BanG Dream!~隣の天才~   作:TRcrant

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第35話 僕にとって

「はぁ……」

 

昼休み、僕は屋上で深いため息をつきながら一人寂しくお弁当を口にする。

おいしいはずなのに、全く味を感じられない。

あれから、日菜さんとは話をしていない。

いつもなら教室でも暇を見つけては話しかけてくるはずなのに、全くだ。

視線は感じるのだが、こっちが日菜さんのほうに視線を向けると、うつむいてしまう。

授業中にちょっかいも出されなくなったので、それはそれでよかったとも思うが、

 

「楽しくない。全然」

 

その一言に尽きた。

いつも通りの……それも僕の望んでいた平穏な日常を送っているはずなのに、とてもつまらないのだ。

まるで、この世界から色が消えてモノクロになったような不思議な感覚を僕は感じていた。

 

(なんで、あの時答えられなかったんだろう)

 

”違う”という言葉はすでにのどまで出かかっていた。

なのに、僕はその言葉を口にすることができなかった。

 

「ほんと、最低だ」

 

そのつぶやきは、僕の心境とは正反対の青空の中に溶けて消えていく。

この日、僕は誰とも話すこともなかった。

 

 

 

 

 

自宅に帰った僕は、義父さんの監修のもと、生け花を活ける。

 

「……」

「そこまでだ」

 

だが、それを義父さんに止められた。

 

「どうした? 調子でも悪いのか?」

「え?」

 

何のことかわからない様子であると悟ったのか、義父さんは無言で僕が活けていた花のほうに視線を向けさせる。

 

「何、これ?」

 

そこにあったのは、めちゃくちゃな作品だった。

 

(僕の考えていたのと、全然違う)

 

どうしてこんな状態になってしまったのか、僕には訳が分からなかった。

 

「今日の稽古はここまでにしよう。夕飯まで部屋で勉強でもしてきなさい」

「……ごめんなさい」

 

僕は義父さんに謝ると道具などを片付けて自室のほうに逃げ込む形で戻った。

 

(一体、僕はどうすれば……)

 

僕は出口のない迷路に迷い込んでいるような感覚を覚えた。

こういう時に相談に乗ってもらえる相手はいることにはいる。

だけど、それではだめだと思ったのだ。

この問題は僕が引き起こしたといっても過言ではない。

それの解決策を誰かに聞くというのは、僕の中では何かが違うんじゃないかなと思ったのだ。

 

(だから、僕一人で見つけるんだ)

 

そう意気込んだものの、結局何も見つかることもなく、夕飯の時間を迎えるのであった。

 

 

 

 

 

「ふう。さっぱりした」

 

夕飯を済まして、お風呂に入った僕はさっぱりとしていた。

 

(日菜さん、やっぱり連絡してこないか)

 

RAINのほうを気にしているが、再テストを無事に合格したことを祝いメッセージを最後に、何の連絡もしてきていない。

 

(僕は……)

 

色々な疑問が頭の中をぐるぐると回っている。

 

(どうして、こんなにつまんなく感じるんだろう?)

 

そんなの簡単だった。

僕は楽しんでいたのだ。

日菜さんのハチャメチャに振り回されることを。

だとするならば、僕があの時に何も言えなかったのは最悪の失敗だろう。

あそこでちゃんと否定していれば、日菜さんを傷つけずに済んだかもしれない。

 

「とにかく、日菜さんと話をしよう」

 

ちゃんと謝って、それで説明すれば仲直りができるかもしれない。

 

「それで、これを渡すんだ」

 

僕はそう呟くと、鞄の中に入れっぱなしになっていた封筒を取り出す。

それは先月ぐらいからずっと入れていたものだ。

僕は封筒の中から一枚の用紙を取り出す。

それは、『入部届』だ。

僕が考え続けていたこと。

それは入部をするということだった。

その部活は『天文部』

日菜さんと同じ部活だった。

何度も出そうとは思ったのだが、なかなか踏ん切りがつかなかった。

これを出してしまえば、何かが変わるという確証があったから。

だから、ずっと持ち続けていた。

でも、もうそんなことを気にしている場合ではない。

 

(それに、どんなに変わったって、僕たち皆の仲が悪くなるなんてない)

 

もう決意は決まった。

遅すぎるとは思うけど。

だからこそ、もう一つだけはっきりとさせておかなければいけないことがある。

 

(僕にとって、日菜さんは……)

 

でも、そんなことはすでに決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の昼休み。

 

「………なんだよ。話って」

 

僕は屋上に田中君を話があると言って連れてきていた。

 

「日菜さんに謝って」

「……悪いが、断る」

 

だが、返ってきたのは冷たい言葉だった。

 

「お前はなぜ、あいつの肩を持つ? あいつに気でもあるのか?」

「わからない。でも……何となく似てるんだよね。僕と」

 

田中君の指摘通りかもしれない。

でも、そんなものは分からない。

ただわかることは一つだけ。

僕と似た何かを感じるのだ。

 

『氷川さんってさー、ちょっとムカつかない?』

 

ふと、蘇るのは順位を確認した時に聞いた、日菜さんに対する陰口。

それらは日菜さんのことを何も知らずに、ただただ自分が感じたことだけで言っているようにも見える。

 

「……」

 

田中君も、僕の言わんとすることを察したのか、無言だった。

 

「才能があるから誰にも理解されず、ただ反感だけを買っていく。それが僕と同じだなって」

「お前は違うだろ」

 

田中君がフォローしてくれるが、僕はそれに首を横に振って否定する。

 

「僕には、みんながいたから。だからだよ。でも、日菜さんには? 日菜さんには誰がいるの?」

 

思えば、彼女が僕と同じ世界の人だと知った時に気づくべきだった。

彼女の”孤独”というものを。

 

「小学生のころさ、僕がカンニングを疑われたとき、皆で僕のことを守ってくれたでしょ?」

「……そうだな」

 

小学生の時、僕は全科目百点を取った際に、先生からカンニングを疑われた。

その時、それを聞いたみんなが”それは違う”と先生に直談判してくれたのだ。

小学生の時のことだけど、その時の嬉しい気持ちは今でもちゃんと覚えている。

 

「だから、今度は僕の番。僕とみんなで日菜さんの味方になりたいんだ」

 

偽善と言われてもいい。

彼女を放っておけないのだ。

今の日菜さんは昔、僕が誰からも守ってもらえなかった時になっていたかもしれない自分の姿なのだから。

 

「一樹……お前、変わったな」

「僕だって、少しは成長するよ」

 

久しぶりに、田中君の笑みを浮かべた表情を見たかもしれない。

こうして、僕は改めて自分の気持ちを整理することができた。

 

 

 

 

 

「おい、待てって」

「いいから、一緒に来る」

 

放課後、僕は田中君の手を引いて日菜さんがいるであろう場所を探していた。

だが、田中君が必死に抵抗するためうまく進まない。

 

「俺は謝らないぞ。悪いのはあっちだ。それだけは絶対に譲らねえ」

「だとしても、女子に暴力をふるうのは――あ!?」

 

田中君を諭そうとした僕の一瞬の隙をついて、手を振り払うとそのまま走り去ってしまった。

 

(しょうがない。僕だけでも行こう)

 

僕は一人で、日菜さんの姿を探すことにした。

屋上などを探して、残すのは彼女が所属している部活である『天文部』の部室のみとなった。

天文部の部室があるのは『特別棟』と呼ばれる区画で、様々な部活動の拠点がある。

主に文科系の部活が中心にあるらしく、特別棟には人の姿を見かけない。

だが、

 

(あった)

 

やがて、僕は目当ての部室がある場所を見つけた。

そこは『天文部』だった。

今日、日菜さんが部活動をすることは少し前に聞いていたので、間違いなくここにいるはずだ。

僕は一度深呼吸をすると、天文部の部室のドアをノックする。

すると、ドアが開かれ黒髪を腰元まで伸ばしている女子学生が現れた。

どうやらこの人が日菜さんの言っていた先輩のようだ。

 

「おやおや、お客さんかと思えば話題の男子ではないか。さて、迷える子羊よ。ここに何の用かね?」

「えっと……氷川さんはいらっしゃいますか?」

 

(確かに、日菜さんの言うとおりの人だ)

 

軽く話しただけなのに、日菜さんの言うとおりだということが分かるほどすごい人だった。

 

「氷川君だね、ちょっと待っててくれるかね」

 

そう言って中に入ること数十秒。

 

「……何?」

 

開かれたドアから姿を現したのは、日菜さんだった。

その表情はとても寂しそうで、怯えているようにも見えた。

 

「話したいことがあるんだ。少し付き合ってもらってもいい?」

「……うん。少しだけなら」

 

とりあえず最初の関門は突破できた。

僕は日菜さんを連れてそのまま屋上に向かう。

理由は単純にそこなら話ができると思ったからだ。

屋上にたどり着くと、やはりそこには誰の姿もなかった。

 

「何? 一君」

 

立ち止まった僕に、日菜さんが用件を尋ねる。

 

「この間はごめんっ」

「え?」

 

突然の僕の謝罪に、日菜さんは困惑した様子で声を上げる。

 

「なんで、一君が謝るの? 悪いのはあたしだよ」

「あの時、僕が何も言わなかったから、日菜さんを傷つけてしまった」

 

僕はそう言うと、懐から茶封筒を取り出す。

 

「こんなタイミングで渡すのは、卑怯だってこと思うし、本当はこういうのを渡すのは日菜さんじゃないんだけど、受け取ってほしいんだ。これが僕の本当の気持ちだ」

 

何時それを渡そうかと思っていたが、渡すタイミングは今しかなかった。

 

 

「これって、入部届……え?」

「僕、天文部に入部することにしたんだ」

 

入部届を手に、日菜さんが目を瞬かせる様子は、こういう時でなければ意外だなとのんきに考えることができたのかもしれないが、今はそんな余裕はない。

最初こそ驚いていた日菜さんだったが、その表情を曇らせる。

 

「でも……あたしと一緒にいたら、また一君に迷惑をかけちゃう」

「日菜さんと最初に話したときは、確かにちょっと鬱陶しいって思ったことはあったよ」

 

こういう時は本当のことを言わなければだめだと思い、僕は思っていたことをそのまま口にする。

教室で話しかけられた時の僕は、自分の中に入り込んでかき乱していく日菜さんのことを、内心で鬱陶しく思っていた。

 

「だから――――」

「でも、今まで一度たりとも僕は日菜さんのことを迷惑だなんて思ったことはない」

 

寂しそうな表情を浮かべる日菜さんの言葉を遮って、僕はそう言い切った。

 

「今では楽しんでいるんだよ、これでも。日菜さんと会ってから、僕はいろいろな世界を見れるようになったって思うから……だから」

 

僕はそこで一度深呼吸をする。

 

『僕にとって、氷川日菜とはどういう存在か』

 

前から感じていた疑問の答えを僕は口にする。

 

「だから君と仲直りをしたい。それで友達になってほしいんだ」

「……ひっく」

 

日菜さんは再び驚いた様子で僕を見る。

だが、その目は涙目になっていた。

 

「え!?」

 

突然泣き始める日菜さんに、僕は慌てふためいた。

 

「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ。嬉しいはずなのにっ……涙が出ちゃって」

「……僕も、ごめんね」

 

嗚咽交じりに謝ってくる日菜さんに、僕はただ謝罪の言葉を口にすることしかできなかった。

本当は頭をなでるか慰めるかすればよかったのかもしれないが、僕にはハードルが高すぎた。

僕はしばらく、彼女が落ち着くのを待つのであった。

 

 

 

 

 

「な、なんだか恥ずかしいね」

「そうだね」

泣くところを見られたからか、頬を赤く染めて俯く彼女に、僕は頭を掻きながら返す。

話しかけようとするが、なかなか話しかけられない。

 

「あー、お取込み中のところ悪いけど」

「「っ!!?」」

 

そんな時、僕の後ろのほうから聞こえてきた田中君の声に、慌てて距離をとった。

 

「た、田中君?」

 

慌てたためか、語尾で思いっきり声が高くなってしまった。

 

「氷川、その……なんだ」

 

そんな僕の醜態に、田中君は目もくれず頭を掻きながら視線をあちこちに移したのちに

 

「顔、叩いてすまなかった」

 

ぶっきらぼうではあったけど、頭を下げて謝罪の言葉を口にした。

 

「ううん。あたしのほうも、ごめんなさい」

 

そして叩かれた日菜さんもまた謝った。

 

「それじゃ、悪いけど俺は先に帰るから、続きをどうぞ」

「っ!」

「田中君っ!!」

 

からかうように言う田中君に、日菜さんは自分がしていたことを思い出したのだろうか、顔を赤くする。

いや、きっと僕も赤くなってるかもしれない。

そんな僕たちの様子を田中君は笑うと

 

「二人とも。明日、待ってるぞ」

「……うん」

 

それは彼なりの受け入れたことを告げるものだったのかもしれない。

こうして、僕たちの問題は無事に解決することができた。

 

「あ、そうだ」

 

部室前まで、日菜さんを送り届けた僕は、日菜さんにある頼みごとをする。

 

「入部届を部長に渡すのは明日まで待ってほしいんだけど」

「え、なんで?」

 

僕は今更ではあるが、ある問題に気付いたのだ。

 

「親に許可取るの忘れてた」

「……一君って、時々抜けてるよねー」

 

日菜さんのそのツッコミは、とても心に深く突き刺さる。

思い立ったがなんとやら……勢いで持ってきたため、まだ義父さんの許可をとっていないのだ。

 

「それじゃ、明日渡すね」

「お願い」

 

僕は入部届を日菜に託して、その場を後にする。

 

「一君!」

 

そんな僕を、日菜さんが呼び止める。

 

「ありがと!」

「……どういたしまして」

 

振り返った僕に言われた、日菜さんのお礼に僕はそう返して、今度こそその場を後にした。

 

 

 

 

 

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

翌日、僕はいつものように、待ち合わせ場所に向かって歩き出す。

 

(二つ返事でOKもらったけど、いいのかな?)

 

義父さんに部活をやりたいといったところ

 

『別に構わない。一樹は少し引っ込み思案なところがあるからな、好きなようにやりなさい』

 

と二つ返事でOKをもらうことができた。

一応養子とはいえ長男になるため、自由が許されるとは思ってもいなかった。

とはいえ、”ただし”と前置きを置いたうえで続けられたのは、条件だったけど。

それも『家業を疎かにしないこと』、『門限に遅れるときは早めに連絡をすること』、『悪いことはしないこと』という三つのだ。

 

(まあ、やり切って見せるけどね)

 

家元としての勉強も、今後ちゃんとしていく必要もある。

やることは増えたが、それでも何とかなりそうだという根拠のない自信があった。

 

「あ、一君っ!」

「うわ!?」

 

そんな時、後ろから思いっきりタックルされた僕は、思いっきり前によろめく。

 

「おはよー、一君♪」

「……おはよう、日菜さん」

 

満面の笑みであいさつをしてくる日菜さんはいつもより、どこかうれしそうな気がした。

 

「あ、部活の件だけど、義父さん大丈夫だって」

「本当!? それじゃ、あたしこの入部届を部長に渡してくるねー! うん、とってもるん♪ってするねー」

 

いつもよりテンション高めの日菜さんに、僕は苦笑しつつも、待ち合わせ場所に向けて足を進める。

 

(日菜さんにタックルをしてくるのをやめるように言わないとね)

 

たぶん言ってもやめないだろうなとは思うけど。

 

「あ、皆だ。おっはよー!」

 

心の中で苦笑してると、待ち合わせ場所に就いたようで、みんなが経って待っていた。

 

(やれやれ)

 

皆に手を振りながら駆けだす日菜さんに僕は苦笑しながらその後を追う。

それが、新しい僕たちの”いつも”の登校風景になった瞬間なのかもしれない。

 

 

 

『僕にとって、日菜さんは何なのか?』

 

もかしたら、僕が導き出したその答えは、間違いかもしれない。

でも、今はそれでいい。

正しい答えなんて、後から出てくるものなのだから。

 

「一くーん! 早くしないとおいてっちゃうよー!」

「今行く!」

 

そんなことを思いながら、みんなのところに走っていく僕たちの上空には、雲一つない青空が広がっていた。

 

 

第3章、完

 




ということで、今回で本章は完結となります。
4話という短い話でしたが、一章の長さが2話の時もあったので、それと比べるとまだましなのかもしれません(汗)

ということで、次章予告を

―――

ついに訪れる文化祭。
それは様々な波乱をもたらす。
その波乱は彼の心を変えるものとなる。

次章、第4章『文化祭と燃ゆる炎』

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