お気に入り登録をしてくださった方、評価をしていただいた方、そして何より本作を読んでくださる読者の皆様にこの場を借りてお礼を申し上げます。
これからも、読んでいただける皆さんに楽しんでいただけるような作品にしていくため、精進していく所存です。
それでは、本篇をどうぞ
先日、演劇部の代役で舞台に立つ際に通ったのと同じルートで舞台袖に入る。
すでに音源は聞き終えて、譜面も頭に叩き込んだ。
2曲程度であれば、短時間でもなんとか覚えることはできる。
ステージ上ではすでに学期が用意されており、各々が自分の楽器のセッティングをしていた。
「皆ッ」
「一樹!」
僕の声に反応して、全員がその手を止める。
「はぁ…はぁ……」
なんて言おうかと考えていたことは、すべて頭の中から消えてしまった。
ここまで走ってきたため、急いで息を整えていると
「一樹、遅刻だぞ」
「本当、一樹にはひやひやさせられるわね」
田中君に、森本さんがいつものように、僕を咎める。
「ふふ。一樹君も早く準備しないと、始まっちゃうよ?」
「…………」
どういうわけかここの制服を着ている中井さんの言葉にも、僕は反応せずにその場に突っ立っていることしかできない。
まだ、ほんの少しだけ踏み出す勇気がなかったのだ。
「ねえ、みんな」
だから僕は問いかけた。
「僕、ものすごい我儘で虫のいいことをするけど、いい?」
「当然だ」
「というか一樹はもっとわがままを言うべきだ」
その問いかけに、田中君と啓介が答え、他の二人もそれに準ずるように頷く。
「ありがとう、みんな」
「はは、私たちは”幼馴染”じゃない」
「一樹君とみんなで、こうして演奏できるのがうれしいの」
柔らかい笑みを浮かべる森本さんと中井さん達の言葉に、僕の心の中にあった枷はすべてなくなっていた。
僕はギアーケースを置くと、中からギターを取り出し、リードをアンプにつなげる。
チューニングも手早く済ませる。
(半年以上のブランク……うまくいくかわからないけど)
絶対に最後までやり切るんだと、僕は覚悟を決める。
そして、ステージの幕が静かに上がり始めた。
(さあ、復活のライブと行きますかっ)
ついに、僕にとっては半年ぶりのライブが始まろうとしていた。
★ ★ ★ ★ ★ ★
同時刻、講堂内。
薄暗いそこにいる人数はまばらであった。
「ねえ、次はどこに回ろっか」
「そうね……」
中には講堂に設置されているパイプ椅子を利用して、休憩所として利用している人までいるほどだった。
「うーん。やっぱり来ないほうがよかったかなー」
そんな場所にやってきた女子学生……日菜はその惨状を見てぽつりとつぶやく。
(すこし休んでって言われても、一君も見当たらないし、全然るん♪ってこないや)
一樹や啓介がクラスから抜けてしまったため、地獄のような混雑になるのを避けるため体よく追い出されたのだ。
ちなみに、男子は血の涙を流していたとか。
一樹を探しているうちに講堂に来たが、早々に興味を無くした日菜は、その場を立ち去るべく背を向けようとしたところで、出し物が始まる合図であるブザーが鳴る。
(そういえば、何やるんだろう)
日菜は、持っていたパンフレットを見ると、講堂を使うグループ名に軽音部と書かれていた。
そんなことをしているうちに、それまで下がっていた幕が上がりステージにいる人物たちの姿があらわになる。
「一君!?」
ステージに立っている一樹に思わず日菜は声を上げてしまう。
「どうも、名無しの権兵衛です! まずは一曲聞いてください。カバー楽曲で、『ロストワンの号哭』です」
明美のMCにその場にいるものはチラ見するだけで、興味がないのかすぐに視線を別のほうに向ける。
「1,2,3,4」
だが、その次の瞬間それは一変した。
一樹の奏でるギターの音色に、その場にいたものは全員彼らにくぎ付けになったのだ。
(すごい。音がギュインってしてグワワーンって来るっ)
日菜以外では誰もわからないような擬音で感想を抱く日菜をはじめとして、それ以外の休憩所として利用しに来ていた人たちも、彼らから目が離せない。
「これが、高校生のレベルなのかよ!?」
「……すごい」
彼らの演奏を聞いたもの全員が、その音色に困惑していた。
「~♪」
(なにこれ、私たちが皆の音に引っ張られていくような感覚)
だが、それは一樹たちも同じこと。
明美は、それまで感じたことのない感覚に、戸惑っていた。
(譜面を見ただけなのに、手が自然に動く。半年間音楽をやってないのがうそみたいだ)
一樹は、久しぶりに味わうライブの時の独特の空気に懐かしさと嬉しさを噛みしめていた。
(これは半端ないぞ。間違いなく進化している。一樹のギターの音が、SMSの時よりも力強い)
そして聡志はドラムをたたきながら、一樹の謎の成長に驚きを隠せないでいた。
その間にも曲はサビを終え、2番のAメロに移る。
ボーカルが一樹に代わり力強い歌声が講堂中に響き渡る。
『うぉぉ!?』
そんな時、突然裕美のベースが火を噴く。
速弾きにも近いベースの音に、見ているものは思わず歓声を上げる。
だが、その完成にはもう一つの意味も含まれていた。
「……これ、芝居だろ」
「そうだ。そうに決まってる。じゃなければ、
一樹はマイクに向かって歌いながらギターを弾いているが、その視線は観客のほうにのみ向けられており、一度も手元を見ていないのだ。
それは、彼がしてきた昔からの練習のたまものなのだ。
一樹は、ギターの練習をしていく過程で、どの弦をどういう風に抑えれば、出したい音色を出せるかを頭の中に叩きこんでいたのだ。
つまり、一樹は仮に目隠しをされたとしても普通に引く分であれば問題なく引くことができるのだ。
もちろん、速弾きや複雑なコード進行の時は視線を弦のほうに移している。
そして、間奏に入る。
一樹のギターの音と、裕美の細かく刻まれるベースと絡み合う。
そして、そのまま弾ききった時だった。
(っ!?)
明美たちは最後の一音で、普通では鳴ることのないギターの音色を耳にした。
(一樹のギター、弦が切れてる)
明美は、一樹のギターを見て、その理由を察した。
最後のラストのストロークで、一樹のギターの5,6弦が同時に切れたのだ。
通常であればそうそう起こることがない。
だが、今回は起きても当然だった。
(半年もメンテしてなかったもんな)
一樹は、この半年間ギターのメンテはおろか外に出してもいなかった。
弦は時間経過で弾いていなかったとしても劣化していく。
その弦が、この日の演奏に耐えられなかったことを意味していた。
(本来であれば、サブギターを使うのが普通だが、一樹はあれしか持ってない。弦だって張り替えるための予備なんて持ってないはずだ。どうすんだ?)
聡志は心の中で舌打ちをする。
せっかく久しぶりのライブが、こんな形で終わることが悔しかったのだ。
だが
(なんだ?)
一瞬。
たった一瞬、一樹と聡志の視線が合う。
それは他のメンバーも同じことだった。
そして、全員が同じことを感じていた。
(一樹、お前はその状態でも行けるっていうのかよ)
聡志たちは、一樹がまだやめる気がないのを感じていたのだ。
その証拠に、すでに一樹は残った弦で弾けるように、チューナーなしでチューニングをし始めていた。
「皆、聞いてくれてありがとう」
曲が終わり、明美がMCを入れるまでの間数秒余りで、彼らは次の曲を演奏することを決意した。
「改めて自己紹介をさせて! まずは、私。ギターボーカルの森本明美!」
明美は自分の名前を告げると、軽くギターを弾く。
その音色に、観客たちは拍手を送る。
「ベ、ベースの中井裕美っ」
それ以降、同じように自己紹介をしていく中、最後の一人となった一樹は、軽くギターを弾いた。
テクニックなど一切使わないはずのその音色は、観客たちを盛り上がらせるのに十分だった。
「ギターの美竹一樹です」
「次が最後の曲。私たちのオリジナル。どうか聞いてください『孤独の果て』」
「1,2,3,4!」
明美が言いきるのと同時に、聡志のリズムコールが入り、一樹が演奏を始めた。
(これ、弦が切れてるんだよね?)
横で一樹のギターの音色を聞いていた明美は、驚きを隠せなかい様子だ。
それもそうだろう。
一樹は啓介に渡された音源の通りの音色を奏でているのだ。
だが、その手の動きは先ほどとは違い複雑だった。
速弾きをしているのかと思うほど、左手の動きが素早いのだ。
それは、弦を二本も失っていることによるものだった。
一樹は頭の中で、どの弦を抑えればいいのかを覚えているため、『理想の音色を奏でるための抑える場所』を計算して抑えているのだ。
そのため、左手の動きは俊敏かつ複雑なものとなっていた。
これを行うのが、どれほどの難易度なのかは、楽器の演奏をしたことがある者にしか気づかないことだった。
だが、それでもその演奏を聴いている者たちの心をつかむことはできていた。
二曲目が終盤に差し掛かり、間奏で一樹と明美のギターの演奏に、歓声が沸き上がるころには、講堂内の席はすべて埋まり、立ってまで見ている者がいるほどに人が来ていたのだ。
そして、曲の演奏が終わると、その場にいた人たち全員が彼らに拍手を送る。
「皆―、聞いてくれてありがとうっ」
明美の言葉とともに、ステージの幕が下りる。
これが、後に羽丘学園で伝説とも呼ばれたライブの終わりであった。
今回出てきた楽曲名は実際に実在する曲ですが、作曲者(アーティスト)は架空の物です。
正しくは下記の通りとなります。
1:『ロストワンの号哭』 アーティスト:Neru
2:『孤独の果て』 アーティスト:光収容
次回で本章はラストとなります。