BanG Dream!~隣の天才~   作:TRcrant

50 / 302
早いようで、今回で第5章は終わりとなります。

それでは、どうぞ


第50話 食事会

「うちでご飯食べてかない?」

「……へ?」

 

日菜さんからの思いもよらぬ言葉に、僕は頭の中が一瞬真っ白になった。

 

「ち、違うよ。ただ……色々訳ありだから」

 

僕が何かを言うよりも早く、日菜さんは頬を赤くしながら慌てた様子で理由を話す。

正直言って、日菜さんが慌てた姿なんて初めて見たような気がする。

それはともかく、日菜さんのせっかくのお誘いだ。

日菜さんも何やら決心したような気がする。

そんな彼女の頼みを断るのも、なんだか申し訳ないと思ってしまった。

 

「ちょっと待ってて。義父さんに聞いてみる」

「う、うん」

 

僕はスマホで家に電話をかける。

 

「もしもし、どうしたの?」

 

電話に出たのは義母さんだった。

 

「実は、今日遊びに行った友達に、家で夕食を食べて行かないかって言われたんだけど……」

「それなら、家のことは構わないからお言葉に甘えてきなさい。その代わり、ちゃんとお礼は言うのよ」

「うん、わかった。ありがとう」

 

僕は義母さんにお礼を言うと、電話を切る。

 

「どうだった?」

「うん、お言葉に甘えなさい、だって」

「そ、それじゃ行こっか」

 

日菜さんはどことなく緊張した様子で、そう言うと僕の前を歩きだした。

 

(一応、知ってるんだけどね)

 

駅前から自宅だった場所までの道はまだ記憶にある。

だが、そんなことを言ったら大変なので、僕は静かに日菜さんの後をついていく。

やがて、見慣れてきた光景になってくる。

 

(そうだった、あの家って変な色してるんだよなー)

 

そんなことを思っていると、ふとある一軒家が目に留まった。

 

「あ……」

「どうしたの? 一君」

 

思わず声を漏らしてしまった僕に、怪訝そうな表情で聞いてくる日菜さんに僕は何でもないと答える。

その一軒家だけは、何があっても忘れることはない。

 

(僕が生まれ育った場所だもんね)

 

そこは、僕が”奥寺”として生きていた時に暮らしていた家だった。

その家は、特に何の変化もないように見えた。

表札のほうも確認したが、空白のままで人の住んでいる気配はない。

 

(なんだか不思議な気分)

 

去年までなら、底が僕の家で、普通に出入りしてたのに、今ではそれができないのだから。

そして、前の家を通り過ぎればその隣が

 

「ここがあたしの家なんだ。ちょっとだけ待っててね。ただいまー」

 

僕にそう言うと、日菜さんは家の中に入っていくとドアを閉めた。

どうやら何かを話しているらしく、僕はその場で話が終わるのを待った。

そして、話をし終えた後、家のドアが開かれた。

 

「待たせてごめんね一君。さ、入って」

「えっと、お邪魔します」

 

家の中に入った僕を最初に出迎えたのは、中年の男性だった。

その人は氷川さんの父親だ。

氷川家の両親は僕が親せきの家に引き取られたことを知る数少ない人の一人だ。

というより、隣の家の人で良くしてもらっていたので、はあしておくべきだと思ったので、僕が話をしたのだ。

ある条件付きでだが。

 

「ようこそ。君が美竹君か。君のことは娘の日菜からよく聞いているよ。これからもよくしてやってくれ」

「あ、はい。こちらこそ何時も日菜さんにはお世話になっているので……」

 

日菜さんの父親の言葉に、僕は支離滅裂になりながら返した。

ちゃんと、約束は守ってくれているようだッたんで、安心しながら。

 

(今から話すことは、娘さんには話さないでください)

 

それが僕の出した条件だった。

 

「あまり緊張しなくても、別に取って食おうなどとは思わない。さあ、いつまでも立ち話もなんだから、リビングで話でもしようか。日菜、彼を案内してあげなさい」

「は、はーい」

 

日菜にそう言って氷川さんの父親は、どこかに歩いて行ってしまった。

僕は日菜さんに案内される形で、奥のほうに向かっていく。

そして、リビングに足を踏み入れるのと同時に、とてもいいにおいがしてきた。

 

「あら、おかえりなさい。日菜。それと、君が美竹君ね。初めまして、日菜の母です。娘がいつもお世話になってるわね」

「あ、いえ」

 

氷川さんの母親もまた、僕と初対面のように接してくれる。

 

「さあ、席についてなさい。すぐに夕ご飯ができるからね」

 

(おばさんの手料理なんて初めて食べるな)

 

これまでおかずのおすそ分けをしてもらったことはあったが、完全に手作り料理を食べる機会などはなかったので、新鮮な気分だった。

僕はなぜか日菜さんの隣に座らせられた。

前のほうには空席が二つあり僕と向かいの席の間の右側も空席だった。

次から次に料理をテーブルに並べていく氷川さんの母親を手伝おうかと思ったが、他人である僕が言っても足手まといになるだけなので、やめておくことにした。

 

「さあ、二人を呼んでくるからちょっと待っててね」

 

出来上がった料理を僕たちの前に並べ終えた氷川さんの母親はリビングから出て行ってしまい、ここにいるのは僕と日菜さんの二人だけとなった。

 

「えっと……これって一体」

「ごめんね、あたしも説明できないんだ」

 

事情を聴こうとするも、日菜さん自身もよくわかっていないのか、それとも口止めされているのか、話を聞くことができなかった。

 

(って、待てよ)

 

今までは、色々なことがあって浮ついていたが、ふと冷静になって考えてみるとこれって結構やばかったりしないか?

なぜなら、この家にいて、僕のことを知らないのは、日菜さんだけじゃない。

だが、今更気づいても手遅れだ。

さすがにここで帰るのは無礼に当たる。

 

(こうなったら、ばれないようにしなければ)

 

そう決意を決めた時だった。

 

「あ、おねーちゃん!」

 

氷川さんの母親が出て行ったドアが開かれるとともに、姿を現したのは前にあった時よりも背が大きくなったからか、どこか大人びた雰囲気をまとっている緑色の髪を腰元まで伸ばした女性。

その人が、日菜さんの姉である、紗夜さんだった。

 

(今かけている伊達メガネが効果を発揮してくれればいいんだけど)

 

期待するだけ損であることはすでに察していた。

 

「おかえり日菜。それと」

 

紗夜さんは、日菜さんに声をかけると僕のほうを見る。

 

「……っ」

 

(やっぱりか……)

 

僕は心の中でため息を吐く。

僕を見た瞬間、紗夜さんが息を呑んだ。

それは、僕が隣に住んでいた”奥寺”であることに気づいたということでもあるのだ。

 

(腹をくくるしかない)

 

なぜか僕に対して恨みを持っている日菜さんが、僕の正体を知ればこれまで通りにはいかなくなる。

僕はその覚悟を決める。

 

「あなたが、美竹君ですね。私は日菜の姉で、氷川 紗夜と言います。日菜からはいつもあなたのことを聞いてます」

「そ、そうですか。僕は美竹 一樹です。何時も日菜さんには大変お世話になってます」

 

(どういうことだ?)

 

紗夜さんの感じからして、気づいたと思ったのだが、話を聞くと気づかれていないようにも見える。

 

(もしかしたら、気づかれなかった?)

 

もしくは一瞬、僕が奥寺だったと思ったけど、すぐに違うと否定したか。

楽観視はできないが、一応差し迫った危機は回避できたようだ。

 

「紗夜、いつまでも立っていないで、座りなさい。夕飯にしましょ」

「はい」

 

そして紗夜さんが僕の向かいの席に腰かけ、その横に母親が、そして側面の席に父親が腰かける。

 

「さて、美竹君。今日は遠慮なく食べて行ってくれて構わないよ」

「そうね。感想なんかも聞かせてくれると嬉しいわ」

「あ、ありがとうございます」

 

ここまで待遇が良すぎると、少し怖くなる。

 

「それでは」

『いただきます』

 

そして、僕は夕食を頂くのであった。

 

「ところで、美竹君は部活動なんかはやってるのかね?」

「あ、はい。天文部に……」

 

食事中に、両親にいろいろなことを聞かれたが、僕はしどろもどろではあったけど、何とか答えることができた。

 

「天文部って、日菜と同じ部活よね」

「う、うん」

「まーまーまー!」

 

母親は頬に手をあてながら微笑む。

 

(あれ絶対に勘違いしてるね)

 

これって、反応すると絶対に悪化するから放っておいたほうがいいらしい。

これも啓介の情報だ。

 

(啓介って、こういうのはよく知ってるんだよね)

 

本人曰く、常に毎日彼女の家に挨拶に行った時のことをシミュレーションしているのだとか。

……その日が来ればいいのだけど。

そんなこんなで、食事会はお開きになった。

 

「今日は、夕食をごちそうになってしまい、すみませんでした」

「いいえ~。娘の友達と会って話がしてみたかったのよ」

「また遊びに来なさい。うちはいつでも歓迎だ」

 

(本当に、いい人すぎるよ)

 

氷川さんの両親の人の良さに、僕は感謝してもしきれない。

僕の約束を守るという面倒ごとまでも引き受けてくれているのだから。

 

「もう夜も遅いし、途中まで送って―――「それなら、私がします」紗夜?」

「何時も日菜がお世話になっているんですから、姉である私が見送るべきだと」

 

父親の言葉を遮って名乗りを上げた紗夜さんに父親は驚いた様子で名前を呼ぶが、そんな父親に紗夜さんはそう説明した。

 

「それじゃ、お願いできる?」

「はい」

「えー、あたしも一緒に行きたーい」

 

母親の問いかけに頷く紗夜さんに日菜さんは自分も一緒に行くと駄々をこねるが、

 

「美竹君のことは紗夜に任せて、日菜は今日はゆっくり休みなさい」

 

という母親の一声で引き下がった。

 

「それでは、行ってきます」

「お邪魔しました」

 

僕は紗夜さんに続いて、氷川さんの両親に一礼すると、氷川家を後にするのであった。

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

氷川さんに付き添われる中、僕たちは終始無言だった。

別に何か話すことがあるわけではないが、ここまで無言が続くと、空気が重苦しくなってくるような感覚がする。

そんな時紗夜さんは突然立ち止まる。

 

「美竹君」

「はい?」

 

そしてこっちを振り向いた紗夜さんの表情は、不安の色だった。

 

「あなた、一樹さんですよね? 私の家の隣に住んでいた」

「……」

 

やはり、僕の予想通り、気づいていたようだ。

あの場ではあえてそのことを言わなかったのかもしれない。

 

「どうして、いきなり引っ越しを……どうしてあの子の知り合いになってるんですか?」

「………」

 

紗夜さんから次々に浴びせられる質問の数々は、僕にとっては一番聞かれたくないことだった。

それ以上に、紗夜さんの声色が悲し気に思えて、僕は申し訳なさでいっぱいだった。

 

(それでも)

 

「あの、何か誤解されてると思いますけど。私は”美竹”一樹です。奥寺ではありません。日菜さんは通っている学園で席が隣……それ以上でも以下でもありません」

「……ッ!」

 

僕は答えない。

もし、ここで答えてしまえば、それは僕が”奥寺”であったことを認めるようなものだ。

ようやく僕は、美竹家の一員になれたのに、それ自体がすべて崩れるような気がしたからだ。

認めたら、何かが終わるということは直感で感じていた。

だから、僕は認めるわけにはいかないのだ。

 

「あなたは、私の友人である日菜さんの姉。それ以上でも以下でもありません。これからもよろしくお願いしますね、紗夜さん(・・・・)

 

僕にできるのは、それだけだった。

僕が奥寺の時の呼び方をすることしか、僕には思いつかなかった。

それは、奥寺ではなく”美竹”としてこれからは接してほしいという意味合いだったのだが、紗夜さんに通じてくれるだろうか?

 

「っ!? ……ええ、よろしくお願いしますね、一樹さん」

 

紗夜さんは、最初は驚いていたものの、すぐに笑みを浮かべると、僕が差し出した手を取った。

8月に入り、暑さが増す中、僕は紗夜さんと歪ではあるが、新たな交遊関係を築くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、これは余談だが、自宅に戻った僕がスマホの新着メッセージのお知らせから、RAINを起動させて未読マークが表示されている日菜さんのメッセージを見ると

 

『おねーちゃんと、一体何を話してたのかなー? (#^ω^)(#^ω^)』

 

という一文が送信されていた。

まず間違いなく怒っていた。

その後、日菜さんの怒りが静まったのは深夜を回った時だった。

 

(本当に、勘弁してほしいんだけど)

 

どうやら、今年は僕にとって受難の年になるのかもしれない。

 

「あれ? もう一通何かある。これってメール?」

 

そんな夏の夜のことだった。

僕のもとに来たそのメールを見たのは。

 

(そうだったね。早く決めないとね)

 

僕は、そのメールを見て行動に移すことを決意する。

そのメールの件名は『スカウトの件について』であった。

 

 

第5章、完




ということで、第5章も無事に終了しました。
まだ夏休み編は続きますが、これも一つの区切りということで。

では、次章予告を。

――

一樹のもとに届いた一通のメール。
それがすべてを始めるきっかけとなった。
そして、彼らは歩み始める。

次章、第6章『月光への憧れ』

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。