それでも、まだ少しだけ続きます。
「あははっ!! なんだよ一樹、その気障な感じっ」
突然だが、僕は田中君に大笑いされていた。
「そういう田中君だって、どこかの不良みたいじゃん!」
今いるのはリリイベの会場だ。
リリイベ当日のこの日、僕たちは彼女達の安全を確保するべく、私服警備員のような役割を担うこととなった。
僕たちの姿を見たことで余計な騒ぎになるのもあれなので、変装をすることにしたのだが、これが今さっきの大笑いの原因となっていた
僕の格好はちょっとチャラい雰囲気を放つようにと革ジャンに帽子、そしてサングラスという変装を行っている。
対する田中君は、サングラスにどこで手に入れたかは知らないが、作業着のようなズボンという明らかに不良にも見える格好だ。
他のみんなも各々の変装を行っていて、僕たちでなければ誰なのかを把握するのは難しいだろう。
「それじゃ、もう一度流れをおさらいずるぞ」
田中君は今日の流れを完結に説明を始める。
今日のリリイベが終わるまで、僕たちは観客に扮して会場内の警備を行う。
度を超えたと僕たちが判断するようなヤジを飛ばしたり、危険物を所持しているようなそぶりを見せる人がいないかを見るのだ。
発見し次第通報することになるのだが、その方法は先程相原さんに渡された無線機……インカムで自分の位置と対象者の特徴を伝えるというシンプルな感じだ。
「んじゃ、頑張りますか!」
『おー!』
こうして僕たちの潜入警備が幕を開けるのであった。
『みなさーん! 今日はPastel*Palettesのリリースイベントに来てくれてありがとうございまーす!』
リリイベが始まり、ステージ衣装に身を包んだ丸山さんの元気な挨拶に、観客たちも大きな歓声で反応する。
「何媚び売ってんだよ! この人殺し!!」
そんな中、僕の斜め前にいた茶髪の男性と思われる人物が、彼女に対してヤジを飛ばした。
それに対して周囲にいた人たちも男性のほうをジト目で見るものの、すぐに視線をステージのほうに戻す。
「Cブロックの13番。茶髪に、紺色のコートの男性です」
そんな中、僕は淡々とその男性の現在地をインカムを使って伝えると、そこから離れた。
「Eブロックの35番。金髪に青のジャージの女性です」
それから少しして、数人のスタッフに先ほどヤジを飛ばしていた男性が連れていかれているのを見ながら、僕はヤジを飛ばしている観客の場所を伝えて行った。
トークのほうは順調で、いつもの彼女たちの姿がそこにはあった。
(頑張れ、パスパレ)
変装をしているので、声を挙げて応援することはできないが、僕は心の中で彼女たちに応援の言葉を贈る。
結局、最初のトークだけで総勢15名の観客が退場処分になるのであった。
『それでは、これよりお渡し会第一部を始めさせていただきます。メンバーのブース前に整列をしてお待ちください』
そして、ついにお渡し会が幕を開けた。
お渡し会は、僕にとっては一番の警戒すべきところだ。
お渡し会では、メンバーが来場者と至近距離で話をすることができるのだ。
要するに、最も彼女たちに危害を加えやすい状況ということになる。
とはいえ、僕たちは一般の人という設定だ。
ブースの横に控えているのは明らかに不自然だ。
そこで行きついた作戦が、ブースには並ばずそれぞれが見張るブースを決めたうえでそのブースに並ぶ人を見ることだった。
もちろん、列に並ぶ人たちの邪魔にはならないような場所で見ることを忘れない。
そんなわけで、森本さんは丸山さんの、啓介は若宮さんの、田中君は大和さんの、中井さんは白鷺さんのそして僕が日菜さんのブースを見ることになった。
お渡し会は、前半の部と後半の部の二部構成になっている。
(しかし、こうして見てみるといろいろな人がいるんだな)
警護をしながらも、僕はファンの人たちを見て色々な発見をしていた。
例えば、何度も何度も列に並び直しては話をしようとする人や、5人全員のブースに並ぶ人等々、こういう機会でもなければ気づけない発見ばかりだった。
(あの子、髪の色を変えて並びに来てるし)
丸山さんのブースにいた時はピンク色のツインテールの髪型だったのが、日菜さんのブースの前に並んでいるときはアイスグリーン色(?)の髪になっている。
これがいわゆる”ガチ勢”というのだろう。
そうこうしているうちに、再び休憩となり、後半の部が始まった。
ここまで、彼女たちに危害を加えると思わしき人の姿もなく、あと少しすればリリイベは無事に終了となる。
(このまま、何事もなければいいんだけど)
徐々に列に並ぶ人が少なくなっていくのをぼんやりと見ながら、僕はそう祈らずにはいられなかった。
(と、そろそろ移動しないと不自然か)
人が少なくなれば、僕たちはより目立つことになる。
ただでさえ、服装が派手なのだ。
これ以上変に目立ちたくはないので、僕は場所を移動しようとした時だった。
(ん?)
日菜さんのブースのところに並んでいる一人の人物に引っかかった僕は、足を止めた。
その人物はなぜか帽子をかぶって、マスクをしているという明らかに不審な格好をしていた。
だが、何よりも気になったのは左手を入れているズボンのポケットに何かが入っているようにも見えたことだった。
「次の方、どうぞ!」
スタッフに促されるまま、先ほどの不審者がブース内に入って行った。
(やばいっ)
そこから先は無我夢中だった。
必死にかけて行って、彼女のブース内に入った瞬間
「死ねっ!!!」
隠し持っていた折り畳みナイフを握りしめて、彼女に迫ろうとする不審者の姿があった。
突然のことに、固まる日菜さんに迫るナイフを、僕は力いっぱい握りしめることで止めたのだ。
(革製の手袋していてよかった)
そうでなければ、確実に僕は怪我していただろうから。
「え……」
「リリイベに、ナイフを使う要素はどこにもないですよ」
「は、放せっ!」
不審者がナイフを掴んでいる僕の手を振りほどこうともがくが、僕の手はしっかりとナイフを握りしめたまま動くことはなかった。
「こいつは、裁きを与えなければいけないんだっ!」
「彼女たちは加害者ではなく、被害者だ。仮に加害者であっても、あなたがそれを行う資格は一つもない。それに何より」
「ひっ!?」
僕は噴射の言い分を否定しながら、いったん言葉を区切ると、不審者を吹き飛ばした。
その拍子に、不審者の手からナイフが離れたので、僕はもう片方の手で柄の部分を持つと、ナイフを折りたたんだ。
「貴方も十分、加害者だ」
その後、慌ててきたスタッフに不審者を引き渡した。
何とか日菜さんを守ることはできた。
それはよかったのだが……
「一……君?」
「……あ」
日菜さんに僕の正体がバレてしまうのであった。
「あははっ。一君全然合ってないね」
「……言わないで。自分でもわかってるから」
帰り道、バラバラに変えることになった僕は日菜さんと一緒に帰ることになった。
他のメンバーはドラマー会議やらなんやらをしながら帰るらしい。
ある意味の獣ではあるのだが、その本当の意味は襲われた日菜さんへの気遣いだと僕は思っている。
「でも、今日はありがとね」
「感謝される筋合いはないよ。発端はこっちなんだから」
厳密には違うのだが、彼女がお礼を言う必要がないという僕の気持ちは違わない。
「でも、本当にありがとね、
「……日菜さん、今なんて言った?」
今の日菜さんの言葉は、僕の幻聴に違いない。
だからこそ、もう一度彼女に聞き返した。
「だから、今日はありがとね。おにーちゃん♪」
だが、僕の願いもむなしく、本当に言っていた。
「ねえ、日菜さん。”おにーちゃんって、僕のこと?」
「そうだよ」
何を言ってるのと言わんばかりに頷かれてしまった。
「何でいきなりそうなった!?」
一応言っておくけど、僕は女子に”おにーちゃん”などと呼ばせて喜ぶような性癖の持ち主ではないっ。
「え? だって、一君おねーちゃんと結婚するんでしょ? だったら、あたしのおにーちゃんになるわけだし、何も問題はないでしょ?」
「ありまくりだ!! ていうか、その話どこで聞いた!?」
「観覧車」
(起きてたんかいっ!!)
遊園地でした紗夜との会話は、どうやら日菜さんにばっちり聞かれてしまっていたらしい。
恥ずかしさやらなんやらで思いっきり叫びたくなるのを、僕は必死にこらえた。
「それに、あたしおにーちゃんが欲しかったんだー。ダメ?」
「それが本音かいっ!!」
目を輝かせる彼女にツッコむ僕。
それはいつもの光景が戻ってきたことを意味していた。
「……わかったわかった。その代わり、他に人がいないときだけにすること。これ絶対だからね」
「はーい!」
日菜さんに何を言っても、辞めるつもりはないのだから、いっそのこと条件を付けたうえで認めてしまったほうが楽だ。
(今日はなんて日だ)
そう思いつつも、本当に日菜さんの”兄”になった時の自分を考える僕なのであった。
はたして、革製の手袋をつけた状態で刃物を握りしめても、けがはしない物なのだろうか……。
調べてみたのですが、出てこなかったので、そのままで登校することになりましたが、もし謝っていた場合はお知らせいただけると幸いです。
速攻で修正いたします。
そして、現在実施中のアンケートですが期日のほうが決まりましたのでお知らせします。
【5月11日の23時59分59秒】までとさせていただきます。
新作で、読みたいバンドは、どれでしょうか?
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Poppin'Party
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Pastel*Palettes
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Roselia
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After glow
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ハロー、ハッピーワールド