本章はかなり短いです。
第70話 バレンタインデーの始まり
とある日の某所にて、数十人の人物が薄暗い中に集まっていた。
彼らを照らし出すのは、長机に置かれたロウソクの炎だけだ。
「えー、本日は我が隊の作戦会議に来ていただき、感謝する」
そんな場所で、一人の青年が声を上げる。
それだけで、ざわついていた彼らの声は一瞬で静まり返った。
「さて、来る2月14日はバレンタインデーだ」
バレンタインデーという単語に、活気づく青年たちを、リーダーと思われる青年が手で沈める。
「そんなバレンタインデーこそ、我々の宿敵といっても過言ではないっ」
青年の言葉に、その場にいるものが”そうだ!”と賛同の声を上げる。
「中でも、我々の要注意人物は、こいつだっ」
そういって、青年が掲げたのはある人物の写真だった。
青年はその写真をその場にいる者たちに手渡しで共有していく。
その写真に写っているのは、一樹だった。
写真は一人で帰ろうと校門を出たところのもので、明らかに隠し撮りしたものだった。
「隊長、一ついいですか?」
「いいぞ。申せ」
「この人物は、我々のテーマソングを作曲したいわば恩人……そのような人物を相手にしてもいいのでしょうか?」
「それはそれ、これはこれだ」
一人の青年の疑問も、体調と呼ばれた青年は突っぱねた。
「この人物は他校の女子に好意を抱かせ、そしてあの、今井リサまでもを毒牙にかけようとしているっ。このような罪深い男には情けなど不要っ」
青年の言葉に、賛同の声はさらに勢いを増す。
「さあ、諸君。講堂を開始するのだっ! 世の中の彼女いない同士のためにもっ」
そこで一呼吸を置いて、
「妨害レンジャー、出陣だ!」
と、宣言するのであった。
BanG Dream!~隣の天才~ 第8章『バレンタイン狂騒曲』
年が明けて、気が付けば季節は2月。
いまだに寒さが残るこの時期は、受験生にとっては勝負の時なのかもしれない。
そんな2月の14日の朝、僕はいつもの待ち合わせ場所とは違う場所に来ていた。
それは、先日の夜にある人物がその場で待っていてほしいと言ってきたからだ。
(迷ってなければいいんだけど)
用件などよりも、そのことが一番気がかりだった。
「一樹君!」
「花音さん」
僕を呼び出した人物……花音さんは、僕を見つけるとぱあっと笑みを浮かべながら駆け寄ってきた。
「おはよう、一樹君」
「おはよう、花音さん」
ぱたぱたと駆け寄ってくる花音さんと、あいさつを交わす。
「ごめんね、こんな場所に呼び出しちゃって」
「別に構わないよ」
いきなり謝罪からはいる花音さんに内心で苦笑しながらも僕は静かに首を横に振って応える。
皆と一緒に登校できないのはちょっと寂しい気もするが、だからといって友人のお願いを無碍にするのは僕にはできなかった。
「ところで、用件は何かな?」
「ふぇ!? えっとね……」
急かすようで申し訳ないが、僕は本題を切り出す。
あたふたと視線をいろいろな場所に巡らせている花音さんが、場違いだとは思うがなんだかかわいらしく見えた。
やがて、何かを決心したのか、静かに頷くとまっすぐな目でこちらを見てきた。
「一樹君、これを受け取ってくださいっ」
「これって……チョコ?」
それは、かわいらしくラッピングされた小箱だったが、日付的にもおそらくはチョコで間違いないだろう。
「その、今日はバレンタインデーだから……迷惑だったかな?」
指をもじもじしながらこちらに不安そうな目で聞いてくる花音さんに、僕は鼓動が早まるのを感じた。
「べ、別に迷惑じゃないよ。逆にとても嬉しいくらい」
「えへへ、良かったぁ」
どもりながらもなんとか言えた僕に、花音さんはほっとした様子で笑みを浮かべていた。
女子からチョコをもらうというのは、今まで一度もなかった(中井さんたちからもらったのを除けばだけど)ので、軽くパニックになっていた。
年齢=彼女いない歴である自分も、啓介のことを馬鹿にできないなと、心の中でつぶやく。
「チョコありがとうね。ホワイトデーのお返しはちゃんとするから」
「うん、楽しみにしてるね」
今日はバレンタインデー、女子から好きな男の人にチョコを渡す日とされているこの日は、ある意味重大行事の一つといっても過言ではない。
もっとも、最近は友チョコなどという言葉もある。
今、僕が花音さんにもらったチョコがそれだろう。
ともあれ、僕はこの日最初のチョコレートをもらうのであった。
ちなみに、これは余談だが。
「ふぇぇ~、一樹君。助けて~」
「まあ、そうなるよね」
道に迷いかけた花音さんを花咲川女子学園まで送り届けることになったことは、お約束という物だろう。
こうして、バレンタインデーは幕を開けるのであった。
休み時間、僕は教室内の異変に気付いていた。
「なんだかピリピリしてるねー」
「本当だね」
いつの間にか僕の席の横まで来ていた今井さんの言葉に相槌を打つ僕は、このぴりついた雰囲気がなくならないかと思っていたが、同時になくならないなと諦めてもいた。
「廊下のほうからも、なんだかすごい雄たけびが聞こえるし」
「何でも、妨害レンジャーだっけ? それがね今日のチョコレートを渡すのを阻止しようとしてるみたい」
今井さんの説明で何となく状況が呑み込めた。
啓介が立ち上げた珍妙な組織が、凄まじい勢いで暴れているのだろう。
現に、廊下からは怨霊を彷彿とさせるようなうめき声まで聞こえてくるし。
「ところで、日菜はどうしたの?」
「さあ?」
今井さんの問いかけに、僕は視線を隣の席に移す。
「はぁ……」
そこには、今日の喧騒などどこ吹く風といわんばかりに深いため息を吐く、日菜さんの姿があった。
「最近ずっとこんな感じだけど、美竹君何かした?」
「まさか。心当たりが全然ない」
今井さんが軽く疑いの目を向けてくるが、僕には心当たりがない。
そもそも、日菜さんがこんな風になる姿自体が想像がついていないのだ。
いつも元気満タンなのが、日菜さんのいつもの姿だと思っていたあたり、今日のそれは僕にとっては意外なものだった。
「だったら、何か悩みがあるのか聞いてみなよ。それが男の子だよ☆」
「いや、そう言われても……まあいいけど」
聞いたところで、解決できるかわからない僕は、とりあえず声をかけてみることにした。
「日菜さん」
「……」
僕の呼びかけに、日菜さんはやはり反応を示さない。
「日菜さんっ」
「え? なぁに、一君」
少しだけ語尾を強くして見ると、今度はちゃんと反応してくれた。
「なぁにって……ここ最近ぼーっとしてるけど、何かあったのか? もし僕でよければ聞くけど?」
「……」
僕の言葉に、日菜さんは顔をこちらに向けるものの、何も言おうとはしない。
(やっぱりな)
僕が日菜さんの相談相手になるなど、自意識過剰も甚だしい。
とはいえ、ここ数日ほどずっとこの調子のため、どうにかしたいと思っているのもまた事実だ。
「これは少し重症かなー」
そんな日菜さんの様子に、今井さんがポツリとつぶやく声が聞こえた。
やがて、予冷が鳴ったためこの話はいったんお開きとなった。
教室内をピリピリとした緊張が包み込む中、授業はいつものように始まるのであった。
もはや嫉妬レンジャーでいいのではと思う今日この頃です。