この章はややシリアスな展開となっております。
第32話 梅雨の挑戦者
大型連休も終わり、いつも通り学園生活が戻ってくる。
季節も春から夏に移り始め、気づけばもう6月。
じめじめとした梅雨の季節に差し掛かっていた。
「今日も雨か」
「こういう天気って、嫌よね」
ここのところ毎日雨が降っている。
そうなれば、人の心もどんよりとしてくる。
「あたしもー。雨ばっかりで全然るんってしないなー」
それは、日菜さんも同じだった。
「ねえねえ、何かるんってくるのない?」
「それに答える前に、私たちが”るんっ”が何なのかを知る必要があるわね」
森本さんのその答えは、ある意味的を得ていた。
BanG Dream!~隣の天才~ 第3章『梅雨の憂鬱』
「えー、そろそろ期末試験がある。しっかりと復習をしておくように」
4限の数学の授業はその一言で締めくくられた。
この間中間考査があったばかりなのに、もう期末試験だ。
意外にハードなスケジュールだった。
中間考査で撃沈したものにとって、これほど地獄と思えるものはないのではないかと思えるほどの物だった。
(日菜さんのちょっかいも、ここまでくると日常的になるよな)
毎日授業中に、話しかけたり突っついてきたりとちょっかいを出してくる日菜さんに、僕は最近すっかり慣れていた。
それは置いとくとして、試験前の憂鬱な気分などとは、全く関係のない人物もいるようで
「ねえ、一君ってお昼は食堂だよね?」
隣の席の日菜さんはテンション高めに話しかけてきた。
「まあね。皆と一緒に食べることになってるけ――「それじゃ、レッツゴ―♪」――って、うわ?!」
僕の答えを最後まで聞かずに、日菜さんは僕の腕をつかむと凄まじい勢いで駆けだした。
僕は彼女に引きずられていく形で、食堂へと向かうのであった。
羽ヶ丘学園の食堂は、かなり広く料理も安くておいしいと評判とのこと。
啓介からの情報なので、あれだが、義母さんの都合などでお弁当がない日はこうして食堂を利用している。
ここの食堂は、まず食券機で希望のメニューの券を購入し、それを厨房の人に渡すことで注文は完了となる。
「やったー、一番乗りだね♪」
嬉しそうにはしゃいでいる彼女だが、あれだけ全力疾走すれば普通に一番利できるだろ、と心の中でツッコむ。
(さて、僕はBランチにでもしようかな)
少しだけおなかがすいていた僕は、日替わり定食のA,B,CランチからボリュームがあるBランチにする。
(この”チャレンジ”は、さすがにやらないけどね)
右下のほうにある『チャレンジ』と書かれたメニューのボタンを見て、僕は苦笑した。
この『チャレンジ』はその日の厨房のメニューによって選択されるメニューだ。
何の料理になるのかは、出来上がってからのお楽しみという代物だが、一番の特徴は”量”だ。
このメニューの量は”超メガ特盛”のみしかないのだ。
啓介いわく、このメニューに挑戦する強者が、年に何人かいるにはいるが、そのあまりにも多すぎる量に、食べ残しをする者が後を絶たないそうだ。
(元々女子高で、共学化になったことによって男子が満足のいく量を食べられるようにという思いからできたとはいえ)
ここまで行くと、少し度が過ぎているようにも思える。
しかも、お値段は日替わり定食と同じだというのだから恐ろしい。
食べきった者は栄光が与えられ、食堂の壁に名前の入った賞状が張り出されるそうだが、そんなものは僕には不要の産物でしかない。
いや、むしろ羞恥プレイだ。
(いけない。皆に先に来たこと言わないと)
あまりにも早くに出たため、啓介ですら僕が先に言っていることが分かっていない可能性もある。
「日菜さん」
「なーに?」
すでに自分の食券を買っていた日菜さんに、僕はあるお願いをする。
「ちょっと用があってここを離れるから、僕の代わりにBランチの食券を買って注文をしておいてもらっていい?」
「うん、いーよ!」
日菜さんが快く引き受けてくれたので、僕はお礼を言いながら日菜さんにBランチの代金を渡すと、急いでその場を離れた。
「えーっと、Bランチ……Bランチ……ん? 『チャレンジ』? うん、るんってきた」
後ろでそんなことを口にしているのも知らずに。
「ったく、先に行ってるんだったら、早く言え」
「面目ありません」
あれから数分後、啓介たちと合流できた僕は田中君の小言を聞きながら、食堂内の受付カウンターから食事スペースに向かっていた。
少し乗り遅れたものの、そんなに待つことなく皆の頼んだ料理が完成したのが大きかった。
「で、場所をとってるのは、あいつか」
「え? うん。そうだよ」
田中君の口調が、一瞬変わったような気がしたが、特に田中君の様子に違和感もないので、僕は気のせいだと思うことにした。
「それで、どこに――「一くーん!」――あそこだな」
元気よく手を振る日菜さんは、色々な意味で目立っていた。
大きな声で呼ぶために、食堂にいる人たちはみんな日菜さんのほうを見ている。
そして日菜さんがこっちに手を振っているので、こちらのほうにも視線が集まる。
僕たちは、周りの人の視線から逃げるように、日菜さんが立っている場所に向かう。
「ごめんね、場所どりまでさせちゃって」
注文だけをお願いするつもりが、場所どりまでさせてしまったので、僕は日菜さんに謝る。
日菜さんは特に気にもしていない様子で
「別に大丈夫だよ! はい、これ一君に頼まれてたやつだよ♪」
「……」
と言いながら、僕が頼んだと思われる料理が載ったトレイが置かれた席を指さす。
その料理に、僕は言葉を失った。
それは、おいしそうだったからというわけではない(料理はおいしそうには見えた)。
「か、一樹。あんたこんなの食べようとしてたの?」
「すっげぇチャレンジャーだな」
「ある意味良い根性してる」
「何、これ?」
森本さんたちから呆れた口調で言われる中、僕は元凶である日菜さんに尋ねる。
「『チャレンジ』だよっ。とってもるんって来るよね☆」
「僕の頼んだのって『Bランチ』のはずだけど」
どうして、このような化け物クラスのものに変わっているのだろうか?
いや、変えることができるのか。
「だって、一君だったらこれを完食できるんじゃないかなーって思えたんだよねー」
「――――っ」
日菜さんの言葉に、一瞬舌打ちが聞こえたような気がしたが、今はそれどころではない。
(返却なんか無理だし、食べるしかないか)
「とりあえず、食べよう」
「そ、そうだな。早くしないと昼休みの時間が終わるもんな」
僕の言葉で、みんなはぎこちなく頷くと、席についていく。
日菜さんの隣に僕、その隣に啓介。
僕の正面にはいつもよりも不機嫌そうな田中君と、日菜さんの正面に座る森本さんという席順だ。
『いただきます』
そして、僕たちは昼食を食べ始める。
(しかし、本当にすごいな)
僕は、まず最初に料理の観察をしてみることにした。
ラーメンどんぶりクラスの大きな器に山盛りにかけられているカレー。
どうやら今日はカレーライスのようだ。
(ご飯自体がお皿の9分目まで盛られてるし)
凄まじい量であることに違いない。
僕は化け物級の料理を食べ始める。
心なしか、周りの人からの視線を感じるが、気にせず食べ続けた。
カレー自体はとてもおいしかった。
量が多いのでなくなる気配が全くない。
だが、手がどんどん進んでいく。
(あれ、もう1割しかない)
そして、気が付くと山盛りになっているほどあったカレーライスを、僕は9割も平らげていた。
(僕って、こんなに大食漢だったっけ?)
これまで、こういったことには挑戦したことがないので、自分でも驚きだったが、僕はあの化け物級に盛られていたカレーライスの最後の一口を口に入れて、完食してしまった。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせて呟いた僕の言葉の次の瞬間、食堂中を歓声が包み込んだ。
気が付けば、僕の周囲には見物人と思われる人だかりができており、昔テレビで見た大食い選手権さながらの光景になっていた。
「一君すごーい! あたしも、るるるんってきたよー」
「一樹の知られざる力、ここに現れり……か」
日菜さんは完食したことに大はしゃぎで喜び、啓介たちは軽く引いていた。
こうして、梅雨真っ只中の6月に、僕は『チャレンジ』の最初の完食者となってしまった。
そして、壁には噂通り、僕の名前の入った賞状が張り出されることになるのであった。