第62話 流れる季節
人は年を取ると時間の流れを早く感じるという。
学生の身では一か月に感じる長さも、年をとると半分ぐらいの長さにまでなってしまうらしい。
無論、個人差はある。
さて、どうしてそんなことを考えているのかといえば
「……これで、何回目のライブだ?」
「4回目かな」
田中君がつぶやいた疑問に答える森本さんの言葉のためだ。
BanG Dream!~隣の天才~ 第7章『クリスマスパーティーは二回ある』
今いるのは、事務所のミーティングルーム。
前日に僕たちのバンドのライブが行われ、相原さんから連絡事項があるため一度事務所に集まるように言われたため、ミーティングルームに来ていたのだ。
「デビューして4か月だから、月に1回ライブをやってるな」
季節は冬のど真ん中。
あと少しすればクリスマスになるという時期。
デビューしたのは8月なので、ちょうど4か月経ったことになる。
「なんか、ライブをやるたびに、規模が大きくなっていってないか?」
「まあ、ファンが増えればそうなるよね」
最初のお披露目会を兼ねたライブを見事に成功させたことによって、僕たちのバンドの口コミがSNSによって拡散していき、第2回目のジョイントライブでは来場者数は400人にも及んだ。
そして、第3回目は僕たちのバンドのみのソロライブを行うことになった。
その時には来場者数はついに4桁を突破していたらしい。
そして今回のライブは同じくソロライブだが、会場の規模がすごく席数も前回のライブの5倍になっていた。
その結果、来場者数もついに五千人を突破することになったというのが相原さんの言葉だ。
当然だが、ファンの数だって来場者数に比例して増えていく。
現にミーティングルームの片隅には、まだ読んでいないファンレターが大量に入った段ボールが数箱も積み重ねられている状態だ。
(でも、まだ僕たちの周辺は静かだ)
それを喜ぶべきか、悲しむべきかはともかく、まだ僕たちは平穏な日々を過ごせている。
とはいえ、それも今年いっぱいが限界のような気もするが。
「皆さん、お疲れ様です」
『お疲れ様です』
そんなことを考えていると、相原さんがミーティングルームにやってくる。
「まずは今回のライブも大変すばらしい物でした。会場に来た皆さんも満足したことでしょう」
今回のライブでは新曲を5曲演奏し、今まで演奏した楽曲も含めて数十曲を演奏したのだ。
時間にして約二時間。
MCや休憩なども入ったので厳密には違うが、僕が行ったどのライブよりも時間が長かった。
だが、その分自分の思い通りの演奏プランが練られるので楽しかった。
「まず、この間発売しましたファーストシングルがオリコンの週間チャートで5位になりました」
「うそ!?」
「すげーぞっ!」
文化祭で演奏した『孤独の果て』とお披露目ライブで演奏した『vampire』を収録したファーストシングルがランキング上位になったことに、喜びを露わにする啓介たちをとは裏腹に、僕は心の中で静かに喜んでいた。
そうなるとは予想していたが、本当にそうなると嬉しい気持ちになるのも当然だ。
「そして、もう一つがテレビ出演が決定しました!」
『テレビ出演!?』
相原さんの口から出たその言葉に、今度は僕も驚きを隠せなかった。
「はい! 音楽番組で、収録日は一曲演奏してもらうそうです。こちらがその資料になります」
相原さんが差し出した資料に、僕はたちはのぞき込んで内容を確認する。
「これって、毎週金曜の夜にやってる番組だ」
「親父もよく見てるな」
その番組は、毎週金曜の夜に放送されている音楽番組だった。
複数のアーティストとともに出演し、それぞれが一曲ずつ演奏をするらしい。
(問題は、トークか)
この番組は、厄介なことに司会者が話を振る形でトークをするコーナーが存在する。
幸いしっかりとしたトークコーナーではなく、緩い感じではあるが一学生の僕たちにうまいトークができるのかが不安なところだ。
(話さないのもあれだが、話過ぎるのもまずい)
例えば、プライベートのことをたくさん話せば、それだけ自分というものがさらけ出されることになり、私生活に支障をきたす。
(中井さんの人見知りもかなり不安だ)
色々な鵜案要素を抱えているが、テレビ出演ともなれば、さらなる知名度向上に加え次のライブを開催することも容易になる。
僕たちの方針は『理屈よりもまず場数を踏め』だ。
つまりは、あれこれ考えている時間があるのであれば一つでも多くのライブに出演しろという意味だ。
「収録日は来週の予定です。曲に関してはこれまで通り皆さんにお任せします」
「わかりました。確定し次第すぐにお知らせします」
普通は曲などの構成はスタッフの人との話し合いで決められるが、僕たちのばあは自分たちで自由に決めてもいいらしい。
理由については知らないが、何でも審査員をしていた人たちの誰かがした指示らしい。
「では、本日は以上です。お疲れさまでした」
僕たちに一礼して部屋を去る相原さんを見送りつつ、
「で、曲はどうするんだ?」
「クリスマスも近いし、そんな感じの曲がいいんじゃない?」
早速と言わんばかりに田中君が切り出した話題に、森本さんが意見を出す。
「なるほど、確かに季節的にぴったりなものを出せばインパクトもあるな。一樹、できるか?」
「クリスマスソングは、作ったことは作ったけど、僕たちのバンドの世界観に合わないから没にしてる」
アイデアがどんどん浮かぶのはいいが、時々僕たちが演奏するような感じの曲ではないものまでが、出来上がってしまうことがある。
それらはすべて没局として日の目を見ることなく封印されることになるのだが、いつかそれらにも日の目を見ることができるようにしたいなと考えていたりする。
「そうか……じゃあ――「ただ……」――なんだ?」
田中君の言葉を遮る僕に、再びみんなの視線が集まる。
本当は、この曲を演奏するのは嫌なんだが、致し方がないと割り切ることにした。
「嫉妬レンジャーシリーズだったらいけると思う」
「「「「あー、あれか」」」」
”嫉妬レンジャーシリーズ”
それは、半年ほど前に啓介たちが羽丘学園で作り出した軍団の名前だ。
彼らを見ていてネタ程度に考えて曲を作ったはいいが、それを演奏せずに没にさせようとしていた。
『これかっこいいじゃん! 次のライブで演奏しようぜ!』
3回目のライブの曲を決めているときに、うっかり音源を入れっぱなしにしていたのを忘れたため、啓介たちに聞かれてしまい、演奏をする流れになってしまった。
一応、これがどういう趣旨の曲なのかを説明したのだが、演奏するという決定は覆らず、田中君の譲歩で最初の休憩時間の時にサプライズで演奏するということで落ち着くこととなった。
そして、どういうわけか観客たちに好評となったため、第二弾の曲を作り、それを披露したのが今回のライブだ。
「今回は、歌詞付きの曲で、難易度も高めになってる」
「……確かに、俺のパートのソロがあるな」
曲名は『NB POWER』だ。
「流石に、これをやるのはまずいと思うんだけど。元が元だけに」
―――イチャイチャして周囲に嫉妬の炎をまき散らせるものに正義の鉄槌を下す!
それが彼らが結集した理由でもあるのだから。
「でもま、一樹のギターパートがなかなかいい感じだからこれはこれでいいんじゃねえか?」
「わ、わたしもそう思う」
「そうだね、私も賛成かな」
結局、こうやって押いつめられてしまうんだ。
「……わかったよ」
「よし、それじゃこのデータをみんなにコピーするぞ」
僕が折れたことによって、テレビでのライブで演奏する局は『NB POWER』に決まった。
「一樹、一つだけ言わせてくれ」
「……何?」
何とも言えない敗北感を感じている僕に、啓介はいつになくまじめな表情で声をかける。
啓介の僕たちのバンドでの立ち位置はムードメーカー。
要するに、雰囲気を明るくしてくれる大事な存在だ。
そのため、いつもふざけたことを言い続ける(重要な話し合いの時以外だが)のが悩みの種だったりするのだが。
そんな啓介の真剣な面持ちに、僕は何を言うのかと続きの言葉を待つ。
「俺たちの名前は”妨害レンジャー”だ! 嫉妬レンジャーじゃないっ!」
「どうでもいいわっ!」
結局、啓介はどこまで行っても啓介だった。