「いやー。爽快だったなー」
「ああ。久々……いや、生まれて初めてだ。こんな感触は」
ライブを終え、楽屋に戻ってきた僕たちは衣装から私服に着替え終え、キツネにつままれたように振り返っていた。
僕だって同じだ。
それほど、あの演奏はよかったのだ。
皆の音が、僕のギターに絡み合って一つになっていくような感覚。
それが、僕が演奏中に感じたもので、弾いていてとても気持ち良かった。
「これが、俺たちの音なんだな」
「そうだな……聞く者を魅了する音色を奏でるバンド……そう呼ばれる日も近いかもな」
しみじみとした様子で田中君がつぶやく。
「それじゃ、最初はそれを目標にしよう。そして次の目標が―――」
「『hyper Prominence』を超える。だろ?」
僕の言葉を引き継ぐようにして、啓介が二つ目の目標を口にする。
「んで、最後が『Prominence』を超えるってか」
最初のころに加えてなんだか目標が増えたような気がするが、そのくらいがちょうどいい。
「それいいね!」
「はぁっ!?」
そんな僕たちの言葉に相槌を打つように楽屋のドアを開けて中に入ってきた森本さんと、少しだけ控えめな様子で足を踏み入れる中井さんに、田中君は驚きに満ちた叫び声をあげた。
「すみません。皆さんに同時にお伝えしたほうがいいかと思いまして」
「まあ、男が女性の着替え中の場面に立ち会うよりはましか」
漫画とかではお決まりの展開らしいけど、そのような展開は絶対になりたくない。
「ごめんね、私は何も見てないからねっ」
「いや、見てないも何ももう着替え終えてるし」
恥ずかしそうに頬を赤くしながら釈明してくる中井さんに、僕はツッコミの言葉を入れる。
「ごほんっ。本題に入っても?」
「はい。失礼しました」
「すみません」
話が進まないと踏んだのか、聞いてくる相原さん僕たちは謝ると、話を聞くことにした。
「皆さん、本日はお疲れさまでした。今日のライブは非常に素晴らしい物でした。この結果を踏まえて事務所と相談させていただいて、また近日中にライブを行いたいと思います」
「ええ。構いません。ただ、開催日はできる限り日曜祝日にしてください。こちらはまだ学生の身……学業を疎かにするのも気が引けるので」
相原さんの決めた方針に、田中君が注文を付ける。
それはある意味当然のこと。
僕たちはまだ学生だ。
確かにこれは仕事なのであれだが、だからとはいえ僕たちの本文は学業ともいえる状態の中で勉強を疎かにしていては何にもなんない。
学業と両立させるからこそ、これは意味があることになるのだ。
「わかりました。ではそのようにスケジュールを調整しましょう。ただ、今後取材などのお仕事が入った場合は、申し訳ありませんが学校が終わった後に予定のほうを入れさせていただくことになります」
「はい。大丈夫です。皆は?」
「「「「問題ないです」」」」
啓介の問いかけに、僕たちは全員同じ答えを返す。
「では、今後はそのように。日程等が決まりましたらご連絡しますので、今日は自宅のほうにお帰りになり体を休めてください。お疲れさまでした」
『お疲れさまでした!』
こうして、僕の初ライブは無事に幕を閉じた。
「あ、こんにちは。一樹さん」
「こんにちは。今日もいつものを」
日曜日の午前10時ごろ。
僕はいつものように羽沢珈琲店を訪れていた。
「はい、まずはコーヒーです」
「ありがとう。そういえば、つぐは夏休みの宿題、終わらせた?」
今日は8月の最後の日曜日。
あと数日もすれば夏休みは終わる。
大体このころになると学生の動きは二つに分けられる。
一つが、何も変わらずにのんびりとしている者。
「はい。この間何とか終わらせました!」
「流石はつぐだね。ちゃんとコツコツやってるなんていい心がけだよ」
「えへへ、ありがとうございます。一樹さんはもう?」
嬉しそうに微笑みながらお礼を言うつぐの問いかけに、僕は頷いて答える。
そんな、のどかな日曜日は、長くは続かなかった。
「つぐ~、それと一樹さんっ。助けてよー!」
「え? ひまりちゃんどうしたの?!」
「まさか不審者に追いかけられたのか!?」
店内に入ってきて、僕たちを見つけたかと思うと、若干涙目で一目散にこっちに駆け寄ってくるひまりさんの様子に、僕たちは心配して声をかける。
「宿題が……宿題が終わらないよ~!」
「「……」」
いったい自分はどんな表情をしているのだろうか。
おそらくはつぐと同じく苦笑とも呆れているともいえない複雑な表情を浮かべているに違いない。
かくして、もう一つ分類である”慌てる者”であるひまりさんに、僕は静かに告げる。
「終わらないんだったら、やればいいじゃん。まだ夏休みは残ってるよ」
「それが、全く手を付けてないのがあるんだよ!」
(一体何をやってたんだろう?)
僕の場合は夏休みに入って2週間ほどですべて終わらせただけに、ひまりさんの夏休みの過ごし方が気になる。
とはいえ、想像がつくけど。
(絶対に羽目を外してたな、これ)
夏休みに入って早々の海から考えても想像つく。
「えっと、一樹さん」
「わかってる。微力ながら助太刀するよ」
流石につぐ一人に押し付けるわけにもいかない。
見ればひまりさんの手には夏休みの課題が入っているひまわり柄の手提げバックが握られていた。
「ひまりちゃん、私たちが手伝――「一樹!!」――きゃ!?」
つぐの声を遮るようにしてやってきたのは、来るはずのない人物だった。
「助けてくれ!」
「………宿題か」
もうひまりさんの流れで察しがついていた僕の言葉に、突然の来訪者である啓介は”そうだ”と力強く頷いて答えてきた。
「なんでここが?」
僕は啓介たちにはここのお店のことはおろか、毎週日曜のこの時間帯に来ていることを教えていない。
「携帯に電話したけど出ないから家のほうに電話したら、いつもこの日の時間帯はここにきてるって」
「あー……」
基本的に、ここに来るのは静かなひと時を過ごすため。
そんな憩いのひと時を邪魔されないようにするため、電源を切ってるのだ。
「あの、この人は?」
そんな中、啓介と僕を交互に見ていたつぐは口を開く。
「僕の幼馴染で」
「佐久間 啓介です。彼女はいません!」
「「………」」
僕の言葉を引き継ぐようにした啓介の自己紹介に、二人が目を瞬かせて固まる。
「あれ? どうして固まったの? まさか俺の魅力的なオーラ――「そんなわけないでしょ」――うがっ」
僕ははしゃぎだしそうになる啓介の頭を軽く叩く。
初対面でいきなり”彼女の有無”を言えばそうなるだろう。
合コンやお見合いならまだしも、こういう場ではまずしない。
(まあ、それが啓介なんだけどね)
「えーっと、これいつもこんな感じだから、適当にスルーしてもらえると助かる」
「す、すごく面白い人ですね……あ、私は羽沢 つぐみと言います」
「私は上原 ひまりです」
つぐの引きつった笑みのフォロー顔のすごく痛い。
そんなわけで、一応啓介とつぐたちの顔合わせは終わった。
「それで、啓介はどれだけ残ってるんだ?」
「これだっ」
取りえず、啓介を席につかせた僕は、啓介の宿題の残りを知ろうとするが、取り出されたのは宿題の山だった。
いや、比喩ではない。
本当に山ができていた。
「……これ、全部って言わない?」
「そうとも言う」
「あ、えっと……私はこれです」
僕のジト目などどこ吹く風と言わんばかりの啓介の相槌に、ひまりさんは控えめに言いながら残っている宿題を取り出した。
少なくないわけではないが、啓介のに比べればひまりさんの残りの宿題の量など微々たるものだ。
「啓介、まさかとは思うけど、練習に明け暮れててこれを忘れたってことはないよな?」
「………テヘ♪」
どうやら図星のようだ。
(なんだか頭痛がしてきた)
「一応言っとくけど、僕たち学生の本分は勉強。それを疎かにするのは時間の無駄だと思わない? 」
「「う゛」」
啓介に向けて言っているはずなのに、ひまりさんまでもがダメージを受けていた。
「だってしょうがないじゃない!」
「そうだよ! 夏の海は今しかないけど、宿題はいつでもあるもん!」
そして二人が息をそろえたように反論してきた。
「「同士!」」
「そこ! みっともない同盟を結ぶなっ」
「あはは……」
同じ主張をしていた二人が、手を取って同盟を結ぶのにツッコむ僕たちを、つぐは苦笑しながら見ていた。
その後、店の手伝いを終えたつぐとともに夏休みの宿題を教える勉強会が開かれた。
「終わったー!」
その甲斐もあって、ひまりさんの宿題は無事に終わったが、
「一樹ッ。宿題がまだ半分も残ってるぞっ」
ほとんど手を付けていない啓介の宿題をさばききることはできなかった。
「半分しかないんだから頑張れ」
そもそも半分まで終わらせられたことのほうが奇跡だ。
こうして、高校初の夏は過ぎていくのであった。
第6章、完
これにて本章は完結となりました。
夏休みの課題は私の場合は大体後者よりだった記憶があります(苦笑)
ということで、次章予告を。
―――
ついに結成されたバンド『Moonlight Glory』の快進撃は止まらない。
そんな彼に一年の終わりが近づいていた。
クリスマスを前に届けられる二つの招待状は、一樹にとって一年で一番のパーティーへの誘う物であった。
次回、第7章『クリスマスパーティーは二回ある』