職員室を訪れた僕は、奥のほうにある部屋に連れていかれた。
そこには担任の先生と、風紀指導部の主任の先生がいた。
「座りなさい」
僕は、促されるまま先生たちとは反対側の席に腰かける。
「さて、どうして呼んだかわかるかね?」
「テストの件ですか?」
もうすでに、先生たちの要件の見当はついていた。
「君は学年1位の氷川さんの隣の席らしいね? 残念ながら、君にカンニングの疑いがかかってるんだ」
要するに、僕が日菜さんのテストをカンニングしたと思っているのだ。
「私はカンニングなど一切しておりません。何でしたら、この場で再テストでも何でもしていただいて結構です」
僕のその主張は、受け入れられることはなかった。
「もちろんそれはさせてもらうが、疑いがある以上、君をこのままにしておくことはできない。美竹 一樹君。あなたを無期停学の仮処分を下します」
「美竹君、今週の日曜に違う内容の問題で再テストをします。それの結果によっては、さらに重い処分も検討しなくてはいけなくなります。でも、今ここで認めるのであれば、軽くすることができます。それでも、否定しますか?」
完全に刑事ドラマで無罪の犯人に自白させる悪い刑事と同じやり方だなと、僕は他人事のように思いながら、僕は頷いた。
「わかりました。では荷物をまとめて帰ってください」
「失礼します」
こうして、僕は停学になるのであった。
「あれ、RAINだ」
強制的に帰らされた僕は、これまでの授業の内容の復習をしていた。
別にしなくてもいいが、念には念をだ。
テストは今週の日曜……つまりあと二日だ。
そして、いったん休憩にしようとしたとき、スマホに届いていた『RAIN』のメッセージを読む。
その相手は日菜さんだった。
『ねえねえ、いきなり帰ってどーしたの?』
時間はすでに放課後だ。
なら返信しても大丈夫だろうと思い、僕は返信をする。
「カンニングしたって言われて停学になった」
『うわー、それはひどいね』
日菜さんですら引くレベルだった。
「まあ、週末に再テストをやるみたいだからそこでぐうの音も出ないほどやりこんでくるよ」
『おー! 頑張ってね!』
そのメッセージと共に、ガッツポーズをしているキャラクターの絵が送られてくる。
「ありがと。結果わかったら連絡するけど不要かな?」
『ううん。欲しいっ!』
本当に素直な人だなと思いながら、暫くやり取りをした後、復習を再開させるのであった。
「それじゃ、行ってきます」
「ああ、しっかり頑張りなさい」
日曜の朝、僕は義父さんに見送られる形で家を出る。
「迷惑かけてごめん」
「別にいい。お前に非がないことは今日で証明できるんだ」
その義父さん言葉が、僕にはとてもうれしくてたまらなかった。
義母さんも義父さんも、僕がカンニングをしたとは思ってもいないようで、怒られることもなかった。
逆に応援されてしまったほどだ。
蘭からは『どんまい』という言葉をもらったけど。
(さて、いつも通りに頑張りますか)
僕はそう気合を入れて、学園に向かうのであった。
再テストを行う場所はいつもの教室だった。
教室内には複数の教師の姿があり、物々しい雰囲気だった。
「そこに座りなさい」
とりあえず、指定された席に腰かけると、プリントが数枚配られる。
「時間は試験のときと同じく50分。ただし、回答を終えれば時間前でも終了は可能とする。では、始めなさい」
教師の言葉と同時に気下院が聞こえる。
おそらくストップウォッチでも持っているのだろう。
僕は無言で、プリントに書かれた問題文を見ながら解いていく。
(やっぱり変えてきてるな)
流石に同じ問題は出さないかと思いつつ、僕は解き続ける。
そして、50分経つと回答用紙を回収され、5分の休憩をはさんでまたテスト。
それを全教科分繰り返すつもりらしい。
各教科の問題を解き終え、チェックを終えた段階で手を上げて終わったことを告げれば、そこでその教科のテストは終了になるので、それを利用して急ピッチでテストを進めていくことにした。
そうでないと、時間をフルに使ってテストを受けると、何十時間もかかることになるからだ。
そして急ピッチで進めた結果、すべての科目の試験が終わったのは日が沈んだころだった。
「おはよう」
「おっはよー、今日から復帰だね。うん、とってもるん♪ってするねー」
週明けの月曜日、僕はいつものように日菜さんと一緒に他のメンバーの待ち合わせをしていた。
「おはよー」
「おいっすっ」
「おっす」
「おはよう一樹君、氷川さん」
そんな中、割と早めに来たので、僕たちは学園のほうに向かって歩き出す。
「それで、再テストで満点取ったのか?」
「もちろん、とったよ」
歩き始めてすぐに聞いてくる田中君に、僕は頷きながら答える。
「それにしても、災難だったね」
「本当だよ」
森本さんの言葉に、僕はため息交じりに相槌を打ちつつあの日の顛末を思い出す。
あの日、再テストを終えてすべての答案の添削をしたところ、
『ぜ、全科目百点です』
と、目をこれでもかと見開かせていた担任の先生の表情は、ある意味滑稽だった。
『し、信じられない。こんなことが』
そして、いまだに現実を受け入れられない主任の先生。
教室は、混とんと化していた。
『それで、僕の疑いは晴れたということで、いいんですね?』
その僕の言葉に、先生達は頷くしかなかった。
もちろん謝罪もしてもらった。
ものすごく嫌々そうではあったけど。
何はともあれ、結果的には僕にかけられたカンニングの疑いは晴れ、仮処分ももちろん取り消されて復帰できるようになった。
「でも、一樹がカンニングしたって噂が広まってるぞ。大丈夫か?」
「別に放っとくからいい。言いたい奴には言わせておけばいいんだ」
どうせクラスでは日菜さんや啓介以外の人と話していないんだ。
どう思われようが知ったこっちゃない。
(それに、僕に不名誉なうわさが広まった時はきっちりと濡れ衣を晴らしてもらうことは確約済みだし)
一応家にまで迷惑がいかないようにするのも忘れない。
(まあ、次からはいつものように平均点を99にするけど)
さすがに今回の一件はひどかったので、もう二度と全科目満点を取るのをやめようと誓ったのは言うまでもない。
「そうは言うけどな―――」
「そんな話よりさ、もっとるんってくる文化祭の話をしようよー」
無実の罪で処分されかけた僕に気を使ってなのか、それともただ単にテストの話に飽きただけなのか、どちらかは分からないが、日菜さんのその言葉で雰囲気は心なしか明るくなったような気がした。
「確か、来週末までには決めないといけないんだっけ」
僕が通う学園はどういう理由か文化祭が夏休み前に催される。
そのため、すでに学園中は文化祭の空気に包まれつつあったのだ。
「―――ちっ」
「あたしはね、お化け屋敷がいいなー。お化けになって皆をこう驚かせ―――っ」
日菜さんの言葉を遮るように響く乾いた音に、一瞬何が起こったのかわからなくなった。
それは、この場にいる全員も同じだった。
ある人を除いては。
「ふざけんじゃねえよ」
手を振りぬいた状態で口を開く田中君の声は、いつにもましてドスが効いていた。
それが、彼が本気でキレているということを理解させるのに十分すぎるものだった。
そうでなければ、田中君が女子に手を上げるなんてありえないんだから。
「元はと言えば、全部お前のせいじゃねえか!」
田中君の罵声を、日菜さんは叩かれた頬を抑えて唖然とした様子で聞いている。
たまたま人通りがないだけだが、もし、誰かが見れば人だかりができるほどの光景だった。
「勝手に俺たちの中に土足で入り込んできた挙句に、一樹は不正行為をしたっていうレッテルまで張られて。挙句の果てにはどうでもいいって何様だよっ!」
きっと、彼は我慢していたのかもしれない。
思えば、日菜さんが一緒に登校することになってから、田中君はずっと不機嫌そうな表情を浮かべていたような気がする。
「お前のせいで俺たちはものすごく迷惑なんだよ! 一樹、お前もそう思ってるんだろ?」
「え? あ……」
突然話を振られた僕は、思うように口が開けない。
自分の気持ちが全く把握できないのだ。
僕を見る日菜さんの表情は悲し気に見えた。
「―――っ」
「あ、日菜さ――――」
その沈黙を肯定と受け取ってしまったのか、日菜さんはそのまま僕たちに背を向けて走り去ってしまった。
僕はただ、走っていく彼女の背中を見ていることしかできなかった。
いよいよ次回で本章は最終話となります。
この章、本当に短いです。
追記:本文内で説明が不足していた箇所、および誤字があったため加筆・修正いたしました。