今回は文化祭がメインの話です。
第36話 波乱の催し決め
とあるファミレスで4人の男女が集まっていた。
それぞれが頼んだものであろう、コーヒーなどの飲み物があるが、口をつけるものはいない。
「啓介、もう一度言ってくれ」
「ああ。俺やっぱりもう一回バンドがやりたいんだ。皆と一緒にな」
啓介はそう言い切り一緒に来ていた聡志、裕美、明美の顔を見る。
それぞれが、暗い表情を浮かべて俯くだけだった。
「俺としては反対だ」
「どうしてだよ」
「一樹だ」
聡志は簡潔に名前を告げる。
「今の一樹は、完全に音楽に対しての情熱が薄れている。そんな状態で話を持ち掛けたところで断られるのがオチだ」
「それは、俺たちで説得すれば――「できるのか? あいつはああ見えて一度決めたことはそう簡単には変えないぞ」――それ……は」
聡志の反論に、啓介はついに押し黙ってしまった。
「あはは、頑固な聡志に言われたら一樹も元も子もないね」
「あ、明美ちゃん。笑ったらかわいそうだよ」
そんな光景に静かに笑う明美を窘める裕美の二人だったが、やがて明美は笑うのをやめて、それを見計らった聡志はさらに言葉をつづけた。
「それに、仮にこの問題をクリアできたとしても、もう一つの重大な問題がある」
「問題? それは一体」
「演奏技術だ」
聡志のその言葉で、全員は悟った。
「俺たちは毎日練習をして、あそこまで行けた。バンドを解散した後も、俺たちだけで放課後こっそりと練習をしているから、それほど腕は鈍ってはいないはずだ。だが、一樹はどうだ?」
「一樹も練習……するわけないよな。家業を継ぐための勉強をしているくらいだし」
音楽というのは日々の練習がものをいう。
それは音楽に限った話ではないが。
そして、鈍った腕を取り戻すのは簡単にはいかない。
例えるなら、スポーツの練習で1日休んだ場合、その1日分の力を取り戻すには3倍の時間をかけなければいけないほどだ。
「この間一樹が俺を強引に手を取って連れて行った時があったんだが、そん時の一樹の……柔らかかったんだ」
『………』
しみじみとした様子で語る聡志から、全員が距離をとる。
その視線はとても冷ややかなものだった。
「な、なんだよ?」
「さ、聡志がそういうのだったなんて」
「お、俺は応援するぞ!」
「はぅぅ~」
「んなっ!? そういう意味じゃない! 指先の皮膚が柔らかいって話だっ」
啓介たちの言葉で、何を考えていたのかが分かったのか、聡志は慌てて弁明した。
「なんだ~、びっくりした」
「だけど、指先が柔らかくなっても、それほど支障はないんじゃ?」
「ないだろうが、それほどギターを弾いていないということになる。つまり……」
「一樹のギターの腕が落ちている可能性があるって、事?」
明美の言葉を肯定するように、聡志は頷く。
「そんな状態でも、啓介はあの計画を実行に移すつもりなのか?」
「……ああ。これは俺のわがままだし、カケだ。でも、俺は一樹の心の中にあるギタリストとしての炎が消えてないって信じてる」
啓介の言葉に、誰も反論するものはいなかった。
「なら、決まりだな」
「うん。あの計画を実行に移そう」
「決行は7月に開かれる”羽丘の文化祭”だ」
こうして、一樹のいない場所で、とある作戦が実行に移されることとなるのであった。
BanG Dream!~隣の天才~ 第4章『文化祭と燃ゆる炎』
今僕は非常に面倒な状況にいる。
場所は羽丘学園の一年A組の教室。
6限目の授業中なのだが、この日は来月に迫った文化祭の催しを決めるための話し合いの時間に充てられることとなった。
そこまでなら別に構わない。
何が問題なのかというと
「だから、なんでコスプレなんてしないといけないのっ」
「コスプレ言うな! メイド服だ!」
「同じじゃん!」
といった感じで繰り広げられる争いだ。
念のために言うが、今現在文化祭の催しを決めるための話し合いを行っている。
では、どうしてこのような混とんとした状況になったのか?
それはある人物が愚かにも投げ込んだ爆弾によるものだった。
『はい! 俺は”メイド喫茶”を提案しますっ!!』
そう大声で宣言した瞬間、数少ない男子たちが、一斉に歓声を上げる。
だが、それに女子が反対するのも当然で、今の状態となっている。
(というか、早く帰りたい)
このまま決まらないと、決まるまで帰れないというのが、先生の言葉だ。
状況としては、反対が98%、賛成が1%、中立が1%。
どうあがいても却下されるのがオチだ。
反対しているのが女子の時点でもうわかり切ってることだけど。
「で、今井さんはどっち?」
「うーん、アタシは反対かな。ちょっと恥ずかしいし」
ふと気になった僕は、今井さんの席に移動して聞いてみたが、やはり反対のようだった。
これが普通だろう。
「ねーねー、一君もいいと思うよね? メイド喫茶」
尤も、女子の中にも日菜さんのような変わり者はいるけど。
「ツッコみたいところはいろいろあるけど、女子が恥ずかしいのであれば男子である僕も恥ずかしいと思っていても普通でしょ」
(あ、今男子も女装させるって言ったやつがいる)
かなり賛成派も追い詰められているのだろう。
そうでなければ、女装させるという正気の沙汰ではないような案は出ないはずだ。
「そんなの見たくないわよ!」
まあ、一瞬で却下されたけど。
授業時間も残り10分を切っている。
このままだと日が暮れるのは明らかだ。
(とはいえ、喫茶店という案は魅力的だ。お化け屋敷とかにしたらまずいし)
日菜さん提案の”お化け屋敷”だけは絶対に阻止しなければいけない。
なぜならば、
『あたしの考えているお化け屋敷はねー、入った瞬間に、どよーんとして、進んでいくとピカピカっていう感じになって、でお化けがにょわーと出て――――』
という日菜さん考案のお化け屋敷の計画案のせいだ。
こんな擬音だらけの計画を実行に移すには、まずこの擬音満載の言葉を解読するしかない。
当然だけど、このクラスにはそんなスキルを持つ者は誰もいないので、非常に難しいのは明らかだ。
(というか、一体どんなお化け屋敷にさせるつもりだったんだ?)
そんな疑問を抱くが、とりあえずそれは置いとくとしよう。
(喫茶店で行くとして、ネックになってるのは衣装。ならば)
僕はある案を思いついた。
それは、この混とんとした話し合いを終わらせられる落としどころになるかもしれないものだ。
「ちょっといい?」
「お、一君の目がキュピーンってなった」
手を上げる僕に、先ほどまで言い争っていたクラスのみんなの視線が集まる。
今井さんの席の近くにいる僕のそばにまで来ていた日菜さんの擬音交じりの言葉は、とりあえず考えないことにした。
「僕は、”喫茶店”を提案させてもらう」
「おー、一樹もメイド服の魅力が分かったのか!」
「サイッテー」
男子からは歓声が、女子(二名を除いて)ブーイングが沸き起こる。
(ていうか、別に啓介のフォローをするつもりはないし)
この混とんとした状況の要因になった提案をした啓介に心の中でツッコみを入れつつ、僕は説明を始める。
「僕の提案する喫茶店は、衣装が学園の制服の上にエプロンをつけるだけ、メイド服とかは着たい人が着るようにする。それなら別に問題はないはずだけど」
『……』
衣装が問題になっているのであれば、それ自体を解決すればいいだけのこと。
「喫茶店っていう案はいいものだし、僕はこっちのほうがいいと思う。尤も衣装について徹夜で議論したいというのであれば、別に反対してくれてもかまわないけど」
教室内にざわめきが走る中、ついにタイムリミットを迎えたのか、クラスの代表である二人のクラスメイトが声を上げる。
「それでは、多数決を取ります。メイド喫茶に賛成の人は挙手を」
しばらく経って、手を上げたのは立案者である啓介だけだった。
「では、喫茶店に賛成の人」
「なぜ!?」
一斉にあげられる手に、啓介が声を上げるが結果は覆らない。
その後いくつかの催しが読み上げられた結果
「それでは、1年A組の文化祭の出し物は『喫茶店』に決まりました」
クラスの大半の支持を得て喫茶店となった。