「いやー、まさか所属してすぐにライブが開かれることになるとはなー」
「まあ、予想はついたがな」
事務所からの帰り道、僕たちはこの日の出来事をどこか他人事のように話していた。
「私も驚きました。まさか本当に事務所に所属して、すぐにライブまで開かれるなんて」
中井さんもどこか興奮した様子だし。
(それは僕もか)
結局のところ、みんなが興奮しているのだ。
あの後、事務所内の使われていない一室に案内された僕たちの前に、一人の男性が現れる。
「紹介しよう。彼が君たちのマネージャーを務める相原だ」
「
短めの黒髪に眼鏡をかけたその男性は、優しくて良い人に感じた。
「早速で悪いが君たちには、来週に開かれる複数のバンドが出演するライブがあるんだが、そこに出てもらう。曲に関しては一曲のみだが内容は任せよう」
「ラ、ライブ!?」
「早っ!?」
審査員の人の言葉に、僕たちは驚きを隠せない。
展開が僕の予想を大幅に上回るほど早いのだ。
「それと、ここは今日から君たち専用のミーティングルームだ。備品を壊さないようにさえしてくれれば自由にしてくれて構わない。今後のことに関しては後程連絡するから、今日は帰ってもらってもかまわないよ」
そう言って、審査員の男性たちは部屋を後にしていく。
これが、僕たちの体験した先ほどまでの出来事だ。
「採用されるのはよくても、まさか専用の部屋まで与えられるなんて」
僕は今更ではあるが、どれほどの期待をされているのかを知った。
「なあ、俺達って本当にうまく演奏できてたのか? 俺にはいつも通りのいい演奏ではあったと思うが、ここまでされるほどの演奏をしたかと言われると微妙だぞ」
「俺もだ聡志。何かの間違いじゃないかと思ってるくらいだ」
僕たちは、大小あれ自分たちの評価に少し戸惑っていた。
自覚がないというのが、一番大きな理由でもあるのだが。
「とりあえず、今考えないといけないのは来週のライブのことだ」
「今の曲で行くか、それとも新曲にするか」
僕の出した二択に、田中君が頷く。
今演奏した曲を使えば、さらなる精度の向上だけで済む。
だが、新曲にすると一から練習することになる。
とはいえ、メリットだってある。
新曲ならインパクトが強いのだ。
(今後のことを考えるのであれば、ここで打つ手は)
「作戦参謀である一樹。どっちを選ぶ」
「もちろん、後者のほう。インパクトも強くなるし何よりマンネリ化も防げる」
僕が選んだのは新曲にすることだった。
「でも、これから作曲とかをしてたら間に合わな――「それならすでにできてるよ。これが音源」――うそ!?」
森本さんの言葉を遮るように、僕はこの時のためにと作曲をしていた音源が入った音楽プレーヤーを手渡す。
「……なあ、これ難易度高くしてるだろ?」
「うん。インパクトが強烈になるからね」
新曲はすでに数曲ほど音源化できているが、今回選んだ楽曲はその中でも難易度が高い。
駆け抜けるような速度の曲であり、なおかつどこか不思議な世界観を醸し出すこの曲の題名は『vampire』にしている。
「それに、僕たちならば来週の始まりまでには、完璧な演奏ができる状態になっていると思って選曲したんだけど。どうする?」
これは一種のかけでもある。
僕の予想通りであるとするならば、この楽曲の練習時間は数日もあれば十分のはず。
H&Pの時の楽曲に比べれば、準備運動になるかどうかのレベルだ。
「そうだね。なんとなく、やれそうな気がしてきた」
「私もすっごくやる気に満ち溢れるわね」
「俺もだ。これできたらすげークールでかっこいいぞ!」
だからこそ、みんなもこの無茶ぶりにも近いことを受け入れてくれるのだ。
「よし、それじゃ明日からこの曲の練習をするぞ! 今日中にこの曲を頭に叩き込むこと!」
『了解!』
リーダーである田中君の号令によって僕たちは解散となった。
(あ、そうだ。義父さん達にもちゃんと言わないとね)
そんなことを考えながら。
「一樹、ごはんよー」
「今行くー!」
夕方、僕は義母さんに呼ばれてリビングに向かう。
リビングには父さんたちが全員集まっていた。
「一樹、早く席につきなさい」
「あ、うん」
僕は、今ここで今日のことを言おうと思っていた。
(義父さんも、許してくれたんだもん。ちゃんと結果を言わないとね)
「皆、話したいことがあるんだ」
だからこそ、席に着いた僕は、話を切り出したのだ。
「……」
「僕、今日芸能事務所に所属することになりました」
「あらあら、まーま―!」
「えええ!?」
僕の報告を聞いた母さんは、頬に手を当てて喜びにも似た声を上げ、何も言っていなかった蘭はすごく驚いたようで目を見開かせて声を上げた。
「兄さん、事務所ってどういうこと!?」
「実は―――」
そして、僕は驚きを隠せない蘭にこれまでの経緯をすべて説明する。
「………つまり、私を驚かせるためにワザと黙ってたんだ」
「まあ、そうなるかな………ごめんね?」
最初は驚いていたのだが、次第に僕が隠していた意図に気づいたのか怒りの表情に変わったため、謝る。
「別に、怒ってないし」
そう言ってそっぽ向く蘭だが、間違いなく怒ってる。
「一樹」
そんな中一言も発していなかった義父さんが、静かに僕の名前を口にする。
それだけで、リビングの空気が一変して緊張に満ちたものに変わった。
「私との約束は、覚えているな?」
「……もちろん」
義父さんとの約束を、僕は片時も忘れたことはない。
『私は確かに、好きなことをしてもかまわないと言ったが、確かにここまでになればその範疇を超える。賢明な判断だ』
事務所に所属することを許してもらおうと、義父さんにお願いした時に最初に言われたのはその一言だった。
好きなようにしていいと言われたので、別に許可など必要ないのだろうが、念のためにと伺いを立てたのが正解だった。
『事務所に入って、家業を疎かにしない約束を守れると、一樹は本気で思っているのか?』
義父さんのその問いかけは、僕の心に深く突き刺さるのに十分なものだった。
確かに、普通に考えれば両立させるのは難しい。
今はまだできるかもしれないが、将来できなくなる可能性だって十分あり得る。
『それでもやって見せます。それができないときは家業のほうを取ります。それが家元として……美竹家の長男としての責務ですから』
『そうか……なら、私から言うことは何もない』
それが義父さんの実質的な許可の言葉だった。
今の一言はそのやり取りを踏まえての確認だろう。
「それなら、一樹の好きなようにしなさい」
義父さんが答えたのは、たった一言だった。
だが、その一言が僕にとってはとても重く感じられた。
「ありがとう、義父さん」
だからこそ、僕も覚悟を決めるのだ。
家業とバンドを両立させるという覚悟を。
「それじゃ、いただきます」
『いただきます』
義父さんの言葉に合わせて僕も両手を合わせる。
(あ、そういえばCiRCLEのバイトって明日だったっけ)
そんなことを考えながら、僕は夕食を摂るのであった。
今回出てきた楽曲名は実際に実在する曲ですが、作曲者(アーティスト)は架空の物です。
正しくは下記の通りとなります。
1:『vampire』 アーティスト:電気式華憐音楽集団