BanG Dream!~隣の天才~   作:TRcrant

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ついに文化祭が始まります。


第41話 舞台と予想外

ついに迎えた文化祭当日。

すべての準備は完了し、開始の合図を教室で待つ。

クラスのみんなの服装は全員制服の上にエプロンであり、誰一人メイド服を着る人はいない。

 

「一君、見て見て―! 似合ってる?」

 

そんな中、一人だけメイド服を着こんでいる日菜さんは、ノリノリでウインクしながら僕に聞いてくる。

 

『うぉぉ!』

「神様! 今まで生かさせてくれてありがとうございますっ」

「メイド最高! フォーっ」

 

そんな日菜さんの姿に、男子の全員は雄たけびを上げて、わけのわからないことを口走る。

……女子たちの冷たい視線も気にせずに。

 

「うん、とっても似合ってる」

「えへへー。やっぱり、『おかえりなさいませご主人様?』って言ったほうがいいのかなー?」

「言わなくていいから。というより言わないで」

 

日菜さんが言うと威力が高すぎる。

現に、男子の数人が卒倒したし。

 

「ひ、日菜たん……萌え~」

 

(変態だ。変態がいる)

 

男の僕ですら引くぞ、これ。

 

『ただいまより羽丘学園文化祭を執り行います』

 

そんな混とんと化した状況の中、そのアナウンスによって、いよいよ文化祭は始まりとなるのであった。

 

 

 

 

 

「美竹君! お菓子追加!」

「了解!」

 

文化祭が始まって十分も経過した頃には、すでに教室は地獄と化していた。

 

「一樹、待ちが後10人いるから頑張るぞ!」

「OK!」

 

どういうわけか、人が大勢押しかけているのだ。

 

(まあ、理由は見当がついてるけど)

 

おそらく半分ほどは今井さん作のクッキーのおいしさが口コミで広がったためだろう。

だが、もう半分は……

 

「一君、これもらうねー」

「いいよ」

 

今お皿を取りに来た日菜さんの存在だ。

彼女のメイド服姿目当てに、お客さんが詰めかけているのだ。

 

(まあ、しばらくすれば落ち着くとは思うけど)

 

さっきから注文繰り返してる人がいたりするけど大丈夫かなと、不安になってしまう。

 

「一君」

「何?」

 

そんな時、バックルーム顔をのぞかせる日菜さんは、満面の笑みで

 

「人が多くて、るんっ♪てくるね!」

 

と言って戻っていく。

 

(ある意味すごいよ、日菜さん)

 

僕は日菜さんにある種の尊敬をした瞬間だった。

 

 

 

 

 

お昼休みを挟んだ午後、僕は講堂の舞台袖にいた。

 

「はぁ……」

「おやおや、どうしたんだい?」

 

深いため息を吐く僕に、甲冑着の衣装を着ている薫さんが話しかける。

 

「もしかして、緊張しているのかな」

「もしかしなくても、緊張しますよ。これ」

 

僕たち演劇の出番が近づく中、僕はある理由で緊張しまくっていた。

 

「あはは、何も心配はいらないさ。君の演技力ならば、ここに来てくれた子猫ちゃんたちを魅了せるだろう。ああ、儚い」

「そうですね、ここに押し寄せてる人たちを、ですよね」

 

さっき、舞台袖から講堂を覗き見た時、かなり大勢の人の姿が見えた。

いつもの僕であれば、どれだけ観客がいようとも平気なのだが、今回はわけが違う。

 

(薫さま、か)

 

教室からこの講堂に来るまですれ違う人から聞こえた単語だ。

薫さんはその見た目や演技の腕で、かなりのファンがいるらしい。

 

『その役は彼女との言葉のやり取りがあるのよ。それが一番の目玉でもあり、下手なものを見せられないの』

 

部長の言葉の意味を、僕はどうやら軽く考えすぎていたようだ。

確かに、この状態では下手なものを見せられない。

見せてしまえば、大ブーイング間違いなしだ。

 

(大丈夫。ちゃんと練習はしてるんだ。無事に薫さんを引き立てて見せるさ)

 

それが、悪役を演じる僕の務めだ。

 

「いい顔だ。さあ、開演だ」

 

薫さんの言葉に頷いて、僕は舞台に挑むのであった。

 

 

 

 

 

「何だと? ヴァレギウスが反旗を翻しただと?」

「はい、先ほどエバルト様から、通達がありました」

 

劇も順調に進んでいき、ついに終盤のほうまで来た。

今は、王役の僕と、家来とのやり取りの場面だ。

このシーンが終われば、最後の場面までの出番はない。

 

「あの愚か者め、この私の慈悲を忘れたと申すかっ」

 

怒りに任せて、手に持っていた作り物の剣を床にたたきつける。

 

(なんか、すごくいい音したけど)

 

アドリブでやったのだが、あまりこういうのはやめたほうがいいのかもしれないなと反省しつつ、セリフを続ける。

 

「我が国の貴族に通達を出せ。反逆者、ヴァレギウスを殺すのだ! 殺した者には褒美を取らせる!」

「御意っ」

 

僕の指示にお辞儀をして去っていく家来役の部員たち。

そして、全員が舞台袖に移動したところで、僕は観客側のほうを向いて立つ。

 

「この私を怒らせたこと、後悔させてくれようぞ!」

 

そのセリフを合図に照明がゆっくりと消え、暗闇に紛れて静かに僕は舞台袖に移動する。

そこから先の記憶はない。

というか、無我夢中でやっていたから何が何だかさっぱり覚えていないのだ。

ただ、覚えているのは

 

「これで、この国に希望の光が差し込むのだっ」

 

地面で横になる僕の頭上ではきはきと言い切る薫さんのセリフと、会場から聞こえる拍手の音だけだった。

 

 

 

 

 

「いやー、お疲れ様。とてもいい舞台だったわ」

「ありがとうございます。部長もお疲れ様です」

 

劇が終わり、興奮冷めやらぬ様子の部長の労いの言葉に、僕もまた労いの言葉を返す。

 

「さっき、観客の人の話が聞こえてきたけど、美竹君の評判良いわよ。まるで生まれ変わりのようだったって」

「あはは……悪役なんですけどね」

 

悪役で生まれ変わりみたいによかったと言われてもあまり嬉しくない。

 

「どのような役であっても、君の演技が評価された……それは喜ぶべきだよ」

「そうですね。そうします」

 

薫さんの言葉を受けて、僕は考えを改める。

 

「さて、本題に入るんだけど」

 

部長は、そこで話題を変えると真剣な表情で僕を見る。

 

「君の今回の劇を見て、我が演劇部に招きたい。私たちと一緒に演劇を続けていく気はないかね?」

 

それは、勧誘だった。

薫さんの言うとおり、本気で僕を演劇部に入れようとしていたようだ。

 

「私はこれで引退だけれども、君の実力でなら薫君と美竹君の二人がこの部活の顔になることは間違いない。それほど、君の演技力は高かった。どうだろうか。演劇部に入ってくれないかね」

「………すみません。大変ありがたい話ですけど、お断りします」

 

少しだけ考えた結果が、それだった。

 

「それは、前に言っていたのと同じ理由だから、かな」

「それもありますけど……僕がここで本格的に始めるには、まだまだ力不足です。演技力は置いとくとしても、もしそれをするのであれば、もう少し自分の気持ちの整理ができてからにしたいんです。そうでなければ、皆さんに失礼ですから」

「……そう。とても残念だわ。でも、君が薫君と同じ舞台に立っている時を楽しみに待ってるわ」

 

僕の理由を聞いた部長は柔らかい笑みを浮かべると、僕に背を向けて去っていく。

 

「一樹、君の決断を待ってるよ」

 

最後に薫さんもそう言い残して、僕の前から去っていく。

その二人の姿が見送って、僕もまた講堂を後にする。

 

(役者なんて嫌いのはずだったのに)

 

舞台に立っているとき、そんなことを考える余裕もなかったし、舞台を終えた今は達成感さえ感じている。

自分の中でちょっとずつ矛盾が生じていることは自覚はしていた。

でも、それを今更やめることなどできない。

 

「本当めちゃくちゃだよね」

 

ぽつりとつぶやいた僕の言葉は、文化祭の喧騒にかき消された。

 

 

 

 

 

「なにこれ!?」

 

教室前に戻った僕が見たのは、午前中よりも多いのではないかと思えるほど

並んでいる人の姿だった。

 

「あ、一樹。悪いけど急いでフロントを手伝って! ちょっとやばいんだ」

「わかった!」

 

啓介に急かされて、僕は教室に入る。

教室内に用意されていた席はお客さんで満員だった。

そして、その原因は

 

「はい、クッキーセットになります」

 

お菓子作成も一通り済んだのか、フロントに入っている今井さんだった。

問題は、彼女がメイド服姿であることだけど。

 

「あ、美竹君。お疲れ~」

「今井さんこそ。ところで、どうしてメイド服を?」

 

奥のほうを見れば、慌ただしく(というより、楽しそうに)動いている日菜さんの姿も見える。

 

「あたしも手伝おうと思ったんだけど、日菜がね……」

「あー、納得」

 

最初は制服の上にエプロンという服装でやろうとしたのだが、日菜さんに言われるがままメイド服に着替える羽目になったということだろう。

 

「でも、これ着てみるとなかなかいいよねー。なんていうか気分転換ができるし」

「……で、結果があれ?」

「……みたい」

 

僕の視線につられるように、それを見た今井さんも苦笑するしかなかった。

 

「あぁー、俺もうだめだ」

「だ、ダブル天使……降臨」

 

ものすごくやばい感じになって床に倒れるクラスメイトの男子の姿があった。

 

「そんなわけで、代役の後で悪いんだけど、手伝って!」

「わかってる!」

 

僕は大急ぎでバックルームに入ると、エプロンを着こんでフロントに立つ。

結局この日は、最後まで大忙しで幕を閉じることとなった。


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