『……』
僕の話を聞き終えた皆は、全員が口をぽかんと開けて固まっていた。
気持ちはよくわかる。
僕だって、その時は一瞬頭の中が真っ白になりかけたんだから。
「っていうことはあれか、俺たちは芸能事務所にスカウトされたってことか」
「そういうことみたい」
唯一すぐに我に返った田中君の言葉に、僕は相槌を打つ。
「でも、すげえじゃねえか。俺たち、デビューできるってことだろ?」
「ゆ、夢みたい」
「でも、大丈夫なの? そこ」
スカウトされた事実に喜びを隠せない啓介と中井さんとは対照的に、森本さんは懐疑的な様子だった。
「俺も同意見だ。前の時だって、質の悪い事務所やいつ潰れてもおかしくないような所だっただろ」
田中君の言う”前”とは、もちろんH&Pの時のことだ。
あの時は父さんが窓口になってくれていたわけだが、僕たちへのスカウトのほとんどが田中君の行ったような所からの物だったのだ。
「そう思って、この事務所のことを調べておいたんだけど、中々にしっかりとした事務所で、潰れる心配もないし所属している人たちの中には芸能界で有名な売れっ子もいたりするし、音楽関係のマネージメントも十分いいみたい」
「お、この人この間テレビで見たことがあるな」
スマホにあらかじめ調べておいたこの事務所に所属する人の一覧が載っているサイトを表示して手渡すと、田中君たちは興味津々にそれを見ていた。
まだ絶対とは言い切れないが、心配する必要なそこまではないというのが、僕の出した結論だった。
「では、採決をとるとするか。ここのスカウトを受けることに反対の人」
リーダーになった田中君の言葉に、誰も反応しない。
「それじゃ、賛成の人」
『はいっ』
今度は僕以外のみんなの手が上がった。
「それじゃ、一樹。見ての通りだから、そのスカウトの人に連絡を取ってもらいたいんだが」
「実はそのことで、一つ言わないといけないことがあるんだ」
「それは一体なんだ?」
僕は少し言いづらかったが、意を決してみんなに話すことにした。
「実は、スカウトをした人がこの間事務所をやめちゃったんだ」
「何だって!?」
僕は、スマホにあるメール画面を、みんなに見えるように置きながら告げる。
それは、日菜さんの家で夕食をごちそうになった日の晩に送られてきた『スカウトの件について』という件名のメールだった。
そこには、初めのほうに定型文が記されており、一行開けてこう書かれていた。
『さて、誠に勝手ではございますが、私明日を持ちまして本事務所を退職することと相成りました。先日美竹様に致しましたスカウトの一件は、正式に事務所のほうに引き継ぎを行いましたので、スカウトのお話は無効にはなりません。つきましては、事務所よりご連絡がいくと思いますので、そちらのほうをご覧ください。美竹様には多大なるご迷惑とご不安をおかけしてしまうことを、この場に手お詫び申し上げます。最後になりますが、美竹様たちのこれからのご活躍を陰ながら応援させていただきます。黒田』
「で、この次のが引き継がれた人のメール」
スマホを操作して表示したのは、黒田さんからの連絡から少し経ったときに送られてきたメール文だ。
それもまた、定型文が記されており、一行開けて本題に入っていた。
『私は、黒田より引継ぎました吉田と申します。美竹様のスカウトの件ですが、事務所スタッフと話し合った結果、一度演奏をお聞かせしていただきたい所存でございます。曲目は誠に勝手ながら『孤独の果て』とさせていただきます。大変お手数ですが、よろしくお願いいたします。大丈夫のようでしたら下記連絡先までご返答をお願いいたします。吉田』
「……つまり、オーディションを受けろってことか」
メール文を一通り読んだ田中君が、相手の言いたいことを一言でまとめる。
「……どうする? 俺は賛成だけど」
「私も賛成ね。聞かせろって言うんだったら何度だって聞かせるわ」
「私も賛成です」
リーダーである田中君以外はみんな賛成のようだ。
残された最後の一人である、田中君にみんなの視線が集まる。
「俺は正直、事務所に入るのとか、有名になるのとか別にどうだっていい」
田中君の口から出た突き放すような言葉に、僕たちはこの先の言葉が想像ついてしまった。
だが、田中君は”ただ”と前置きを置いたうえで言葉を続ける。
「この事務所の連中が、非の付け所もないような演奏を聞かせてやりたいと思ってきた。このまま引き下がったのでは俺たちの名が廃る。俺も賛成だ」
「よしっ」
田中君の賛成に、ついに僕たちのバンドにとって最初の方向性は決まった。
「それじゃ、相手の人に返事をしてくる」
「おう。頼んだぞ」
僕は相手の人にオーディションを受ける旨を伝えるため、いったんファミレスを出る。
そして、メールに書かれていた電話番号に電話をかけると、数回ほど呼び出し音が鳴ったところで、事務所の人が電話に出た。
「すみません、吉田様はいらっしゃいますか?」
「吉田ですね。少々お待ちください」
電話に出た女性の人がそう告げるのと同時に、保留本が流れ出す。
その保留音も数十秒ほどで止まり、男性の声が代わりに聞こえてきた。
「私が吉田ですが」
「すみません、スカウトの件でご連絡をいたしました”美竹”と申します」
「あー、美竹様ですね! ご連絡お待ちしておりました。それでどのようなご決断を」
名前を言っただけでなんとかすぐに本題に入ることができた。
「はい、一度演奏をさせて聞かせる方向で決まりましました」
みんなで話し合った結果を伝えると、吉田と名乗った男性はオーディションの日時を告げる。
そのオーディションまで、残りが三日ほどしかなかった。
(早くみんなに伝えないと)
電話を終えた僕は、そのことを伝えるべく、店内に足早に戻る。
「どうだった?」
「三日後に事務所に来てほしいって」
「三日か……」
やはり告げられた期間が、少しばかり短いことを気にした様子ではあったが
「それだけあれば十分だろ」
という田中君の一言で、僕たちの空気も一変した。
「こうなったら、今から練習だな」
「まあ、これから全員でそのつもりだったけど」
田中君の言う通り、ここに集まってきた僕たちはすでに自分の楽器を持ってきていた。
(なんだかんだ言っても、みんな考えることは同じなのかも)
なんてこともないところでそのようなことを感じるのも、僕たちらしいなと思った瞬間だった。
そして僕たちは練習をするべくファミレスを後にするのであった。
ちなみに、これは余談だが。
「俺だけなんで高いんだよ!」
「一人でナポリタンなんか頼むからだ」
何を勘違いしたのか、ナポリタンを頼んでいた啓介のボヤキは、田中君に一蹴されていた。
「そういえば」
ファミレスを後にして、どこかの練習場所に向かっている最中に、森本さんが思い出したように声を上げる。
「一樹をスカウトしたライブハウスの方ってどうしたんだい?」
「あー。あっちだったらこの前、電話で引き受ける電話をして今日にでも履歴書とか必要な手続きをするつもり」
そのために、一通りの書類はすでに用意しておいたのだ。
「今行かなくてもいいのか?」
「別に遅くなっても大丈夫だし、何だったら日をずらしてもらうから大丈夫」
僕は啓介に、”あくまでも優先するのはこっち”と言い切る。
もしこれで話がつぶれるようだったらその時はその時だ。
「で、僕たちは今どこに向かってるんだ?」
この近くには『SPACE』というライブハウスが存在しているが、練習用のスタジオは僕の知る限りではなかった。
また、スタジオは利用料金が高く、学生のみである僕たちには少々ダメージが大きい。
(今までだったら家の練習スタジオを使えばよかったんだけど)
さすがにそれを行うことは不可能なので、何とかやりくりをするしかなかった。
「この近くに新しく出来たライブハウスがあってな。そこはスタジオも併設されてるし、料金も割と安くていい場所なんだ」
「へー。それはいいな」
だからこそ、田中君の見つけたその場所は、まさに僕たちにとっておあつらえ向きの場所だったのだ。
そして、たどり着いたのは、一見すると屋外用のカフェに見える場所だった。
テーブル席がいくつか用意されており、何名かが腰かけてジュースやコーヒーなどを口にしている。
その奥にある白い建物が、スタジオを兼ねそろえたライブハウスなのだろう。
店名も刻印されているので、間違いない。
「ここが、そのライブハウス。名前は『CiRCLE』っていうんだぜ」
啓介が両手でその建物を強調するように指し示しながら言うが、僕はそこを知っている。
「あれ、いまいち反応がない」
「だって、ここが僕をスカウトしてきたライブハウスだし」
まさかスカウトされたライブハウスで僕たちが練習をすることになるとは、縁というのは本当によくわからないものだ。
『えぇ!?』
そんなことを、全員が驚く中心の中でつぶやくのであった。
ここでようやくライブハウス『CiRCLE』が登場しました。
なんだか本当に長く感じます(汗)