「どうしてこうなった」
クリスマスパーティーが始まってしばらく経った氷川家のリビングで、僕は一人頭を抱えたい状況に直面していた。
それもこれも数十分ほど前にさかのぼる。
『ところで、君はどっちが本命かねっ? 紗夜か? それとも日菜? まさかの、両方か!』
クリスマスパーティーということもあり、お酒を飲んでいたおじさんのそれがきっかけだった。
『お父さん! い、いったい何を言ってるんですか!』
おじさんの問いかけに、どう答えていいのかあたふたしていると、紗夜さんがおじさんを咎めた。
……ものすごく真っ赤な顔で。
『えー、紗夜は知りたくないのかい? 一樹君の本命を……ひっく』
今更ではあるが、おじさんは完全に酔っぱらっていた。
そうでなければ、このようなふざけた問いかけはしない。
『そ、それは………』
対する紗夜さんも、おじさんの言葉にどんどんと勢いが弱くなっていく。
そして……
『一樹さん、どっちですか?』
おじさん側に回ってしまった。
『いや、どっちって言われても……』
僕としてはそんなことなど一度も考えたこともなく、今ここで決めろと言われてもまず無理だ。
とはいえ両方を選ぶのは啓介じゃあるまいしありえない。
(でも、これって友人としてとかだったらいいんじゃないか?)
ふと、そんなことを考えてみたが、どう考えても誤解を生む上に、地雷となりかねない。
僕は誰か助けてくれそうな人を探すが、日菜さんは紗夜さんと同じように興味深げに見ているし、酔っていないおばさんも微笑まし気な表情で見守っているだけだし。
『わかった。君の答えは分かったぞ!』
『え?』
答えられないでいる僕に、おじさんが言った言葉に僕は、どういうことかが理解できなかった。
『つまり、両方がいいんだねっ』
『『なっ!?』』
驚きに満ちた声が、紗夜さんたちと重なった。
何がどうなればその結論になるのだろうかと、疑問に頭を悩ませる。
『美竹君だったら、任せてもいいだろう!』
『ちょっと待ってください! どうしてそうなる――「さあ、一樹君。受けとめなさい!」――きゃ!?』
『うわ!?』
その時、それが起こったのだ。
悪酔いしているおじさんに突き飛ばされるようにしてこちらに向かってきた紗夜さんを僕は、つい反射的に受け止めてしまったのだ。
……抱きしめるような格好で。
『『あらあらまあまあまあっ!』』
その光景に、おじさんたちは、微笑みながら色めきだっていた。
『あいたた……すみません』
『えっと……ケガとかはない?』
そんな混とんと化した状況の中、唯一自分の状況を飲み込めていない様子の紗夜さんに、僕は怪我の有無を確認しながら離れようと試みる。
『はい、一樹さんのおかげで……っ!?』
だが、離れようとする前に、自分の状況に気づいてしまったようで、顔を真っ赤にして声にならない悲鳴を上げだした。
(これは、ビンタや罵声の一つは覚悟しないと)
僕は、この後自分に訪れる未来に覚悟を決めた。
『~~~……きゅぅ』
『『おねーちゃん(紗夜さん)!?』』
だが、紗夜さんの反応は僕の予想を大きく裏切り、そのまま気を失ってしまったのだ。
自分の状況が、それほど衝撃的だったのかもしれない。
とりあえず、紗夜さんを抱き上げて(どうせもう怒られることは確定してるんだと割り切って)ソファーのほうまでに寝かせておくことにした。
そして、今に至る。
「電話だ。もしもし」
いまだに続く混とんと化した状況の中、僕は携帯にかかってきた電話に出る。
『おー、もしもし。俺だ』
相手は啓介だった。
「それは知ってるけど。何の用?」
『ああ、そっちの様子はどうなんだと思ってな』
こっちの様子を聞いて一体何になるんだろうかと思ったが、向こうも向こうで心配してくれてるんだと解釈して、僕はこの状況を一言で表すことにした。
「うん。混沌かな」
『……大丈夫か?』
僕のその答えに一瞬言葉を失っていた啓介の問いかけに僕は”なんとか”と返す。
「かずくーん! これとってもおいしーよ!」
そんな僕に、料理を進めてくる日菜さんは、ある意味平常運転だった。
普通の人なら酔っているんじゃないかといいたくなるかもしれないが、これが彼女にとっての普通のテンションなのだ。
将来、お酒を飲むようになって彼女が酔ったらどうなるのかを考えると、なんだか恐ろしくなってしまうので、考えないことにした。
「後で食べるからちょっと待ってて」
『一樹』
とりあえず、啓介の電話を終わらせようと思った僕の耳に、どことなく低い声色の啓介の声が聞こえてきた。
「どうした?」
『俺の質問に正直に答えるんだ。いいな?』
「別にいいけど」
「今、どこにいるんだ? まさか、女の子の家……じゃないよな?」
問いかけというよりも、もはや確認だった。
しかも最後のほうは涙声だったし。
変にごまかしても啓介のためにはならないので、僕ははっきりと告げる。
「そうだけど」
『ぬぁにいいいい!!?』
(うるさっ!)
啓介の絶叫にも近い悲鳴に、僕は思わず携帯を耳から遠ざける。
『俺たちは彼氏彼女いない集まりだったはずなのに! 裏切者めっ』
「いや、そんな集まりじゃないし。幼馴染なだけだし」
そもそも彼女というよりは友人だし。
『こうなったら、俺達妨害レンジャーの本領を――『啓介、勝手に俺たちをくだらねえ集まりにすんじゃねえっ』―――いや、聡志。落ち着―――』
とりあえず、啓介の対処は田中君に任せることにして、僕は電話を切ると料理に口をつけるのであった。
「今日はありがとうございました」
「いいのよ~、また来て頂戴ね」
あれからしばらくして、パーティーもお開きとなり、後片付けをある程度して僕は氷川家を後にした。
「なんで、日菜さんがついてくるの?」
なぜか日菜さんも一緒に。
「別にいーじゃん。それとも、あたしは嫌だ?」
「べ、別に嫌なわけんじゃないけど」
日菜さんの悲しげな表情+上目遣いに、僕は気づくとそう言っていた。
「じゃ、いーよね」
先ほどまでの悲しげな表情はどこへやら、日菜さんは笑みを浮かべてそのまま僕の隣を歩き続ける。
「結局、紗夜さん目が覚めなかったね」
「そーだねー」
紗夜さんの意識はすぐに戻るだろうと思っていたのだが、予想に反して目を覚ますことがなかったので、抱きしめた券を謝るのは別の機会ということになった。
「ねえ一君」
「何?」
「はい、クリスマスプレゼントだよー」
僕に手渡されたのはかわいらしい袋に梱包された物だった。
「中を見てもいい?」
「いーよ!」
日菜さんの了承をもらった僕は、袋を開けて中に入っているものを取り出す。
それは小さなビンの中に液体が入っているものだった。
「これって、何?」
「アロマオイルだよ。最近色々調合して作るのにはまってるんだ~」
「え!? これ、日菜さんが作ったの?!」
アロマオイルがあるということよりも、これが日菜さん手作りであることのほうが驚きが大きかった。
「そーだよ。匂いはローズマリーにしてみたんだー。今度感想聞かせてね」
「ありがとう。さっそく使ってみることにするよ」
僕は、日菜さんにお礼言った。
今年のクリスマスはいつもよりも、楽しい思い出となるのであった。