松原さんの逆方向に歩くというアクシデントはあったものの、何とか駅構内に向かうことができた。
「電車はあと3分で発車よ。急ぎましょ」
「う、うん」
「わかった」
構内では白鷺さんが先頭に立って目的の電車に向かって走る。
そして、ホームに続く階段を下りていく。
『5番線』のホームに停まる電車に乗れば、すぐに目的の駅に着く。
(電車の乗り継ぎのが苦手なんて言ってたけど、たいしたことないじゃん)
きっと方向音痴の松原さんに気を使って、そういう風に言っているだけなんだと僕は思っていたのだ。
「電車よ! 急いでっ」
ホームまであと少しというところで、白鷺さんが焦った様子で声を上げる。
見れば確かに電車が停まっていた。
「え? ちょ―――」
「美竹君、早くっ!!」
その電車を見た僕の声を遮るように、なぜか松原さんに手を引かれてそのまま電車内に乗り込んだ。
「良かった、間に合ったわ」
「う、うん。美竹君、手をいきなり掴んでごめんね」
そう言う白鷺さんの表情は、どこかうれしそうで、達成感のようなものを感じているような感じだった。
「それはいいんだけど―――」
僕が言いきるよりも早く、電車のドアが閉まりゆっくりと動き出した。
……目的の駅と
ようやく事態に気づいた白鷺さんの表情がこわばる。
「そんな……今行こうとしている場所と反対に進んでいるわ!」
「ふぇえ!?」
松原さんが驚くのも無理はない。
僕たちが乗ったのは本来乗る『5番線』ではなく『6番線』に停まっている電車だったのだ。
この『5・6番線』は同じ区間を走るが、上りと下りに分かれているのだ。
今回乗ったのは、目的地とは逆のほうに向かう電車になる。
「とりあえず、次の駅に降りて戻りましょう」
「うん。そうだね。戻ればいいんだよね」
流石というべきだろうか、白鷺さんたちはすぐに冷静になって対策を決めていた。
そう、電車を乗り間違えたら戻ればいいだけの話だ。
(そういえば、次の駅って)
僕は、ふと気になることを思い出していた。
だが、それを思い出すよりも早く、次の駅についてしまったため、中断せざるをえなかった。
「あの電車が戻るための電車ね」
「うん。あ、もう発車しちゃうよ」
「いや、だから――――」
僕の声は、急いで向かいのホームに停まる電車に乗り込もうとする二人には届かず、僕もまたその電車に乗り込んだ。
電車内には人はまばらで、座る席がたくさんあった。
二人は座席に座ってほっと一息つく。
「これで大丈夫ね」
「うん。ちょっとびっくりしたけど、今度は迷わずに行けるね」
「……あ」
僕は立ったままでいようと思い上のほう……次の駅などの情報が表示される液晶画面を見た僕は、思わず声を上げてしまった。
「どうしたんですか? 美竹君」
「この電車全然違う、路線ですよ」
「「えぇ!?」」
二人が驚きの声を上げるのと、ドアが閉まり電車が動き出すのとタイミングがほぼ同時だった。
「つ、次の駅で乗り換えれば」
『この電車は終点まで止まりません。次は終点―――』
何とか挽回しようとする白鷺さんだったが、どうやらこの電車は急行だったみたいで、停まる駅が終点までない。
「ふぇぇ……どうしよう千聖ちゃん、美竹君」
「……」
困った様子で聞いてくる松原さんには悪いが、僕にどうしようもなかった。
(これ、下手すると松原さんの方向音痴よりもひどいぞ)
なんとなく、白鷺さんの『電車の乗り継ぎが苦手』の本当の意味を理解してきた。
これは、ただ単に乗り継ぎができないんじゃなくて、おっちょこちょいなだけではないか、と。
そして、終点に就いた時には、もはや今どこにいるのかわからない状態だった。
そこはホームが二つある駅だった。
「……あの電車に乗れば――「はい、ストップ」――きゃっ」
今いる向かい側に停まった電車のほうに行こうとする白鷺さんの手をつかんで、強引にその場に留めさせる。
「二人とも動かないで。調べるから」
僕は二人にそう言ってスマホを取り出すと、乗り継ぎの方法を教えてくれるサイトを表示させ、今いる駅名と目的の駅名を入力する。
(乗り継ぎは1回だけか。これならいける)
運よくこの後発車する電車でいい感じのがあった。
その電車はどうやら隣のホームから出るようだ。
「それじゃ行くよ」
「う、うん」
「それはいいのだけど、手を放してくれないかしら?」
白鷺さんが困ったような表情を浮かべながら言ってくるが
「こうしてないと色々と怖いので、悪しからず」
松原さんのようにふらふら行かれたら取り返しがつかなくなるので、却下してそのまま隣のホームへと向かうのであった。
それからしばらくして、僕たちはようやく目的の駅にたどり着くことができた。
(電車で十数分の距離を小一時間もかけて行くのは斬新な冒険だなー)
もはや開き直るしかなかった。
「あの、美竹君」
「何? 松原さん」
左後ろのほうに立つ松原さんの表情は、どこか恥ずかしそうな感じがした。
「そろそろ手を放してくれないかしら?」
「あ……」
白鷺さんの松原さんとは反対に、少し怒っている口調で言われて初めて、自分が二人の手を握りしめていることに気が付いた。
心なしか周囲の視線も感じる。
……主に僕に対する妬みの視線を。
「すみません」
「はぁ……まあ、理由は分かりますけど、もう少し身をわきまえないと嫌われてしまいますよ」
「おっしゃる通りです」
ため息交じりに怒られて謝る僕の姿はさぞかし滑稽に見えるのかもしえない。
「まあまあ、美竹君のおかげでちゃんと目的の駅まで来られたんだから、怒らないで……ね」
「はぁ……花音がそこまで言うんならいいけど」
松原さんの仲裁のおかげで、何とかお説教は終わった。
僕は両手を合わせて松原さんに感謝の意を示す。
「それじゃ、喫茶店に行きましょうか?」
「「うん(ええ」」
こうして僕たちは、目的の喫茶店に向かって歩き出す。
その後は特に難なく、喫茶店の前までたどり着くことができた。
「やったのよ。ついに私たちは遠い場所の喫茶店に電車で来れたんだわ」
「うん。やったね千聖ちゃんっ」
(途中まで引っ張ったのは僕なんだけど……まあいいか)
手を取って喜び合う二人に水を差すのも気が引けたので何も言わずに見ていることにした。
「それじゃ、入りましょ」
一通り感動を分かち終えた二人は、ドアを押して店内に足を踏み入れる。
ドアに取り付けられた鈴が来店者を告げる音をたてた。
店内は外とは違い落ち着いた雰囲気だった。
ウエイトレスに案内されるまま席に腰かけた僕たちは、それぞれが注文を口にしていく。
注文とはいえ、みんな紅茶にしただけだが。
「今日はありがとうございます。おかげで私たちはこうして喫茶店にたどり着けました」
「そんなお礼を言われるほどでもないですよ。それと、私には敬語は不要ですよ。そんなに偉いわけでもないですから」
ようやく一息付けた僕たちは、お礼の言葉を口にする白鷺さんにそうお願いした。
どうも敬語で話されると落ち着かないのだ。
「わかりました。では、私にも同様にお願いしますね」
「……わかったよ」
僕も自然に敬語をやめるように言われ、内心で白旗を上げながら、口調を松原さんと同じにする。
「お待たせしました。紅茶になります」
「「「ありがとうございます」」」
そんな中持ってこられた紅茶を受け取った僕たちは、それに口をつける。
(へぇ、なかなかおいしいじゃん)
あまり紅茶に詳しいわけではないが、とてもおいしく感じることができた。
「それじゃ、美竹君についていろいろと話してもらおうかしら。」
「「え(ふぇ)!?」」
まったりとした時間の中にいきなり投げ込まれたその言葉は、大きなざわめきを呼ぶ。
「よく花音からあなたのことを聞いていたのよ、何でも『自分のだ――――「ふぇぇ~、それ以上は言わないで~」―――」
松原さんが陰で僕のことを何と言っているのかがものすごく気になったが、必死のよう腕止めている松原さんを見ていると、あまり深く追求しないほうがいいような気がしてきた。
「それじゃ、美竹君の好きな子とか聞いちゃうかしら?」
「ふぇぇ!?」
(あ、これからかってる)
白鷺さんの言葉一つ一つにオーバーなリアクションをする松原さんを見てくすくすと笑っているのを見ても明らかだ。
これはオーバーアクションをし続ける松原さんを止めるべきなのか、それともくすくすと笑いながらからかう白鷺さんを止めるべきなのか、どちらが最適だろうか?
(……ま、いっか)
そんなことも考えたが、最終的には止めないでおこうということにした。
理由はよくわからないけどそれが一番だ感じたのだ。
「僕には好きな人なんていませんよ」
「……そうなの」
白鷺さんの間が気にはなったが、深く考えないことにした。
その後も、白鷺さんたちといろいろな話をした。
とはいっても、話した内容は二人に関する思い出のみだ。
流石に、白鷺さんの”仕事”については触れなかった。
こうして、僕たちは喫茶店でのひと時を過ごしていくのであった。
次回で本章は終わりとなります。