これからも、読者の方に楽しんでもらえるよう、一層の努力をする所存です。
それでは、本篇をどうぞ。
文化祭まで残り2日となったこの日、僕は約束通り、演劇部を訪れていた。
「待ってたよ。さあ、早速で悪いけどこの衣装を着てくれないかい。採寸をしたいそうだ」
出迎えてくれた薫さんに案内されるように奥のほうに行くと、そこは少しだけ広い部屋になっていた。
端のほうにある道具から見て、ここが練習場所のようだ。
「わかった」
僕は薫さんに手渡された衣装を手にすると、制服の上に着る形で衣装に着替えた。
「失礼します………はい、大丈夫ですね」
どうやら、本当に衣装のサイズはあっていたようで、眼鏡をかけた短めの紙の女子学生はそのままどこかに歩いて行った。
「さて、それじゃ読み合わせをしてもらうわけだけど、美竹君。セリフはすべて覚えてきたわね?」
「はい」
続いて現れた部長の問いかけに、僕は頷きながら答える。
そして読み合わせが始まった。
ぴりついた空気の中、僕と薫さんは向き合うように立っていた。
「王よ、どうか、私のお言葉をお聞きください。民の者に施しを」
「何を言うか、ヴァレギウス。民など我々貴族の駒にしかすぎぬ。そんなものに何ゆえ、施しを与えなければならないのだ?」
薫さん演じるヴァレギウスは、ものすごく様になっており、まるでこの物語の登場人物が本から飛び出したのではないかと思えるほどの臨場感があった。
「王よ! それでもあなたは人間なんですか! どうしてそのような非常なことをお考えになられるのですか!」
「それをお前に答える義理などない。もうよい、自分の持ち場に戻り職務を遂行したまえ」
「そこまで!」
一つのシーンが終わったのか、部長が止めに入る。
その瞬間、ぴりついた空気は一瞬にして消え去り、元の雰囲気に戻っていく。
「いやー、美竹君。とてもすごい演技だったよ」
「ああ、思わず私も、演技に熱が入ってしまった」
「いえ、僕は思い出すのだけで精一杯でしたから」
戻るのと同時に駆けられる部長と薫さんの賛辞に、視線をそらしながら応じた。
「謙遜を。セリフもしっかりと覚えているし、うちの部に欲しいくらいね」
「………」
部長のその言葉に、僕はあえて何も答えなかった。
どう答えてもややこしくなってしまうことに気づいたからかもしれない。
「少しだけ休憩にして、読み合わせの続きをしましょう。あと、明日にはリハをやるから、気合を入れるように」
「「はい(わかりました)」」
部長の言葉に返事をして僕たちは休憩となった。
「お疲れさま、一樹」
「薫さんも、お疲れ様」
とりあえず部屋の隅の窓側で、一息ついていると、薫さんが労いの声をかけてくる。
「大変素晴らしい演技だった。部長も冗談めかして言っているが、本気だろう」
「ちょっと複雑です」
なんとなくそんな気はしていたが、もしそうだとしたら、そのことを喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのか。
「どうしてだい。普通は喜ぶものだと思うが……」
「僕、役者ってあまり好きんじゃないんですよね」
本当は”とても”だったが、目の前にその役者の卵になるかもしれない人がいるので、嘘を吐いた。
「それはどうしてだい? 普通の人なら、その個人に対して好き嫌いがあれど、”役者”という括り自体に対してするというのは珍しい」
「理由は……すみません、忘れました」
それもまた嘘だ。
理由を話しても、理解されるはずがない。
「それは、悪いことを聞いてしまったかな」
「いえ、気にしないでください」
「はい、そこの二人。休憩は終わりよ」
話がひと段落着いたところで、部長から声をかけられたため、練習を再開させるべく部長のもとに集まるのであった。
「ただいま」
「おかえり、一樹」
家に戻ると、義母さんがいつものように出迎えてくれる。
「夕飯まで少しかかるから、部屋でゆっくり休んでいなさい」
「わかった。そうするよ」
時間的にもあと少しで完成かなと踏んで、僕は部屋に行って着替えることにした。
義母さんは夕食を大体決まった時間に出来上がるようにしているので、時間の計算がとてもしやすいのだ。
部屋に入った僕は、制服をハンガーにかけてクローゼットに入れると、用意しておいた普段着を着こむ。
「あ……」
最後にクローゼットを閉めようと視線を落としたとき、いつも
「……」
一度目に入れば手に取らざるをえなくなるため、僕はそれを手にする。
それはギターケースだった。
家を引っ越す際に持ってきた身の回りのものの一つだ。
(これを開けるのも半年ぶりか)
H&Pとしての最後のライブでもある『SMS』から一切開けることをやめたギターを、僕は最後のライブに出てから初めて開いたのだ。
「久しぶりだな、この感触」
中から取り出した愛用のギター、ストラトキャスターを手にすると、半年以上も持っていないのに、手に馴染んだ。
(そういえば、このギターって色々と無理して買ったっけ)
当時小学生で、本一冊を買のでさえ踏ん切りがつかないほどだった僕が、数万もするギターを買うなどもはや夢のまた夢。
お年玉やお小遣いなどを前借して、親の手伝いをしてお駄賃をもらって、バンドをやりたいと思ってから半年してようやく手に入れたのだ。
あの時の感動は、今でも忘れない。
最初に手にしたときは、その高額さに両手両足を震わせて、弦をはじくのだって怖くてできなかったくらいだ。
それから5人そろっての練習を始め、ようやくまともな音を奏でられるようになったときは、僕たち5人ではしゃいだものだ。
(あれから4年。こいつとは長い付き合いだな)
このストラトキャスターは、様々なジャンルにとらわれない音を奏でることができる万能型のギターと言っても過言ではない。
いつも、僕の”こんな感じにしたい”という願いを形にさせてくれたこのギターは、僕にとっては相棒以上の存在だった。
「なんで、今更こんな気持ちに」
それもこれも、全部
「一樹!」
練習を終え、クラスの準備に戻ろうとした僕のもとに、田中君が駆け寄ってくる。
「田中君、それに啓介も」
「大変なんだ、一樹」
二人の様子から、事の重大性を悟った僕は、はやる気持ちを抑えて無言で二人に続きを促す。
「実は、少し前から世話になっている先輩がいるんだけど、その先輩が風邪で休んでいるんだ」
(それが一体……)
どういう関係があるのかと疑問に思うが、あえて口を挟まずに啓介の言葉を聞く。
「その先輩、軽音部の部員で。先輩が風邪になったからって、ほかのメンバーもライブを自重しちゃったんだ」
二人の話を要約すると、啓介がしたっている先輩が風邪で休んでいる。
その先輩は部活のバンドのメンバーで、文化祭でライブをやる予定だった。
だが、休んだことを理由にバンド自体が出演を自粛。
そのバンドの持ち時間が、空白になっており今更埋めることができない状況。
どうしようかと悩んでいたところで、ピアノが弾けることを知っていた生徒会の役員が啓介を繋ぎとして指名。
そして、啓介に巻き込まれる形で、田中君や森本さんたちも演奏をやることになり、残るのギターを担当する僕だけなのだとか。
(なんだか、いろいろ変なところがあるんだけど)
生徒会役員が啓介のピアノの腕を知っていることとか、すんなりと僕以外のメンバーがノリノリで集まっていることとか。
「それで、一樹も一緒に演奏してほしいんだ」
「悪いけど、僕は無理」
僕は即答で断る。
「もう半年も弾いていないし、こっちは代役で忙しいんだ。そっちのほうをする余裕なんてない」
それは嘘だ。
半年以上も言いていないから、うまく弾けるかわからないのは本当だが、代役をするからと言ってライブをする余裕がなくなることはない。
「俺の知っている一樹だったら、例え大量の役割を押し付けられても、ライブのほうも力を入れる余裕はあるはずだ」
そんなウソも、田中君にはすべてお見通しだった。
「でも……僕は」
「一樹」
僕の名前を呼ぶ啓介のその表情は、いつもの不真面目でいい加減な感じのものではなく、いつになく真剣で僕の心の中まで深く入り込んでくるようなものになっていた。
「これ、セットリストと譜面と曲のデータ……待ってるから」
半ば強引に手渡されすと、二人は僕の前から去っていった。
「……僕にギターをやる資格なんて」
「一樹ー、ごはんよー」
僕のつぶやきも、下から聞こえる義母さんの声にかき消される。
「今行く!」
それに答えた僕は、素早くギターをしまい、クローゼットに入れるとそのまま部屋を後にした。
こうして、ついに文化祭の日を迎える。
いよいよ次回から文化祭の話が始まります。