『以上を持ちまして、羽丘学園文化祭を終了いたします。ご来場の皆様につきましては、お忘れ物が無いよう気を付けてお帰りください。繰り返します――――』
夕方、学校中に聞こえたそのアナウンスは、この二日間の激動の文化祭が終わったことを告げるものであった。
終わってしまえば、後はあっという間だ。
飾りつけなどを外したりと教室を片付けるだけ。
その飾りつけの撤去もあっという間に終わって、資材などを決められた場所に置いたことで、僕たちのクラスの後片付けは終わった。
「それじゃ、カンパーイ!」
『乾杯!』
それから数時間後、クラスに残った売上金をもとにして、僕たちは教室で打ち上げ会を開いていた。
とはいっても、買ってきたのはジュースのみで、それ以外は今井さん作のクッキーの材料に消えているが。
「お~、これが今井さんの作ったクッキー……あぁ。俺、もう死んでもいい」
なんか男子が、怖いことを言っているが、それは文化祭の打ち上げということで羽目を外しているだけだろう。
……そう思いたい。
そんな男子を見ながら、僕は今井さんが打ち上げ用に作ってくれたクッキーを食べていた。
「どう? アタシのクッキー」
「おいしいよ……っていうより、前にも言ったと思うんだけど」
確か試食の時に。
「それはそうだけど、でもその時その時で味って変わるものじゃん。だから、聞いておきたいなーって」
「なるほど。そういわれればそうか」
工場のように安定して同じ味になるように作られているのとは違い、これらは今井さんがその時その時に一から作っているので、当然味も変わる。
ある意味すごい向上心と言ってもいいのかもしれない。
「それにしても、佐久間君戻ってこないね」
「そうだね」
今井さんの言葉に、僕は廊下のほうを見ながら答える。
(あれからずっと怒られてるもんな、みんな)
あのライブの後、カンニング疑惑事件の時にいた風紀指導部の先生と、学園長が血相を書いて僕たちのところにやってきて、そのまま職員室の奥のほうに連れていかれた。
どうしてなのかがわからなかったが、先生たちの話を聞くと、啓介たちは学園の許可を得ずに他校の生徒である中井さんをステージに立たせたらしい。
しかも、ご丁寧に羽丘の制服まで着せて。
とはいえ、ここの生徒ではない中井さんは、先生たちの厳重注意という形で済んだ。
何度も頭を下げ続けていたため、最終的には怒っていた先生たちが気を遣っていたけど。
僕たちはというと、僕は関係ないという啓介たち全員の説明によるものなのか、それとも前のカンニングの時のことで後ろめたいことがあるからなのかは知らないが、厳重注意のみで特にお咎めなしとなった。
(別にあの時のことなんて、なんとも思ってないんだけど)
よくあることだし、というか久しぶりだったから驚いたけど、すでに慣れている。
でも、それだったら啓介たちへのお咎めもなくしてもらえばよかったかなと少しだけ後悔する。
「リサー」
「あ、ごめん。友達に呼ばれたから行くね」
「あ、うん。クッキーありがとう」
僕のお礼に、今井さんは『どういたしまして』と返して、友人と思われるクラスメイトのところまでかけて行く。
「………」
僕は少し静かな場所に移動しようと思い、廊下に出る。
夕陽に照らされ、オレンジ色の光に包まれている廊下は、絵になる光景だった。
(痛い)
そんな光景の中、僕は指の痛みを感じて自分の手を見る。
幸い指を切ってはいないようだ。
半年間ギターを弾かなかったからか、やはり弾いていて指が痛かった。
慣れればそのうち無くなってくるのかもしれないが、どれだけのブランクがあるのかを嫌でも思い知らされる。
(今日の演奏、今までよりも良かった)
皆の奏でる音色に引っ張っていかれるような感覚は、これまで味わったこともない未知の体験だった。
明らかにレベルはあの時よりは下がっているはずなのに。
(もしかしたら)
ふとそんな禁断の考えが脳裏をよぎるが、さすがにそれはできない。
それをするにはみんなと話し合う必要がある。
そうでなければ、また半年前の出来事を繰り返すだけだ。
(その前に、義父さんに許可も取らないと)
果たして倒産が許してくれるのかはいささか疑問だけど。
「一君」
そんな僕に声をかけてきたのは、日菜さんだった。
「今日、一君がライブをやっているところ見たよ」
「……見たんだ。ごめんね、つたないものを見せちゃって」
あのライブを見られていたかと思うと、なんだか恥ずかしくなる。
(もっと練習すれば、いいものを見せられたのに)
「そんなことないよ!」
「え?」
そんな僕に、日菜さんは大きな声で否定した。
「一君の演奏を聴いていて、あたしとってもぎゅいぃぃんってきたんだよ! もうるるるんってきたんだから!」
「そ、そう。ありがとう」
擬音交じりでよくわからないが、言いたいことはなとなく伝わってくる。
そんな時、ふと日菜さんの髪につけられているあるものが目に留まった。
「その髪留め」
「つけてみたんだ。どう? 似合ってるかな?」
日菜さんが僕に見えるようにしながら感想を聞いてくる。
花をイメージして作ったそれは、反対側についている髪留めとマッチしているようにも見えた。
「うん、とっても似合ってる」
「そうなんだ。えへへー」
褒められたのがうれしいのか、笑みを浮かべている日菜さんを見ていると、作った僕もそれにつられて嬉しくなる。
「一君」
「なに?」
僕に背を向けた日菜さんは、こちらに顔だけ向けると。
「ありがと」
とお礼をの言葉を口にした。
その時の表情は、とてもうれしそうに見えた。
こうして、波乱の文化祭はなんとか無事に幕を閉じるのであった。
「とうとう啓介戻って来なかったか」
そろそろ夕日が沈み、夜の帳が下りようとする中、僕は一人で帰路に就くことにした。
打ち上げも下校時間が迫ったことでお開きとなった。
日菜さんは、一緒に帰ろうと誘ってくれたが、啓介たちを待つために断った。
『……これは貸しだね♪』
という、言葉を残してすんなりと引き下がって帰っていったが、少しだけ恐怖を感じたのはどうしてだろう?
そうして、下校時間ギリギリんまで待ったものの、戻ってくることもなく、担任の先生に帰るように促されて、僕は渋々帰ることとなったのだ。
(今度会ったら謝っとかないと)
どうやら、今回の一件はかなり僕たちの想像以上にやばいことなのかもしれないと、今更ながらに思い知らされる。
そして、校門を出た時だった。
「「あの、すみません」」
「へ?」
突然校門の横に立っていたスーツを着込んだ男性二名に呼び止められた。
「失礼ですが、あなたは本日ライブでギターを弾かれていた美竹一樹さんですか?」
「は、はい。そうですけど……」
あのレベルでファンが付くとも思えず、僕は人当たりのいい笑みを浮かべる二人組の男たちからいつでも逃げられるように警戒を強める。
「私は怪しい者ではございませんので、警戒されないでください」
「そう仰られても、知らない方にいきなり声をかけられれば誰でも警戒すると思いますが」
逆に警戒しない要素を教えてほしいくらいだ。
「そうですね。では軽く自己紹介を。私は、こういう者です」
「同じく、こういう者です」
二人がこちらに名刺を手渡してくる。
この人たちとの出会いが、僕の……いや、僕たちの人生を大きく変えることになることを僕はまだ知らなかった。
第4章、完
第二部も残すところわずかとなりました。
とはいえ、まだ終わるのは当分先ですが(苦笑)
それでは、次章予告を。
―――
夏休み。
それは学生たちにとっての憩いの日々。
一樹らは夏を満喫する。
それが、一つの変化を告げることだと知らずに。
次回、第5章『SUMMER VACATION』