「それじゃ、僕はここに用があるから」
精算と次のスタジオの予約の手続きを終えた啓介たちが帰ろうとする中、僕はここで働く手続きのため残ることになっている。
「あ、ああ。頑張れよ」
「頑張ってねー」
「一樹君、頑張って」
三者三様に声をかけて去っていくのを見送った僕は、受付にいる月島さんのほうに振り返る。
「さて、それじゃあ早速だけど、説明を始めちゃいましょ」
「お願いします。月島さん」
バイトは初めてなので、若干緊張していたりする。
ライブの時はみんなが一緒だし、逆にその時の雰囲気が僕にとっては心地よささえ感じているため、全然平気だったりもする。
「あはは、そんなに緊張しなくてもいいわよ。緊張をほぐすために、まりなさんかまりなお姉さんって呼んでもいいわよ」
そんな僕のことなどお見通しなのか、月島さんは軽く笑いながら提案してくるが、さすがにそれをうのみにしたらまずいと思う。
特に後者のほうは。
「いえ、大丈夫です」
「それじゃ、まずはここでする仕事をざっと説明するわね。シフトに入った時に改めて説明するから流れを知る感じで聞いててね」
「わかりました」
最初のほうで”あら、残念”と言っていたような気がしたが、とりあえずそのことは気にしないことにした。
そして、月島さんからここでの作業の流れの説明を受ける。
「美竹君はサポートミュージシャンらしいけど、こっちのほうの仕事もしてもらうけど、大丈夫かな? バイト代のほうは後で説明するけど両方ともつくらしいし」
「ええ、問題ありません」
どうやら、基本的には受付の仕事が主軸になるようだ。
話が違うと言えばそうなるが、バイト代がちゃんと出るのであれば、僕にとっては全く問題はない。
そして、月島さんから説明された受付の仕事の流れはこんな感じだ。
まず、シフトに入ったら最初に『受付表』を確認する。
「この受付表に今日の日付で、スタジオの予約が入っていたらその人たちが着た時、すぐにスタジオに案内できるようにカギを用意しておくこと。間違えても違う人に使わせたりしないでね」
「わかりました」
最初からハードそうだったが、習慣づければ問題ないだろうと結論付ける。
次がスタジオ内のチェックと清掃だ。
「事務所に行けばスタジオ内を見ることができるから異常の有無をチェックする。この”異常”はね、スタジオ内でやってはいけないことをしているか否かのことを言ってるの。後はモップで床を掃除したりするのも忘れないでね」
最後に”清掃はその日の一番最後の時だから、あまり関係ないかもしれないけどね”と付け加える。
「他にも、あそこの階段から下に降りるとライブ会場になってるから、そこに機材を持って行ったりメンテナンスをしたりするのも忘れないでね。特に機材のメンテは重要よ」
「はい」
(メンテと言っても、そこそこしかできないしな)
今度一回、腰を据えて各楽器のメンテ方が載っている雑誌を買うことを考えておくことにした。
「今のが、受付の仕事の流れかな。何か質問はある?」
「いいえ。月島さんの説明が分かりやすいので大丈夫です」
「あらあら、お世辞でもうれしいかな」
(別にお世辞じゃないんだけどなー)
嬉しそうな表情をする月島さんに、僕は心の中でそう呟く。
「それじゃ、次はサポートミュージシャンについてだけど、サポートミュージシャンについては美竹君はちゃんと理解してるよね?」
「もちろんです」
サポートミュージシャンとは、簡単に言ってしまえばバンド内で足りない楽器の補填としてメンバーに加わる人たちのことだ。
例えば、Aというグループで、ギターの担当がいなくなった際にヘルプとして加わる人を言う。
バックバンドというべきなのかもしれないが、それは置いとくとしよう。
このサポートミュージシャンは、中々に難しいらしく、演奏技術はあって当然で、そこからさらにそのバンドの音にどれほど合わせられるのかが重要になる。
目立ちすぎずかといって目立たなすぎずのバランスを考えなければいけない。
そういう意味では、サポートミュージシャンはこれ以上ないほどの練習の場ともいえる。
「ここは基本的に指名制みたいなの。バンドの人に選ばれたらサポートに入る感じだね」
「ということは、指名されない可能性もあるっていうことですね」
僕の疑問に、月島さんは頷いて答えた。
「これがそのリストの見本だよ」
そういって月島さんが見せてくれたのは『見本』と記されたサポートミュージシャンの名簿だ。
名前とその下には担当楽器が記されており、一番下には等級という項目と共に『20』という数字が記されていた。
「あの、この『等級』ってなんですか?」
「それはね、その人のランクみたいなものでね、演奏技術と経験の度合いに応じて上がっていくの。一番下が20で、上が1。等級が低い人だと料金が安くなるから、指名されやすいメリットがあるのよね。だから、腕がいい人ならどんどんランクを上げてっちゃうみたい」
(なるほど、確かにランクだな)
料金が安ければ指名される可能性だって高まるし、そこでうまくやれば等級を上げることができる。
まさに、初参加のサポートミュージシャンにはこれ以上ないほどの仕組みかもしれない。
「美竹君も最初は”20”からスタートで、経験……つまり、指名されて実際にライブで演奏をしたりすれば、上がっていくからね」
「別にいいですよ。自分もそこまで優遇は望んでいませんし」
僕は自分の実力で上り詰めていくタイプだ。
要するに、変な優遇をされても嬉しくもないということだ。
「うんうん、いい心がけ。それじゃ、この用紙にチャチャっと書いてね」
そういって手渡してきたのが、先ほど見せてもらった名簿のサンプルと同じ様式の紙だった。
僕はそれに必要事項を記入していく。
(担当楽器は……ギターでいいか)
本当はどの楽器でも弾けるが、とりあえず僕の主軸でもあるギターのみにしておくことにした。
そして一通り書き終えた僕は、それを月島さんに手渡す。
「うんうん。大丈夫だね。それじゃ、シフトなんだけど――――」
そして、僕は月島さんに初回のシフトの説明を受けて、そのままCiRCLEを後にした。
(サポートミュージシャンかー。できるかな)
これまで、他人のバンドで演奏など全くしたことがなかっただけに、少し不安だがもうすでに登録をしてしまったので後には引けない。
(ま、何とかなるか)
僕は、とりあえず前向きにそう思うことにするのであった。
オーディション前日の昼、僕たちは今日もCiRCLEで練習をしていた。
そして今は、外のカフェで休憩中だ。
「それにしても、すごいよな。一樹って」
「何? 藪から棒に」
感慨深げに言ってくる啓介に、僕は呆れながら続きを促す。
「だってさ、半年以上のブランクがあったのに、数日の練習でもう元のレベルまで腕を取り戻してるじゃん。なかなかできないぞ、それ」
「そう? 僕にはよくわからないんだけど」
うまい下手と言われても、自分には全く理解できない。
(一回自分で聞いてみたほうがいいかもしれないな)
今更ではあるが、そんなことを思ってしまった。
「まさか、本当に私たちでもう一度バンドを組めるなんて、夢にも思わなかったよ」
「だな。俺も、夢のまた夢だと思ってたけど、組めるようになって本当によかった」
(やっぱり、思っていることは一つなんだ)
僕が、心の奥底で音楽をやりたいと思っていたように、みんなもまた同じことを思っていたのかもしれない。
そのことが、なんだかうれしく思える。
「よし、それじゃこの調子で明日の――「あぁっ!?」――って、中井さんどうしたんだよ?」
皆を景気づけようとした啓介の言葉を遮るように、中井さんが声を上げたのだ。
その声に、周囲から奇異な視線が中井さんに集まるが、すぐに興味をなくしたのか、視線を外していく。
「今気が付いたんだけど、私たち」
中井さんが深刻そうな表情を浮かべながら紡ぐ言葉を僕は固唾をのんで待つ。
「バンド名、決めてない」
『………あ』
中井さんのその言葉に、今度は僕たちが固まる番だった。
(そういえば、言ってなかったっけ)
H&Pは終了させ、新しいバンドとして組むと言ったが、肝心のバンド名は言ってなかった。
(これは僕の失態だ)
一応釈明するのであれば、あの時は色々なことがあったので、言うのを忘れてしまったのだ。
「そうだよ! 明日までに決めないと」
「こうなったら、啓介とゆかいな仲間たちで!」
僕の失態による混乱が、啓介によってさらに悪化した。
「なんでお前が主役なんだよ!」
「それじゃ、聡志とゆかいな仲間たち?」
(いやそういう問題じゃないんだけど)
「皆、ちょっと聞いて」
僕は、慌てて皆を止める。
そうでもしなければ、お笑い芸人のような名前にされかねない。
「ごめん、言うのを忘れてたけど、ちゃんと名前は考えてあるんだ」
「なんだ。びっくりしたな~」
「ゆかいな仲間たち……ゆかいな仲間たち」
ほっと胸をなでおろす中井さんと、ぶつぶつと変な名前を口にし続ける啓介と、反応は様々だ。
というより、啓介はそのフレーズが気に入ったんだね。
「で、名前は」
田中君に促される形で、僕はその名前を口にする。
「僕たちのバンド名は『
ということで、バンド名が決まりました。
結成させるときに気付けという話ですが(汗)
ということで、次回はオーディションの話です