収録日まであと数日と迫ったある日、僕たちはいつものようにライブハウスCiRCLEを訪れていた。
「美竹君、こんにちは」
「こんにちは、月島さん。今日は依頼のほうは?」
この日は僕のシフトが入っているというわけではなく、ただ単に練習できただけだ。
それでも、必ず
依頼の有無を確認することを忘れない。
そうしなければ、練習の途中で呼び来られかねないからだ。
「ちょっと待っててね……うん、今日は入ってないよ」
この日はどうやら依頼のほうが入っていないようだった。
「そうですか、では練習に行ってきます」
「頑張ってねー」
月島さんに見送られながら、僕は啓介からメールで指定された皆が先に来ているであろうスタジオに向かう。
「おはよう」
「おはよう、一樹君」
「おはよう一樹」
スタジオに入って挨拶をすると、中井さんと森本さんがそれに応える。
「おっす一樹」
「一樹、少し遅刻だぞ」
「ごめん、ちょっと確認してたから」
田中君の小言に、僕は軽く謝りながら、遅れた訳を話す。
「で、どうだったんだ?」
「今の時点で依頼は入ってないみたい」
「この後の状況次第ではどうなるかはわからないということか」
僕の返事を受けて、啓介が静かにつぶやく。
依頼というのは、僕がサポートミュージシャンであることに関係する。
夏休みの時に正式にサポートミュージシャンになり、武田さんたちのバンドに加わった一件で、口コミが広がったらしい。
どういった内容なのかは月島さんに聞かされただけなのでわからないが、批判コメントではなかったようだ。
暫くすると、僕に対してヘルプの依頼が殺到。
当時はそれなりに暇だったので、サポートミュージシャンとして上達するために場数を踏みたかったこともあり次々に引き受けていた。
そのおかげで、演奏をするときの演奏レベルをコントロールする技術を完璧にマスターできたのは、非常に大きな功績だった。
マスターできてからはさらにいっそうそれを駆使してサポートミュージシャンとして演奏をし続けた。
それまで一緒に弾いたこともないバンドにすんなりと溶け込むことから、いつしか僕のことを『カメレオン』などと呼ぶものが出始めたのは、僕にとっては予想外だった。
一緒に演奏するバンドの実力、音楽への想いなどを鑑みて、どの程度の実力を出すかを決めているだけなのだが。
例えば、演奏の実力は乏しいが、向上心のあるバンドにはそのバンドよりも少しだけうまい演奏を。
逆に、演奏の実力はあるが、音楽に対する思いが完全にダメな場合はそのバンドと同じレベルの演奏しかしない。
それが僕のやり方だった。
(本当は演奏すらしたくないんだけどね)
何が悲しくて、音楽を小馬鹿にしているバンドと一緒に、演奏をしていかなければならないのかと思うが、それも仕事なのだから仕方がない。
そうこうしているうちに、等級のほうもどんどんと上がっていき、今では等級は『2』にまでなってた。
(ま、今はそんな奴らから依頼が入ることなんて少ないけどね)
等級が上がれば、依頼料も上がるという月島さんの説明通り、今の僕に対する依頼料は当初の数倍の金額だった。
そのためか、あからさまにふざけているようなバンドからの依頼も減ってきたのだ。
依頼が入る件数もそれなりに落ち着きはじめたので、何とか順調ではあるが。
「よし、それじゃ練習を始めるぞー」
『了解!』
田中君の呼びかけに応じて、僕たちは楽器を構えていく。
こうして、僕たちの練習は始まるのであった。
それから数日後の24日。
僕たちはいよいよ音楽番組の収録日を迎えていた。
「ここで待ってればいいんだよね」
「そういう風に聞いてるけど」
事務所前で僕たちが待っていると、一台のワンボックスが僕たちの前に停まった。
そして車の運転席側から降りてきたのは
「おはようございます、皆さん」
マネージャーの相原さんだった。
『おはようございます』
「これからテレビ局に向かいますので、どうぞ後ろのほうに乗ってください。機材のほうは私が預かります」
テレビ局まで少し距離があるらしく、今日は相原さんが送ってくれるとのことだった。
僕はお礼を言いながら、相原さんにギターケースを手渡すと、相原さんはそれを一番後ろのスペースに丁寧に置く。
それを見届けてから僕は車内に入ると、窓際の席に腰かけた。
時刻は午前8時。
テレビ局までは約1時間ほどかかるとのことだった。
「それでは、テレビ局に向かいます」
相原さんがそう言うと、車は静かに動き出しテレビ局に向けて走り出す。
「すごく緊張する」
「大丈夫? 裕美」
その道中、テレビ出演ということからか、中井さんは緊張の色を隠せない様子だった。
「まあ、しょうがないよな。俺達だって落ち着いているようでドキドキしてるし」
そんな中井さんの様子に、田中君がフォローの言葉を口にする。
その言葉は本当のことだ。
啓介はうきうきしているし、森本さんはいつもより少しテンションが高めだし、田中君は先ほどから手を動かしてドラムのイメトレのようなものをしているし。
そういう僕も、心の中では緊張していたが、この状況を楽しんでいる自分がいることに気づいていた。
いつもライブの時に感じている緊張とは、比べものにもならないほどの大きな緊張にも感じられるのだ。
「そういえば、今日クリスマスパーティーをする奴いる?」
そんな中、場を和ませようと、啓介が話題を変えたのだ。
「この中には誰もいないんじゃない? 一樹のほうはどう?」
皆の家で行われるクリスマスパーティーの日程は、大体が25日なのだ。
「あ、そういえば僕の家も明日だった」
「おいおい、忘れるなよー」
森本さんの言葉を打ち消すように、僕は明日が美竹家のクリスマスパーティの日だというのを思い出したことに、啓介に突っ込まれた。
(二か所で参加しようとすると、どうもあべこべになる)
「で、何でいきなりそんなことを?」
「実は、俺のとこは親父の都合で今日やることになってさ。どうせならと思ってみんなを誘って盛大にやろうっていう話になったんだ」
啓介の両親はいろいろと多忙らしく、休みも不定期らしい。
大体のクリスマスパーティーを開くのが25日になるが、時たま今夏のようにずれることがある。
そういう場合は、皆で料理を持ち寄ってまとめてクリスマスパーティーを開くというのが、僕たちの慣例だった。
おじさんたちにしてみれば、25日はフリーになるわけだから、クリスマスパーティーの準備の手間が省けたりといろいろメリットがあるらしい。
「後で聞いてみるけど、たぶん大丈夫だと思う。一樹のほうはどうだ?」
ただ、すべてのことに置いての例外的な存在である僕が問題だった。
「ごめん、ちょっと予定があるからパスで」
「そうか……親父が一樹のことを心配してたからさ、ちょうどいいと思ったんだけど。まあ、仕方がないか」
「ごめん」
今年に入ってから皆の両親たちとは一度も顔を合わせていない。
だから、心配されて当然なのだ。
(会おうとは思うけどなかなかうまくいかないんだよね)
いざおじさんたちに会いに行こうと思ったものの、どうやって会えばいいのかがわからなくなり、最終的にはまたの機会にするというのがいつもの流れだ。
何かのきっかけさえあれば、あとは簡単なんだが、世の中そう甘くはないということか。
(いや、ただ単に僕が意気地なしなだけか)
最終的にたどり着く結論に、僕は心の中で苦笑する。
「あ、そうだ。この間さ―――」
重くなりかけた雰囲気を何とかしようと啓介が別の話題を振り始める中、僕たちは目的地へと向かっていくのであった。