ついにストックがなくなりました。
毎日投稿ができなくなった際は何らかの方法でお知らせいたしますので、ご了承のほうをお願いします。
それでは、本篇をどうぞ
「皆さんお疲れさまでした。短い時間ですけど、休んでください」
収録が終わり、車に乗る際に相原さんに気を使われてしまうほど、僕たちは疲れ切っていた。
演奏のほうは全く大丈夫だ。
だが、やはりトークの部分で思いっきりいろんな体力が削られていく。
「芸能界っていうのも、大変なんだな」
「ああ……身をもって実感した」
車内でぐったりとしている二人が、そう口をそろえて言うほど大変だった。
(でも、これでうまくすれば僕たちの目標にまた一歩近づくかもしれない突破口になる)
そのためなら、このぐらいの疲れなど勲章のようなものだろう。
”ライブを多く行う”それが、僕が最初に出したバンドの方針だ。
場数を踏んでいき、ファンを増やしていけば、演奏を聞いてもらう機会も増える。
演奏を聞いてもらう機会が増えれば、自分の立ち位置が分かり練習のモチベーションにもつながる。
そこまでして上達した先には、限られたほんの僅かな者しかたどり着けない頂がある。
それこそが、僕たちが上り詰めようとしているものの正体なのだ。
(そのためだったら、なんだってするさ)
”法を犯すような真似以外なら”という言葉が付くが、僕はその覚悟を決めていた。
「しっかし、なんで俺達ずっとひそひそ話されてたんだろ?」
「だな。なんか無礼者とか言われてたっけ」
そこで話題に上がったのは
前にも言っていたことだった。
「どういうこと?」
「実はな―――」
田中君と啓介の会話に興味を持ったのか、脅威ありげな森本さんに、田中君がその時の出来事をかいつまんで伝える。
「意味わかんねえだろ?」
「うーん………ねえ、三人とも」
何かを考えこむ仕草をしていた森本さんは、やがてこちらのほうに視線を向けると
「楽屋挨拶ってした?」
「楽屋……」
「挨拶?」
何それと言わんばかりの田中君たちの表情(自分もだけど)に、森本さんはどこか納得がいった様子で頷いていた。
「新入りや若手と呼ばれる部類の人たちはね、必ず本番前に出演するすべての楽屋に挨拶をして回るのが、この業界のマナーらしいわよ」
「なんじゃそりゃ!?」
「めんどくせー」
森本さんの説明に、思わずツッコミを入れた僕に続いて田中君も続く。
「………確認してみてもいい?」
僕はにわかには信じられなかった。
任侠の世界じゃないのだから、そのようなものは必要ないだろと僕はスマホを取り出すと唯一知っていそうな人物に電話をかけた。
(つながればいいけど)
相手は白鷺さんだ。
彼女は芸能人……つまり、この一件の真偽を確認するにはうってつけの人物だ。
『もしもし?』
白鷺さんは数コールで電話に出た。
「今時間大丈夫ですか?」
『ええ、大丈夫だけど……』
いきなり電話をかけたからか、かなり怪訝そうな雰囲気の声色だったが、僕は気になることを聞いてみることにした。
その結果
『ええ、本当よ。くだらないと思うかもしれないけど、これをやっておいたほうが無難なのは間違いないわね』
森本さんの言うとおりの答えだった。
(なんてこった)
『裕美といい、あなたといい。どうしてそんなことを聞いてくるのかしら?』
「何でもないよ。教えてくれてありがとう。それじゃ」
(ちゃっかり中井さん聞いてたのね)
そんなころを思いながら、まさか芸能界デビューしましたなんて言えるはずもなく、僕は強引に話を切り上げると電話を切った。
「ね?」
「……みたい」
正しかったでしょ?と言いたげな森本さんに、僕は頷くことで答えた。
(なんという失態だ)
芸能界というのは、どろどろした人間関係の塊のような世界と聞いたような気がする。
だとすれば、僕たちは間違いなく目を付けられたことだろう。
「次からはちゃんと挨拶回りをしようか」
「「そうだな」」
僕のその言葉に、二人は頷くことしかできなかった。
こうして、いろいろな課題を残しつつ、僕たちは事務所まで戻っていくのであった。
「それでは、皆さんお疲れさまでした」
『お疲れさまでした』
事務所前にたどり着いた僕たちは、その場で解散することとなった。
(まだ集合時間まで余裕があるし、一回これを置きに行くか)
この後僕は、日菜さんの家でクリスマスパーティーに参加することになっている。
その集合時間までまだ十分な余裕があった。
「あ、一樹さん。ちょっと待ってくれますか。前に頼まれていたものが届いたので、そちらをお渡しします」
「わかりました……みんなは先に帰ってくれる?」
慣れない初仕事で疲れているであろう皆を、待たせておくのも申し訳なかったので、先に帰ってもらうことにした。
「……わかった。気をつけて帰れよ」
「またね、一樹君」
「またね、一樹」
一瞬キョトンとした表情を浮かべたものの、みんなは何も聞かずに帰っていくので、それを僕は見送る。
「では、一樹さん。こちらに」
「はい」
やがてみんなの姿が見えなくなったころを見計らって、相原さんに促されるまま僕たちもその場を後にする。
この時の僕の心は、とてもうきうきしたものだった。
相原さんについていった先は、事務所のミーティングルームだった。
そこの長机には、この間見た時にはなかったやや大きめな長方形の段ボールが置かれていた。
「開けてもいいですか?」
「もちろんです」
僕ははやる気持ちを抑えて、段ボールを開けていく。
やがて出てきたのはギターだった。
「一樹さんのご要望通り、一樹さんのお使いのギターと同型機種のレフティーです」
そのギターは何の変哲もない、僕が愛用するストラトキャスターだ。
変わっているのは左右逆である……つまり左利き用のギターということだ。
「すみません。なんだか雑用みたいなのをお願いしてしまって」
「いえ、気にしないでください。これが私の仕事ですから」
相原さんの返答に、プロとしての誇りのようなものを感じた。
僕は少し前に相原さんに、あるお願いをしていた。
それが、『僕が使っているギターと同じ機種の左利き用のギターを見繕ってほしい』というものだった。
予算は特に上限を設けず、お給料の前借という形にしてもらった。
ちなみに、僕たちのお給料についてだが、完全歩合制でライブなどを行って収益などを出せばそれに応じて一定の割合で僕たちにお給料が付く仕組みだ。
つまり、ライブをすればするほど僕たちのお給料が増えるということになるのだ。
念のために言うとそのためにライブをたくさん開くわけではない。
余談ではあるが、お給料の額は週一で8時間バイトをしているのとほぼ同額だ。
理由は単純に、バンドについたお給料を5等分したからだ。
それも、今後さらに上昇していくだろうというのが相原さんの話だったりする。
尤も、僕のパーセンテージを低くしてもらっているので、みんなの中で一番少ない額のはずだ。
それは僕の本業はあくまでも家元であるということの証なのかもしれない。
そんな僕が、相原さんにお願いをしたのは、僕が知っている楽器店に臨んでいたようなレフティーが置いていなかったからだ。
元々ギタリストに右利きが多いためか、生産されているのはどれも右利き用のギターしかないのだ。
もちろん、左利きのギタリスト用のギターも生産され、販売されていることはいるのだが、精算されるギターを合計して10としたとき、左利き用はわずか1しか生産されないのだ。
そのため、レフティーを楽器店で見つけるのは難しく、また自分の探しているレフティーギターを探すというのは、大変難しくなっているのだ。
よって、僕はダメもとで相原さんに相談したところ『私の知り合いのつてをたどってみれば、ご要望のギターが手に入るかと思います。ただ、少しだけお時間を頂きます』と、色よい返事をもらえたため、そのままお願いして今に至るのだ。
それはともかくとして、僕はレフティーのストラトを弾いてみることにした。
いつもとは逆の手で逆方向にしなければいけないので、かなり難しくはあるが、とりあえずは簡単なコードの音を鳴らしてみる。
「どうですか?」
「まだ音にぶれがありますけど、練習次第でどうとでもなります。相原さん、本当にありがとうございました」
「いいえ。ちょっとだけ早いクリスマスプレゼントになれば、幸いです」
僕は再度相原さんに感謝の言葉を贈る。
相原さんの言うとおり、僕にとってはうれしいクリスマスプレゼントだった。
僕は新しく手に入れたレフティーギターと手に、事務所を後にするのであった。