あれも、人によっては一種の羞恥プレイだったのかなと今になって考えてみたり。
そんな、ものすごくどうでもいい話は置いといて、本篇をどうぞ
思えば、その兆候なんて前からあったはずだ。
そして、それが起こることも十分に予測できたはずだ。
そうすれば、彼女があんなことにならずに済んだのかもしれないのだから。
長く続いた梅雨もそろそろ終わりを迎えようとしているある日の朝。
「おっはよー! 一君」
「おはよう。今日も元気だね、日菜さんは」
いつものようにハイテンションな彼女の様子に、僕は苦笑いを浮かべる。
「えー。だって、テンション上がんない? テストも終わったしー、そろそろ文化祭じゃん? うんっ、とってもるるるんっな気分だよ」
最近、日菜さんの言う”るんっ”の意味がなんとなくではあるが、わかってきたような気がする。
これも慣れというものだろうか?
(本当に元気だよな)
僕はあまりテンションが高くない。
パッとしない天気が続いていたからというのもあるが、理由は別にあった。
「おはよー」
「おいっすっ」
「おっす」
「おはよう一樹君、氷川さん」
そんな中、森本さんに啓介田中君に中井さんがいつものように、僕と合流する。
「おはよう、皆」
「おっはよー。ねえねえ、なんでゆみちーは名字で呼ぶの? あたしは名前で呼んでもいいって言ってるのに?」
「そ、それは……恥ずかしくて」
中井さんも数か月前に比べれば、普通に日菜さんと話せるようになっては来たものの、まだまだ打ち解けるには時間を要するようだ。
「まあ、人には人の距離感というのもあるんだから、あまり強引にしないでゆっくり待ってみなよ」
「そんなこと言われてもなー、あたしそういうのわからないし―」
森本さんのアドバイスも、日菜さんにはあまり通じなかったようだ。
「俺、先行く」
「え?」
「あ、ちょっと聡志!」
そんなやり取りをしていると、田中君はすたすたと足早に歩いて行ってしまった。
その距離は見る見るうちに開いていき、仕舞いには完全に見えなくなってしまう。
「どうしたんだろう……」
「何か用でもあったのかな?」
首をかしげる中井さんに、僕はぽつりと考えられることを口にするが、それはすぐにありえないとわかった。
「ありえないありえない。用があるときは必ず律義に言うし、そもそも最初から一緒に来ることはないって」
言われてみれば、田中君が朝に用があるときで、途中で抜けたことは全くと言っていいほどない。
「もしかしたら」
啓介のその言葉に、僕は嫌な予感がした。
「トイレに行った――――んが!?」
「流石のあたしも、今のはドン引きだよ」
あの日菜さんにも呆れられる啓介って、いったい何者だろうかと、ふと考えてしまう。
「とりあえず、このアホは置いとくとして、森本さん悪いんだけど」
「わかってる。彼に話を聞いてみるよ」
僕が言おうとしていることは森本さんにもわかっているようで、啓介を軽く沈めた僕の言葉を組んで、森本さんは頷いて答えてくれた。
(嫌な予感がする)
思えば、この時の僕はそんな胸騒ぎを感じていたのかもしれない。
昼休み、僕は啓介に席と注文をお願いして、昇降口前の廊下にある掲示板の前に立っていた。
料理の注文は、日菜さんには頼まないという教訓は、今後一生僕の中で生きていく。
出ないと、今度は前回よりもさらにパワーアップした『チェレンジver.2』を頼まれそうだし。
一体、厨房の人は何と闘っているんだろうとも思うが。
それはともかくとして、僕はあるものを探していた。
「えっと……あった」
そこで僕が見つけたのは『学年順位一覧』という題目のリストだった。
そう、ここには全学年の成績順位が張り出されているのだ。
成績会の人にとってはまさしく羞恥プレイにも近いレベルだろう。
「う……最下位だし」
「ビ、ビリからえっと……」
現に、周りでは様々な負のオーラが放たれまくってるし。
(啓介は……うわ、下のほうだ)
『赤点を一杯とっちゃったーてへ☆』
と、にこやかに言ってのけた通り成績は下のほうだった。
このままだとヤバイと言うほどではないが、ひどい成績であるのは間違いなかった。
どうでもいいことは置いといて、僕は自分の成績を探すことにした。
とはいえ、上から探したほうが手っ取り早いので上のほうから探してみる。
(僕は……うそ)
僕は信じられないものを目の当たりにした。
「2位……この僕が」
そう、いつも学年1位を独占していたはずの僕が、2位に転落したのだ。
テストの点数は、全科目満点だ。
つまり、僕と同じ好成績をたたき出した人物がいるということだ。
(えっと、1位は……あー、なるほどね)
その1位の人物の名前を見た時、僕は思わず頷いてしまった。
そこにはこう記されていた。
『1位 氷川 日菜』
テストが返ってきたときに『また100点か―。つまんないのー』と不満そうにつぶやいていたから、まさかとは思ったが、本当に全科目満点を取るとはどれだけ僕と似てるんだと思ってしまう。
(しかも2位になったのが、五十音順とは)
まあ、このままいけば僕はあまり目立たなくなるだろうから、ちょうどいいけど。
「へー、1年のトップでやっぱり氷川さんなんだ?」
(ん?)
そんな時、僕の耳にある学生の声が聞こえてきた。
「氷川さんってさー、ちょっとムカつかない?」
「ムカつくムカつく。私が部活で必死に練習してできるようになったロングシュートを、初心者でしかも一発で成功させておいてつまんないとか、まじで意味わかんねえし」
「あんなんだから、友達ができないのよ」
(ひどいな。うん、ひどい)
学生の日菜に対する悪口は、聞いていられないほどに自分勝手でひどいものだった。
「あいつに付きまとわれてる隣の男子もかわいそうよねー」
「確か美竹君だったっけ? あたし、あいつは苦手なのよねー。なんか地味だし」
「地味っていうより、根暗じゃね?」
日菜さんへの悪口は、気が付けば僕のほうに変わっていた。
(根暗か……地味はいいとしてもねぇ)
まあ、会ってるから何も言えないけど。
(ま、見たいもんは見れたし気づかれてもあれだから退散しようかな)
悪口しか言えない人間のそばにいるのも気分が悪いので、そそくさと僕はその場を後にして食堂に向かう。
(言いたい奴には言わせとけ)
その言葉を心の中でつぶやくと不思議と、モヤモヤしたものは消えていた。
「こっちよ」
食堂の食べるスペースに入った僕に見えるように手を振る森本さんのもとに、僕は急いで駆けて行く。
そこには田中君の姿もあった。
「ごめんね、席とってもらって」
「別にいいけどさ、何を見てたんだ?」
隠すほどのことでもないので、興味深そうに聞いてくる啓介に、僕は『学年順位を見てきた』と告げた。
「俺は何位だった?」
「下から数えたほうが早いと思う。後は自分で確認して」
「アハハ……相変わらずだね」
啓介の順位が毎回どのくらいなのかを知っているのか、森本さんは苦笑するしかなかった。
「一君はどうなの?」
そんな時、隣に座る日菜さんが興味深そうに聞いてきたので、僕は簡潔に答えた。
「日菜さんの一個下」
「すごーい。あたしと一君で1,2位を独占なんて、とてもるんってするねっ」
自分の隣の席の人と順位が並んだのがうれしいのか、日菜さんは目を輝かせる。
「おい、大丈夫なのか?」
「うーん、やばいかも」
そんな時、田中君が不安そうに聞いてくるので、僕は軽く答える。
田中君は、僕の小学生時代のことを知っている。
小学生のころ、調子に乗ってすべてのテストで100点をたたき出した時のことを。
いきなり両親を呼ばれ、教室で親を交えてカンニングを疑われて話を聞かれたことを。
あれから、全科目の平均を98~99にするように調整していたのだが、ついつい調子に乗って調整をしなかったため、全科目100点をたたき出してしまったのだ。
『生徒の呼び出しをします。1年A組、美竹一樹君。至急職員室に来なさい。繰り返します―――』
「……」
僕の嫌な予感を肯定するように、先生からの呼び出しが入る。
「ごめん、僕先に行くね」
「大丈夫?」
「……わかんない」
僕は、なんとなく今後の展開を悟ってしまった。
だからこそ、そういう風にしか言えなかった。
そして、僕は心配そうに見てくる啓介たちに背を向けて、食堂を後にするのであった。
展開が早いような気もしますが、次回より本章はクライマックスになります。