それは、一君とのお出かけを明日に控えた日の夜のことだった。
「ふっふふ~ん♪」
(明日はどこを回ろうかな? やっぱり絶叫系は鉄板でしょ! うーん、想像しただけでもるるるん♪って来るなー)
「日菜」
スキップするくらい軽い足取りは、あたしに話しかけてきた人の声で一気に重くなった。
「お、おねーちゃん」
声のほうを見ると、そこにはあたしと同じ色の髪を腰元まで伸ばしている女の人……あたしの大好きなおねーちゃんの姿があった。
おねーちゃんのあたしを見る目は、とても刺々しく感じた。
(しょうがないよね。あたしが悪いんだもん)
おねーちゃんの真似をしてすぐにできるようになるあたしのことを、おねーちゃんはあまりよく思っていない。
あたしはただ、おねーちゃんと一緒のことをやっていたいだけなのに……
「日菜? 話を聞いてるの?」
「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」
どんどん悪いほうに考えるのをやめて、あたしはおねーちゃんに答える。
おねーちゃんは一つため息を吐くと
「さっきから、鼻歌まじりに飛び跳ねてるけど、どうかしたの?」
「っ!?」
(あちゃー、本当にやっちゃったか―)
おねーちゃんに見られた恥ずかしさで、すぐに部屋に逃げたいのを必死にこらえる。
だって、おねーちゃんと話せるんだもん。
「うん、明日ね一君と一緒に遊園地に遊びに行くんだ~。とってもるん♪ってしてるんだー」
「一君?」
あたしの口にした呼び方じゃうまく伝わらなかったようで、おねーちゃんは軽く首をかしげるのを見て、あたしは慌てて言い直す。
「あ、一君っていうのはね、あたしの隣の席になった男子でね、名前が美竹一樹っていうんだ~」
「……え?」
一君の名前を聞いた瞬間、おねーちゃんの顔色が変わった。
さっきまでピシッとしていた顔が、一気に青ざめていく。
(あ、そうだ!)
「あ、一君はあいつとは別人だからダイジョーブだよ」
あたしですら、最初はあの男だと思ったくらいだもん。
おねーちゃんだってそう思うはずだ。
――奥寺一樹。
名前を思い出すのも嫌なくらいに、最低な男の人の名前だ。
そいつは、おねーちゃんをいじめて苦しませた挙句に、謝りもしないで逃げて行ったサイテーな男だ。
(まあ、謝っても絶対に許さないけどね)
あの男のしたことはそれだけサイテ―なことなんだ。
正直、一君が気の毒だ。
あんなサイテ―な男と同じ名前だなんて。
「……」
「おねーちゃん?」
あの人のことを考えるのはやめようと思ったあたしは、真剣な顔で何かを考えているおねーちゃんに声をかける。
「ねえ、日菜。一つ頼みがあるんだけど」
「え? な、何?」
おねーちゃんに頼られることがうれしいはずなのに、あたしはなんだか胸騒ぎのようなものを感じていた。
「明日の夜、その人を―――――」
そして、おねーちゃんはあたしにそのお願いの言葉を言うのであった。
★ ★ ★ ★ ★
「うん、待ち合わせ10分前」
ついに訪れた週末の日曜日。
僕は再び駅前の広場で人を待っていた。
今日待つのは、日菜さんだ。
(行き先とか全然聞いてないんだけど)
色々な意味で不安だ。
何せ
「日菜さんだもんなー」
「あたしがどーかしたの?」
「うわ!?」
突然背後から、考えていた相手の声がしたため、慌てて飛びのく。
「むー、まるでお化けを見るような目で見られると落ち込むなー」
「ご、ごめん。いきなり背後から話しかけられたからびっくりしたんだ」
とりあえず、僕のしていた日菜さんにとっては失礼に値する内容は聞かれてはいないようだ。
「まーいっか。それじゃ、行くよ」
「へ? 行くってどこに?」
前を歩きだそうとする日菜さんを呼び止めて聞くと、日菜さんはこちらに振り返って
「遊園地だよ♪」
と、満面の笑みで言うのであった。
「うわー、人がたくさんだ―」
「そりゃ、遊園地だし。それにここって有名な場所だよ」
その遊園地は、夏休みということもあってか混雑していた。
「へー、どうしてなんだろう?」
「え?! 知らないでここにしたの!?」
日菜さんの口から思いもよらない言葉が出たため、僕は驚きを隠せない。
誘ってきたのだから、知っているとばかり思っていたのだが。
「だって、ここの写真を見てるん♪ってきたからここにしただけだもん」
「なるほど」
(まあ、そうだとは思ったけど)
ここは有名なデートスポットらしい。
現に、カップルと思わしき人たちの姿もちらほらと見かける。
「まーいっか。早く行こうよー!」
「って、ちょっと待って~!」
僕は日菜さんに引っ張られるまま、遊園地内を走る。
そして……
「うーん、楽しみでドキドキするねー」
「うん。僕は別の意味でドキドキしてるよ」
日菜さんが楽しそうに言ってくる中、僕は気が気でなかった。
なぜなら、僕が今乗っているのは
「きゃああああああっ!!」
「うわぁぁああああっ!!」
ジェットコースターなのだから。
「はぁ~、楽しかったなー」
「し、死ぬかと思った」
隣で大はしゃぎしている日菜さんとは対称的に、僕は息が上がっていた。
「よーし、じゃあ次はあれに行ってみよ~♪」
「って、少しだけ待ってぇ~」
そして、日菜さんに引っ張られる形で、回るアトラクションはすべて絶叫系だ。
ジェットコースターにバイキング等々……思い出したくない。
「もー、一君だらしないよー」
「悪……かったな。これまで……絶叫系のはしごなんて……したことなかったんだ」
一通り回った時には、僕はすでに立っていることができない状態になっていた。
「本当はまだ回りたいんだけどね」
「僕は、少し休むよ」
幸い、今僕が座っているベンチは木陰になっており、人通りも少ない。
休むには最適な場所だ。
「む、あたし一人じゃるん♪ってしないし……うん、もう絶叫系は終わりにするね」
「そうして、くれ」
僕は少しの間その場で休憩すると、昼食をとるべく移動するのであった。
「で、今度はどこにする気?」
「ふっふっふ~、それはね、あそこだよ!」
昼食を食べ終えた僕は日菜さんに案内されたのは
「えっと『呪いの館』……って、今度はお化け屋敷か」
「うん。なんだかるん♪ってくるでしょー」
でしょ? と聞かれても全然わからない。
それよりむしろ
(文化祭の二の舞だけはやめてほしい)
文化祭の時、日菜さんとみて回った時、お化け屋敷をはしごした挙句に、幽霊役の人の戦意を喪失させるという事態を引き起こした張本人だ。
それはまさに、”ゴーストバスター”と言っても過言ではない。
もしこんなところで、それをやろうものなら、最悪出禁にもなりかねない。
「さー、いっくよー!」
そして、僕はお化け屋敷内に入った。
アトラクション内は非常に凝った作りで、3階の奥の部屋から鍵を回収して、出口のドアのカギを開けるというシンプルなもの。
無論、途中に様々な仕掛けがされているのは言うまでもない。
このアトラクションをクリアできない人もいるらしく、ものすごく怖いと評判なのだとか。
そのはずなのに
「あははー、最高ー!」
日菜さんは楽しんでいた。
「■■■■!!」
「キャー☆」
(うん。全然怖がってない)
変な物体が雄たけびを上げてどこからともなく飛び出てきた瞬間、”きゃー”は言ってるけど、怖がっているというよりはふざけている感じだし。
そんな人を見ていると、怖いはずなのに、全く怖くなくなってしまうのも、また不思議なことだ。
結局、このアトラクションも日菜さんは怖がることなく楽し気にクリアするのであった。
「いやー、とっても怖くて楽しかったねー!」
「うん。僕は別の意味で怖かったよ」
夕暮れ時、そろそろ暗くなるため家に帰ることにしたのだが、その道中日菜さんは興奮冷めやらぬ様子だった。
(お化け屋敷ではいつ怒られるんじゃないかとひやひやしたよ)
アトラクション内で、明らかに殺意めいたものを感じたのは、僕の気のせいではないはず。
(日菜さんって、本当に変わってる)
そんな彼女に振り回されるのが慣れている僕もよっぽどだと思うけど。
そうこうしているうちに、集合場所である駅前の広場に戻ってきていた。
(これで今日一日が終わる)
厳密には家に帰ってから夕食を食べたり、お風呂に入ったりするんだが、まあ細かいことは気にしないことにしよう。
「それじゃ、今日は楽しかったよ。また――「待って!」――え?」
”またね”と言って去ろうとした僕を日菜さんが呼び止める。
その表所は、どこか緊張しているような気がした。
「もしよかったら……」
少しだけ躊躇った後に、日菜さんはこう言うのであった。
「うちでご飯食べてかない?」
……どうやら、僕の一日はまだまだ終わらないようだ。
話は次回に続きます。