BanG Dream!~隣の天才~   作:TRcrant

55 / 302
前回のイベントで、ようやく念願の称号を手にすることができました。
これでようやくy『新人スタッフ』から卒業です。

それはともかくとして、第55話始まります。


第55話 オーディション

夕方、一樹と分かれて帰路に就く啓介たち。

 

「それにしても、まだ引きずってんだな」

「……何のことだ?」

 

啓介がぽる釣りと漏らした言葉に、全員が反応する。

 

「新しいバンドの名前を聞いたらさ、まだ去年の出来事がくすぶっているんだって実感したって意味だ」

「え? どういうこと?」

 

啓介の言わんとすることが分からない様子の明美の言葉に、啓介はいつになくまじめな表情で答える。

 

「新しいバンド名は、『MOONLIGHT GLORY』だ。MOONLIGHTは、月光。そしてGLORYは栄光や憧れといった意味があるらしい」

「つなげると月光への憧れかな?」

 

裕美が導き出した答えに、啓介は頷いてそれが正しいことを告げる。

 

「月光……月は空高くにある。空高く……もしそれを天国とかそういったものを比喩してるんだとすれば」

「「っ!?」」

 

啓介の考察を聞いた瞬間、その答えを悟った裕美と明美が目を見開かせて息をのむ。

 

「死んだ両親への憧れ………そうか、そういうことか」

 

聡志は、答えを口にする。

それは、一樹の心の闇でもあった。

確かに、一樹は新たな家族を得ることで、精神的な不安定さは鳴りを潜めている。

だが、それは表面上にしか過ぎない。

もし、何かがあれば一気にまたぶり返す。

それを啓介たちは悟ったのだ。

 

「私たちで、何かできないかな?」

「やめておけ。これ以上は俺達にはどうにもできない。どうにかしようとすれば、あの時の二の舞だ」

 

裕美の問いかけを、聡志は即答で否定する。

考えすぎだという思いもあったが、一樹のこれまでの言動を考えると、思い過ごしだと口にすることはできなかった。

もうすでに、彼らの手に負えるような話ではなくなってしまっているのだ。

 

 

 

(これを何とかできるとすれば……あいつぐらいかもな)

 

そんな中、聡志は一樹の内面の問題を解決できうる存在として、ある少女の顔を思い浮かべていた。

彼女なら、一樹の心の支えになってあげられる。

そのような根拠のない予想を、聡志はしていたのだ。

 

「さて、俺たちは俺たちのすべきことをしよう。一樹が望んで作り出した”居場所”。何が何でも確保するんだ!」

『おー!』

 

聡志の呼びかけに、全員が声を上げて答えながら、帰路に就くのであった。

 

 

★ ★ ★ ★

 

 

「それじゃ、一樹。頑張ってね」

「うん、義母さん。頑張ってくるよ」

 

翌日、僕は義母さんに玄関先まで見送られていた。

 

(いよいよ来たか。この日が)

 

そう、この日は僕たちのバンドのオーディションなのだ。

感じとしては、いい感じだ。

何もなければ最高の演奏ができるだろう。

 

(本当は蘭にも言っておきたかったんだけどね)

 

色々と恥ずかしさなどもあって言い出せず、今日こそはと思えばまさかの出かけているという状況。

事後報告になってしまうが、それはそれで驚く妹の姿を見るチャンスだと言い聞かせることにした。

 

「それじゃ、行ってきます」

 

そして僕は家を出るのであった。

 

 

 

 

 

「それでは、こちらで準備をしてください」

 

皆と合流して、事務所を訪ねると、通されたのは楽屋と呼ばれる部屋だった。

 

「うわー、広いな」

「ああ。だからと言ってはしゃぐなよ」

 

楽屋の広さに感嘆の声を上げる啓介にくぎを刺すように田中君が注意する。

そんな中、数名ほどあまりいい顔をしていないのがいた。

 

「なんで男女合同なわけ?」

「まあ、衣装を着る必要もない、ただの待合室的な意味合いだから」

 

まあ、森本さんが文句を言いたくなるのもわかる。

いくら着替えがないからとはいえ、男女で同じ楽屋を使わせるのはいかがなものかと思う。

 

(まあ、気にしたら負けだけど)

 

「にしても、今日で俺たちの将来が決まると思うと、なんだか緊張するなー」

「お前が緊張? こりゃ明日は雨だな。いや、今日か」

「ひでぇな?! おい」

 

啓介と田中君の二人で繰り広げられる漫才を、僕たちは少し離れたところで見ていた。

 

「ほんと、よくあれだけ騒げるわよね」

「うん。もう少しで本番なのに」

 

二人はよくわからないと言いたげな表情だった。

 

「まあいいじゃない? これが僕たちなわけだし」

 

去年までだったらみんなして無言で待機していたのが、今ではこのようににぎやかな感じで出番を待つ。

ものすごい変化だが、それこそが僕たちらしさなのかもしれないと思えるのだ。

 

「……そうだね。これはこれでありね」

「………うん」

 

僕の言いたいことが伝わったのか、二人も頷いてくれた。

そんな時、ドアをノックする音が聞こえてくる。

 

「MOONLIGHT GLORYの皆さん、オーディションを始めますので、移動をお願います」

「わかりました!」

 

外から聞こえるスタッフの人の呼びかけに応じると、田中君はこちらを見渡す。

 

「それじゃ、いっちょやってやりますか」

『おー!』

 

こうして、僕たちのオーディションは幕を開けるのであった。

 

 

★ ★ ★ ★

 

 

そこは、事務所内にあるスタジオ。

練習用ではなくレコーディングなどを行うための場所なので、使える時間は限られている。

そんなスタジオのガラス一枚を隔てて奥のほうにある部屋……ミキサー室のような場所に事務所スタッフが数人ほど腰かけていた。

 

「また、あのへっぽこのスカウトか……」

 

一人の男性が、忌々しげに声を漏らす。

 

「あの人、センスなさすぎだからな」

 

一樹をスカウトした黒田という人物は、何人ものミュージシャンをスカウトしたが、最終的には技量不足で不採用となっている。

そのため、その責任を取る形で辞めさせられることになったのだ。

 

「まあ、今回のもだめなら強制的に終わらせて帰らせるとしましょう」

 

この時、その場にいる誰もが、これからここに来る者たちも同じようなものだと思っていた。

そして、それから間もなくスタジオに一樹たちが入室する。

各々が楽器の演奏準備をして、いつでも演奏できるようにスタンバイを済ませた。

 

「まずは自己紹介を」

「MOONLIGHT GLORYのギター兼ボーカル。森本明美です」

「お、同じくベースの中井裕美です」

「同じく、MOONLIGHT GLORYの副リーダーで、キーボードの佐久間啓介」

「同じく、リーダーでドラムの田中聡志」

「同じく、作戦参謀で、ギターの美竹一樹」

 

一人の男性に促される形で、それぞれがパートと名前を言っていく。

 

「作戦参謀って、なんだ?」

「これまた斬新だな」

 

審査員の印象はそれほど悪くはない。

 

「今日は、私たちが全力で歌いますので、聞いてください。『孤独の果て』」

「1,2,3,4!」

 

一樹の言葉に続くように、聡志がリズムコールをして演奏が始まる。

 

『っ!?』

 

その瞬間、審査員の男たちはすさまじい衝撃を感じた。

もちろん、それは比喩だ。

 

「な、なんなんだ?! 音の迫力が違うぞ!」

「す、すごい。これは本物ですよ!」

「馬鹿なっ。まだイントロだぞ!」

 

そう、まだイントロであるにもかかわらず、審査員達は一樹たちの演奏に引き込まれていた。

 

「ドラムも、キーボードもギターもすべての楽器の演奏技術がここまで高いバンドなんて見たことがないっ」

「それ以前に、こんなに整えられた音自体、聞いたことがない!」

「審査員のはずだぞ! なのに、もはや何も考えれなくなりそうだっ」

 

混乱する審査員の男たちだったが、Aメロに入った時にはすっかりと、彼らの演奏の虜となっていた。

自分の職務を忘れ、完全に楽しんでいた。

 

「ご清聴、ありがとうございました」

 

そんな彼らが気付いた時には、すでに演奏を終えていた時だった。

彼らの中にあるのは、困惑と何とも言えない高揚感だった。

 

「……な、何があったんだ?」

「演奏中のことを、何も覚えてない」

「なぜ、俺は立ち上がってるんだ?」

 

全員が困惑するのも無理はない。

曲が始まったかと思えば、気が付けば自分たちが立っているのだから。

 

「驚いた……彼らは天才の中の天才」

「下手すりゃ、音楽界の神にもなれるぞ」

 

(神様って)

 

審査員の驚きに満ちた言葉を聞いていた一樹は、心の中で苦笑する。

 

(伝説の次は崇められるのか)

 

そう呟くが、一樹の心はある種の達成感にも似た満足感で満ちていた。

それは、他のメンバーも同じくことだった。

 

「君たちは文句なしで採用だ。ようこそ我が事務所へ君たちのこれからの活躍を、楽しみにしているぞ」

 

審査員の判定を聞いた瞬間、

 

『やったぁ!』

 

一樹たちは喜びのあまりハイタッチをした。

こうして、彼らは見事、芸能事務所に所属することとなった。




今回出てきた楽曲名は実際に実在する曲ですが、作曲者(アーティスト)は架空の物です。
正しくは下記の通りとなります。

『孤独の果て』 アーティスト:光収容

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。