今回で、本章は完結となります。
そろそろヒロインを決めない多いところです。
ついに訪れた夏休み。
試験も無事に終わり、一人を除いて夏休みモードに突入していた
そう、一人を除いてはだが。
「いいよなぁ。一樹は旅行に行けて」
「人のことをうらやむ前に、赤点を取ったことを反省しなよ」
今日は、前に言われていた夏休み旅行の出発日。
啓介はわざわざ恨み言を言うために見送りに来ていた。
啓介は数学の試験で赤点を取ったため補習授業プラス追試験というペナルティを課されてしまったのだ。
「俺って、どうしてこうも運がないんだ」
「運よりも前に、おっちょこちょいなだけだと思うよ。あれ」
啓介からテストの答案を見せてもらったが、答えの回答欄が一個ずつズレていた。
それが赤点になった一番の理由だった。
「すまない。俺のせいでライブも保留になっちまったし」
「まあ、その辺はおいおい取り返せばいいから。そっちはそっちで追試に受かってね。再追試験なんてことになったら目も当てられないから」
たら目も当てられないから」
「気を付けます」
話がまとまったのを見計らってか、母さんが声をかけてくる。
「一樹、そろそろ行くわよ」
「今行く! それじゃ、行ってくる」
「おう。土産楽しみにしてるぜ!」
啓介のサムズアップ付きの催促を受けながら、僕は車に乗り込む。
「それじゃ、鳥取県へ出発っ」
「おー!」
何はともあれ、きょうから二泊三日の家族旅行だ。
(まずは砂丘でも見ようかな)
これから行く場所に想いを馳せながら、車は目的地である鳥取県に向かって走り始める。
この後に起こることなど知らずに。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「そうか。一樹はきょう出発か」
「みたいだね」
羽丘学園中等部の屋上で、聡志と明美の二人は空を見上げながら話をしていた。
「まだ根に持ってんの?」
「まあな」
「まあ、私もライブには出たかったけど、仕方がないしね」
ライブへの出演は保留にするという結果に一番ショックを受けていたのは聡志だろう。
「いや、あんだけ勉強して赤点を取るって、ありえないから」
「あれも一つの才能だと思うよ」
聡志が怒っている相手は啓介に対してだ。
聡志にしてみれば、一日練習をつぶしてまで取り組んだ試験勉強が、すべて無駄になってしまったのだから。
「ま、ライブなんていくらでも出れるわけだし。あまり責めたらだめよ」
「はぁ……わかってるよ」
一つ重いため息をついた聡志は、空から視線を下げて屋上から覗く街並みを見る。
夏休みの一日の一幕であった。
「こちら、紅茶セットです」
「ありがとう、ございます」
ところ変わって、ここは羽沢珈琲店。
この日、裕美と花音はなじみのある珈琲店を訪れていた。
「二人も、いつも来てくれてありがとね」
この日は夏休みのためか、お客たちでにぎわっており、店員が忙しそうにフロアを行き来していた。
「……手伝ったほうがいいのかな?」
「私は……やめておこうかな。迷惑をかけちゃいそうだし」
なじみのお店で、おすすめのメニューを教えてもらったりしたお礼に、手伝うべきか悩む花音に、自分がお店を混沌にさせている光景が浮かんだため、裕美は心の中で謝りながら首を横に振る。
「そういえば、今日来るんだよね。チサトっていう人」
「うん。多分そろそろ来ると思うよ」
この日、花音は自分の親友を裕美に紹介すべくここに誘っていたのだ。
「ごめんね」
「え? 何?」
いきなり謝りだす自分の親友に、花音は首をかしげる。
「本当は一樹君と来たかったんだよね?」
「ふぇぇ!?」
裕美のからかうような笑みに、花音は頬を赤くする。
「だって、花音ちゃん一樹君のこと――「お願いだから、それ以上は言わないで~」――はーい」
裕美の言葉を止めることができた花音は、頬を赤くしたまま安どの息をつく。
「あの、お願いだからこのことは」
「わかってる。一樹君には言わないよ。こういうのって直接本人が言うべきだから」
花音の言わんとすることを察したのか、裕美はゆっくりと頷きながら答えた。
「いらっしゃいませ。一名様ですか?」
そんな時、お店に新たなお客が入り、店員が応対を始める。
「ごめんなさい、待ち合わせをしてるの」
店員にそう告げた客は、花音たちの姿を見つけると、そちらのほうに足を進める。
「花音、遅くなってごめんなさい」
「ううん、大丈夫だよ千聖ちゃん」
千聖と呼ばれた少女は、空いている席に腰かける。
「それで、彼女が紹介したい人?」
「あ、ひゃい……な、中井……裕美です」
「私の友達なの」
知らない人に自己紹介をすることとあってか、裕美は何度か噛みながらも自分の名前を口にした。
「そう。ふふ、初めまして。私は
「あの、私のことは……その、名前で……いいです」
「わかったわ。それじゃ……裕美さん、私のことも名前でいいわよ」
もし、一樹たちの誰かがそれを見ていたら、驚いたかもしれない。
それほど、初対面で名前呼びをお願いするということはありえないことなのだ。
「ね、いい人でしょ?」
「ええ。姉妹なのかと思うほど花音と雰囲気が似ているから、少しびっくりしたわ」
(うぅ……そんなに似てるのかな?)
知り合いから同じ子を言われていた花音は、内心で首を傾げつつも考えないようにした。
その後、三人はいろいろな話をした。
千聖の職業を知った時、裕美は
「とてもきれいだなって思ってたけど、すごいです」
と目を輝かせながら感想を口にしていた。
「ふふっ、これからもよろしくね」
二人が打ち解けていくのを見ていた花音は、この二人は大丈夫だなと思い、安堵する。
そんな夏休みの一幕であった。
ところ変わり、夜の氷川家。
紗夜の部屋では、紗夜が前から始めたギターの練習をしていた。
(ダメ。今のところをもうちょっと正確に弾かないと)
途中まで弾いたところで、紗夜は再び最初から弾き始める。
ギターは、自分の後から始め、そして自分を才能で追い越す双子の妹がいる彼女にとって、唯一見つけたものだったのかもしれない。
(絶対に、頂点を目指して見せる)
その強いも意を込めて、彼女はギターの練習を続ける。
そんな時だった。
「っ……弦が」
ギターの弦が突然切れたのだ。
「メンテナンスはしっかりしていたはず……」
どうしていきなり切れたのかと考えようとするが、それよりも先に交換するという結論に達した彼女は、ギターの弦の作業を始める。
「……雨?」
突然屋根に打ち付ける雨の音で、紗夜は雨が降り始めたことを知ると、閉じていたカーテンを少し開けて外を見る。
る。
雨は土砂降りというほどでもなく、よくある本降りの雨だった。
「……そういえば、今日だったわね」
ふと、彼女は隣の家の家族が旅行から戻るのが今日であることを思い出す。
(結局、感想は直接は聞けなかったわね)
一樹がお皿を返しに行った日はたまたま帰りが遅く、直接感想を聞くことはできなかった。
(でも、おいしいって言ってくれた)
母親から聞いた料理の感想に、紗夜の表情が緩む。
(次は必ず、直接……)
そう自分に言い聞かせると、彼女はギターの弦の張替え作業を始めるのであった。
★ ★ ★
「ぅ……」
僕はぼんやりとした意識で目が覚めた。
(そう言えば、僕寝てたんだっけ)
家族旅行も終わり、はしゃぎすぎてしまった僕は、疲れと眠気に抗えずそのまま眠りにつくことにした。
(体が動かないし、明日からはバンドの練習もあるし、今日はゆっくり寝て明日に備えよう)
ある意味夏休みらしい夏休みは今日で終わりだ。
まるで誰かに押さえつけられているような感じではあるが、いずれにせよ体が動かなくなるほど疲れているのであれば、それを明日にまで引きずるのはよくない。
そう思い、僕はもう一度寝ることにした。
僕の意識が途絶える前に聞いたのは、寝る前から降っていた雨の音と、けたたましく鳴り響くクラクションとサイレンの音だった。
1章 完
ということで、本章は完結しました。
次章からは視点を変えて物語が進んでいきます。
ということで、軽く次章予告を
―――
雨の降る夜、啓介たちのもとに入った一報。
それは彼らの間に歪みをもたらす。
次章、第2章『不協和音』