かだった。
それこそ、肩透かしを食うほどに。
だが、週刊誌が発売されてから二日目、事態は一変した。
「ねえ、あなたってムングロの一樹でしょ?」
「……まあ、そうだけど」
休み時間、クラスメイトと思われる女子から話しかけられた僕は、やや引き気味に答える。
「やっぱりそうなんだ! ねえ、
そんな僕の答えに女子学生は食い込むような勢いで、質問を投げかけてきた。
「ノーコメントで」
「えー、クラスメイトなんだし、いいじゃん」
相原さんからは聞かれてもノーコメントを貫くようにとの指示が出ている以上、どんなに粘られたところで、答えは変わることはない。
(日菜さんがいなくて良かったよ)
とある事情で、現在席を外していることに、これほど安心したことはない。
もしいれば、大変なことになる可能性もあったから、なおさらだ。
(とはいえ、いい加減鬱陶しいな)
先ほどから、しつこいくらいに粘り続けているクラスメイトと思わしき女子学生に、僕はどうしたものかと考えを巡らせようとしたところで
「おい、それくらいにしときな」
女子学生に声をかける人物が現れた。
「あ……田中君」
田中君の姿を見た女子学生は、先ほどまでの勢いはどこへやら、足早にその場を立ち去って行った。
何も言わなくても怖いと感じさせる雰囲気をまとっているのに、ややきつい口調で言うのだから、そうなって当然だ。
クラスの一部からは”番長”というあだ名をつけられているとかいないとか。
「大丈夫か? 一樹」
「うん。ありがとう」
「気にすんな……にしても、がらりと変わったな」
教室を見渡しながら感慨深げに口を開く田中君に、僕は”そうだね”と相槌を打つ。
それは前日の夜のことだった。
夕食前だが、何の気なしにリビングに向かうと、そこにはソファーに腰かけてテレビを見ている義妹の蘭の姿があった
「あれ、珍しいねこの時間にここにいるなんて」
「……別に、たまたまいただけだし。そういう兄さんだって」
いつもは大体自室にいることが多いだけに、言ったのだがむっとした様子で視線をそらしながら逆に聞き返されてしまった。
「僕もたまたまね」
そんな何気ない会話をしていた時だった
『続いては、エンタメです』
ニュースだろうか、付けていたテレビから女性アナウンサーの声が聞こえてきたので、僕はふとテレビのほうに視線を向けた。
『現在、人気沸騰中のバンドグループMoonlight Gloryが暴漢に襲われた事件に、新事実が判明しました』
読み上げられたニュースの見出しは、紛れもなく僕たちのことだった。
『容疑者の女性は、ライブツアーが始まる前に脅迫状を事務所に送りつけていました。これを事務所に所属する別のグループのスタッフが故意に隠ぺいを行ったというのです。事務所側は、当番組の取材に、一切応じておりません。一刻も早い説明責任を求められます』
「……兄さん、これって」
ニュースを見ていた蘭の言わんとすることを肯定するように、僕は頷いた。
(あのニュースがきっかけで、一気に空気が変わったな)
週刊誌での報道が、ここまで大事になるとは予想はしていたものの、本当にそうなると何とも言えなくなる。
「それと、一樹。さっき事務所から連絡を受けた。俺と一樹の二人で会議室に来るようにだと」
「……ものすごく嫌な予感がするんだけど」
田中君は僕と同意見のようで神妙な面持ちのまま頷く。
特に田中君と僕の二人だけというのが一番それを感じさせるのに十分だった。
「失礼します」
『入りたまえ』
会議室である、大きな扉をノックすると、中から声が返ってきたので、ドアを開けると田中君を先頭に僕たちは会議室内に足を踏み入れる。
会議室内には奥側の席に社長が腰かけており、それ以外の席にはこの事務所の幹部と思われる人たちが腰かけていた。
一番最後に入った僕がドアを閉めると、会議室内は一気に重苦しい雰囲気に包まれる。
「さて、全員そろったところで会議を始めるとしよう。議題は『Moonlight Gloryに対する活動停止処分』についてだ」
「はぁ!?」
社長の口から出た言葉に、僕よりも先に田中君が声を上げる。
「どうして俺たちが処分を受けなければいけないんですか! その根拠を教えてくださいっ!」
「それについては……新田君」
「はいッ! 説明させていただきます」
社長に指名された、壁際に立っていた新田と呼ばれた男性が一歩前に出ると、こちらのほうを見ながら口を話し始める。
(あいつ、Pastel*Palettesのスタッフだな)
パスパレのスタッフメンバーとして見かけたことがあったので、確かだ。
「現在、この事務所は非常に危うい立場です。その証拠に、事務所には数多くの苦情の電話がかかっていると伺っています。そのような状況で、彼らを公の場に出しておくのはこの事務所にとってマイナスでしかありません。これは、事務所は当然、Pastel*PalettesやMoonlight Gloryを守るための措置です」
「馬鹿じゃねえのか?! そもそも、これはお前らがしでかしたこと、その責任をなぜ被害者である俺たちに取らせるんだ!」
「彼と同意見です。今回の一件はお宅らが発端。ならば、そちらで対応されるのが筋だと、我々は思いますが?」
新田のあまりにも理解不能な説明に切れる田中君に続く形で、僕も意見を述べる。
その僕の言葉を受けた新田は、ニヤリと笑みを浮かべながらこちらに顔を向ける。
「……そもそも、本当にあなた方は被害者なのでしょうか?」
「どういうことです?」
「あなた方が、海外ライブなんてしなければ、このようなことにはならなかったのでは? 君たちにも責任の一端はある。それを棚に上げて、私たちにのみ責任を取らされるのは遺憾です」
新田のその言葉に、会議室内にいた社長以外の人たちは深く頷く。
それは、この場にいるほぼ全員が新田の言うことが正しいと思っているということでもあるのだ。
「ッざけんなっ!!!」
「聡志ッ!!」
我慢の限界を超えた田中君が新田に殴りかかろうとするのを彼の両腕をつかんで必死に止めた。
なおも、激しく抵抗し続ける彼を止めるのは、かなり無理がある。
現に、ちょっとずつ引きずられるように新田のほうに近づいているのだ。
「皆さん、多数決に入りましょう。処分に賛成の者は挙手を」
そんな田中君の様子をしり目に、社長の言葉を受けて次々に手があげられる。
「満場一致で、本議題は可決となりました。Moonlight Gloryへの処分は、後程書類にて告知を行ったうえで執行とします。解散っ」
気が付けば、田中君の抵抗はなくなっていた。
社長の解散を告げる言葉と同時に、その場にいた人たちはこちらに目もくれずに会議室を後にしていく。
「……」
最後に出て行った新田は、こちらに顔を向けるとほくそ笑んだ
(あの野郎)
新田に対しての怒りを感じた僕が、田中君の腕を離すと、力が抜けたのかふらつきながら会議室を出て行ってしまった。
残されたのは、僕と席を立って窓際に移動して外を見ている社長の二人だった。
「社長、一つだけよろしいですか?」
「……」
僕の言葉に、社長は何も答えないが、僕はそれを肯定と受け止めて疑問を投げかけた。
「この会議に、私たちを呼んだ理由は何ですか?」
「……それは、処分が下されたことを伝えるためだ」
「でしたら、メンバー全員が来なければ意味がないです。それに、知らせるのであれば、相原さんに伝えるか最悪告知文章を掲示するだけでもよかったはずです。社長、何か企んでいるのでは?」
社長の答えはつじつまが合わない物だった。
僕たちを呼んでおいて、僕たちに反論の機会すら与えずに、ただ淡々と話しを進めて処分を決めていたことがその証拠だ。
何かを企んでおり、その一端を僕たちにも担わせようとしていると考えれば、この呼び出しはつじつまが合う。
「……やはり、君にはお見通しのようだな」
僕が疑問を抱くことは、社長にはすべてお見通しだったようだ。
「今から話すことは他言無用。口外してはいけない」
こちらに向き合う社長の口調は、いつにもまして厳しめだった。
だが、社長は”ただし”と前置きを置いたうえで言葉を続ける。
「君が信頼に値するであろう人間には、その限りではない。そして、話を聞いたら私に協力をすること。この二つの条件を守れるのであれば、話そう」
「………」
最初の条件はともかく、最後の条件が少々引っ掛かるが、どのみち活動停止には変らない。
それに、万が一の時にはここを辞めてもいいのだ。
この事務所にすがる理由は0に等しいのだ。
よその事務所に移動してもこちらには問題はない。
事務所選びでいろいろと面倒なことを除けばだけど。
なので、僕は社長の条件を呑んだのだ。
「では、話そう」
そして、社長は話し始めるのであった。
ここまでがほぼ前半の話になります。
次回以降からは後半に差し掛かります。
新作で、読みたいバンドは、どれでしょうか?
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Poppin'Party
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Pastel*Palettes
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Roselia
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After glow
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ハロー、ハッピーワールド